6:13年目・17歳
「……ロニー、大丈夫?」
「あー、うん」
気遣わしげなイノリアの声に、何とか口端を持ち上げて答える。
なんだか、疲れた。
すごく。
とても。
ぐてりと、工房奥にある食卓の上に突っ伏す。
「クッキーあるけど、食べる?」
心配そうな声色の問いに、額を食卓につけたままコクコクと頷く。
ちょっと痛い。
でも面倒で動けない。
「ねえ、ロニー。何かあった? 話したら少しは楽になるかもしれないよ?」
「……ぅー」
イノリアが心配してくれているのは分かっている。
きっと、眉を下げて、情けない顔で、不安そうにこちらを見ているのだ。
そう思うと、面倒でも何か返さなければと、小さく唸ってから、どうにか顔を持ち上げた。
目が合う。
イノリアの、優しい淡い紫の瞳。
そこに浮かぶのは純粋な心配で、それだけで心の澱みが少し解けた気がした。
「……最近さ」
ぽつり、ぽつりと話しだす。
「うん」
「何か、調子が悪くて。成績も、悪くは無いけど、良いとも言えなくて」
「うん」
こくこくと頷きながら真剣に話を聞くイノリアに、家族や友人には出さないようにしていた弱音が次から次へと溢れてくる。
「どうにか良くしよう、って、自主練したりもしてるんだけど、やっぱり駄目で。……今年、今まで剣を使った事がない、って新入生が入って来たんだけど」
その時、イノリアが怪訝そうな表情をした。
だよな、お前もそう思うよな。
なんで未経験者が合格するんだよ、って。
その新入生の意味の分からなさは、ここからだ。
「そいつ、あっという間に、クラスで一番になって。ついこの間なんかは、俺達のクラスの訓練に、特別参加だなんだって、入ってきて」
脅威的な上達スピード。
今まで必死に練習を積み重ねてきた人間を嘲笑うように、そいつは能天気に笑いながら、上へと昇っていく。
「俺も、手合わせをする事になって。ギリギリでも、そいつに負けて、さ」
今思い出しても嫌になる。
負けてからしばらくは、毎晩夢に出てうなされた位だ。
「なんか、何やってるんだろう、って。俺、何やって来たんだろう、って、思っ、て……」
段々と小さくなっていく声で、それでも言い切った言葉は、冷静でない今でも、酷い泣き言だと思う。
そんな、非常に情けない俺の話を聞いたイノリアは、黙って、ゆったりとした動作でこちらに手を伸ばしてきた。
思わず目を瞑って、頭をまた食卓に押し付ける。
「頑張ってるよ」
ぽふり、と頭に触れたイノリアの手が、ゆるゆると動かされているのが分かる。
降ってくるのは、慈愛に満ちた、柔らかで静かな声。
「ロニーは頑張ってる。でも、ちょっと頑張りすぎちゃったのかも。……今まで積み上げてきた事だって、無駄な事は何一つないよ」
ゆっくり、じんわりと耳から脳に染み込む言葉は、酷く心地がいい。
「ねえ、ロニー。ロニーは、何になりたいの? 何になりたかったの?」
なりたいもの。
なりたかったもの。
それは、騎士に決まっている。
その為に、王都にまで行って、学んでいるのだから。
「ロニーはさ、大切な人を守りたい、って、言ってたよね。それは、その子に勝てないと出来ない事なの? その子に負けちゃうと、何も守れなくなる?」
……そんなことはない。
ふるふると首を横に振ることで、意思表示をする。
ふ、とイノリアが微笑ったのが分かった。
「じゃあ、大丈夫だよ。ロニーは、大丈夫。私が保証してあげる」
何の根拠もないだろうその言葉は、やけに頼もしい響きで俺を包んだ。
帰寮前。
「大丈夫! 何だったら、永遠にその子の二番手になればいいから!」
「とどめさそうとしてる?」
「違うよ。その子、多分一番強くなるでしょ? で、その二番手をロニーが独占すれば、ロニーの目標は殆ど達成じゃない。大切な人を守って、まだ余力がある位になるんじゃないかな、って」
でもなんか、やっぱり釈然としないよね。
2014/01/23 投稿