表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミスリル  作者: 紺野 柚季
本編
9/14

8:22年目・26歳

イノリアに八つ当たりし、喧嘩別れしてから避けていた場所。

8年振りに足を踏み入れた村は、以前よりも閑散としていた。



村の中央を突っ切って、まっすぐに工房へ向かう。

まずは村長さんの家に行って挨拶した方が良いのだろうが、どうしても一番にやっておかなければならない事があった。

その為に、ここに来ることを決めたのだから。


* * *


扉が開いたままの工房の前で立ち止まる。

中から一羽の鳥が飛び出て行って、扉にかかっていた魔法が切れている事に気付く。

何かに急かされるようにして、一歩、足を踏み入れた。


「……イノリア?」


火の消えた工房は冷たく仄暗い。


思えばここは、いつでも暖かかった。

雪に閉ざされたこの村で、常に火を焚き続けていた鍛冶屋。

幼馴染みと言うには遠くなり過ぎた、けれど大切な友人の居る場所。

だったと、いうのに。


「居ないのか? イノリア……」


火は消え、熱はもう残っていない。

縋るような思いで掛けた声にも、返事はない。


嫌な予感がした。


外気からくる寒さに因るものではない悪寒。


震える体をどうにか宥めすかそうとした時、リーン、と、どこからか澄んだ音が微かに聴こえた。


分厚い雪雲の切れ間から差し込む、純白の月の光。

窓から一直線に入った光は、一つの作業台を照らし出す。


――リーン


――リーン


導くように鳴り続ける、優しい音。


引き寄せられるように向かったその作業台の上には、正円の白銀のペンダントと、一通の手紙が置かれていた。


『ロニーへ


 ロニーがこの手紙を読んでいるということは、私の工房に来てくれた、ということですね。凄く嬉しい!

 さてさて、本当に残念だけれど、私はロニーを迎えてあげる事が出来ません。怒ってる訳じゃないよ!それだけは信じてね。ああ、でも、お帰りなさい、位は言いたかったなあ。だけどやっぱり言えないと思うので、ここに書いておきます。お帰りなさい。

 あ、そうだ、ペンダントはありますか?一応、分かりやすい所に置いたつもりなんだけど……銀色で、正円形のトップがついているやつです。えっと、ほら、あれ、仲直りの印?とでも、思って貰えれば。ロニーの為に、ロニーの為だけに、丹精込めて作った物なので、付けてもらえると嬉しいです。

 ああ、まだまだ書きたいことは山ほどあるのですが、ちょっと無理そうなので、これでやめておきますね。ううん、早く完成させたいからって、気合入れすぎちゃったかも。ふふふ。

 ねえ、ロニー。私は、ロニーといる時はいつも楽しくて、幸せだったんだよ。これも、信じてね。


 イノリアより』


手紙を読み終わって、重苦しいものが胸に広がるのを感じた。

なんだ、これは。

こんな書き方じゃあ、まるで――


「……おや、ロニー坊じゃないか」


突然聞こえてきた声に、弾かれたように振り返る。

全然気付かなかった。


「久し振り……と再会を喜びたいところだが……」


村長さんは、一度俺の持つ手紙に目を向けると、また俺に目線を向けた。

鋭く細められた目に、少しばかり怖気づく。


「まず、これだけは言っておこうか。イノリアは消えたよ。君のせいでね」


冷たく告げられた言葉に、息が止まる。


「それでこれは君の為にいうが、それはつけない方が良い。特に、今の君は」


さっきよりは緩められた声音で言われたそれに、俺はまともな反応を返す事が出来なかった。

止めていた息を、ゆっくりと吐いて、吸う。


「祈願は成就。思いは丸々20年分。雪の消音効果で、条件は最高。……だけどまあ、イノリアが君にあてて遺したものだからねえ。どうするかはやっぱり、君次第かな」


言っている事の半分も理解出来たかどうか分からないが、“のこした”という響きに重たいものを感じて、未だ作業台の上に置きっぱなしになっているペンダントに目を向ける。


イノリアがのこしたもの。

俺の為に。

俺だけの為に。

そのせいで、イノリアは消えたのだと言った。

じゃあ、俺は――


「……忠告はしたからね。君ももういい大人だ。自分で決められるだろう。……じゃあね、ロニー坊。君の幸せを、イノリアに代わって祈っているよ」


遠ざかっていく足音に、何の声もかける事が出来ない。

パタン、とドアの閉められる音が聞こえて、そこで、俺はペンダントに手を伸ばした。


しゃら、と鎖が音を立てる。

冷たいはずなのに、どこか暖かい様な気がするそのペンダントを、一度見つめ、首にかける。

村長さんの忠告は、完全に理解は出来なかったが聞いた。

それでも、俺はこれを付ける事を選んだ。


イノリアのいない心の隙間を、胸元にあたるペンダントトップの仄かな温もりが、少しだけ塞いだような気がした。

それはあるいは、真実だったのかもしれないけれど。

つぎでラスト。



2014/01/23 投稿

2014/01/26 誤字修正

     (変わって→代わって)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ