5:12年目・16歳
「なんか凄く疲れてるね」
「まあな」
「でも楽しそう」
「だろ」
夕方。
二年前、村長さんの為に薬草を採った星見の丘で、俺とイノリアは赤から藍に変わっていく空を眺めていた。
もちろん防寒はしっかりしているし、村長さんちからこっそり拝借したらしい魔法のかけられた水筒にいれられた熱い紅茶は、体を内側から温めてくれる。
「まだまだ知らなかった事がいっぱいで、すげえ楽しいんだ」
「学校に行く時はふてくされてたのに」
「何年前の話だよ、それ」
教養の学校は大体8歳前後で通い始める奴が多い。
その位の年頃は遊びたい盛りだから仕方ないだろ。
「でも、良いなあ。王都も、人がいっぱいいるんでしょう? 町よりも人が多いだなんて、想像もつかないや」
紅茶の入ったカップを両手で包み込み、しみじみとイノリアが言う。
イノリアは生まれてこの方、一度もこの村を出た事がないらしい。
仕事一筋なのは良いが、年頃の女としてはどうなのだろうか。
「行ってみる?」
「え! ……や、ううん、いい」
「人見知りめ」
「なんだか近頃意地悪じゃないですか」
「ないですよ」
軽く誘ってみたが、結果は想像通りだった。
くすくすと笑いあう。
他愛のない会話だけど、何よりも落ち着くのは何故だろうか。
「あ、流れ星」
イノリアの声に空を見上げる。
もうすっかり日は落ちてしまっていて、深い藍色に散らばる満天の星が見える。
「どこ」
「あそこの辺り……あ、また!」
空に走る、細い一筋の線。
イノリアの声に反応するように次々と降り始めた星に、ほう、と息を吐く。
「流星群?」
「かな。知らないけど」
「俺も知らない」
星はまだまだ降りやまない。
ぼんやりとその光景を眺めていると、隣からぶつぶつと声が聞こえた。
「長くなりますように長くなりますように長くなりますように……」
「何が?」
あまりにも真剣に唱えているので、ついつい聞いてしまう。
「休み」
「イノリアの身長じゃなくて?」
「身長に長くなりますように、なんて言わないでしょ! 本当に失礼だな、君は。ロニーのお休みの事だよ」
「え、なんで?」
「休む事も大切だからです」
イノリアはそうしめると、カップに残っていた紅茶を飲みほして、さて、と立ち上がった。
「そろそろ帰ろっか」
「そうだな」
厚着をしていても寒いものは寒いので、その提案には一も二もなく乗った。
立ち上がり、イノリアと同じように裾を払って雪を落とす。
帰り道は、雪が月に照らされているせいか、山道にも関わらず明るかった。
隣を歩くイノリアの灰色の髪も、月に照らされてきらきらと銀色に輝いている。
もう一度、空を見上げて、未だ流れ続ける星に目を瞑る。
願わくば――なんて。
目を開くと、不思議そうにこちらを振り返ったイノリアと目が合う。
星も、雪も、月も。
今ばかりは全てがきらきらとしていて、世界はこんなにも綺麗なのだと、柄にもなくそう思った。
四日目昼、帰寮前。
「三日しかいないなんて短すぎる!」
「俺に言われても!」
「ところでロニーは何をお願いしてたの?」
「へ? え、ああ……大切な人を守れる騎士になります、って」
「まさかの宣言ですか」
イノリアさんの本音とロニーのくさい台詞。
2014/01/23 投稿
2014/01/27 あとがき修正
(意味のない改行を削除)
2014/04/13 修正
(薬草、去年じゃなくて二年前でした)