3:10年目・14歳
俺とイノリアの二人は、村から少し離れた場所にある、星見の丘に来ていた。
「なあイノリア、これ違うか?」
冷たい雪から手を抜き、こんな冷たさと重さの中でもしっかりと根を張っている草の葉の一枚をイノリアに見せる。
濃い緑色をしたそれは、つい先程挿絵で見た解熱効果のある薬草。のはずだ。
「あ、それだよそれ!」
普段全く見ないせいで自信は無かったが、どうやら合っていたらしい。
ようやくしゃがんだ体勢から起き上がり、薬草をイノリアに渡して、赤くかじかんだ手に息を吹きかける。
村長さんが、珍しく熱を出して寝込んでいるらしい。
村について早々にばったり会ったイノリアに聞いた話だ。
イノリアは薬草を探しに行こうとしていたようで、まだ魔物も出るし村長さんも心配だからと手伝いを申し出て、ここまでついてきた。
だけど、何の道具も持ってこなかった事を今更ながら後悔している。
ひっくるめて言えば白銀の世界だなんだと綺麗な言葉で表されるが、その白銀を素手で掘っていた俺からすれば、綺麗じゃなくても良いから辺り一面溶けて茶色になってしまえばいいと本気で思ってしまう。
まあ、薬草は手に入ったし、もう良いけど。
「よし、じゃあ帰ろっか」
「おー」
イノリアは雪の上をひょこひょこと歩いて行く。
その後ろ姿を追って、俺も歩き出した。
* * *
村長さんの家につき、村長さんの奥さんに採ってきた薬草を渡すと、イノリアは俺の手を引いてさっさと工房に戻ってしまった。
「良かったのか?」
そう問うと、イノリアは不思議そうに首を傾げて、俺を見上げる。
イノリアの身長は、同年代と比べて明らかに低いと言える。
初めて会った時はそう変わらなかったのに、今ではイノリアの頭は俺の肩の高さだ。
立っているとずっと見上げる体勢になるので、イノリアと話す時は大体座っていることが多い。
「何が?」
「村長さん。傍に居なくて良かったのか、って」
「お母さんが居るから、大丈夫だよ」
でも、と思う。
村長さんももう年だし、熱だって高いらしいから、心配だ。
「それに、ロニーが見つけてくれたあの薬草があれば、すぐに熱も引くから」
そう言うものなのか。
「明日には元気に起き上がってるから。本当に大丈夫だって」
「そう、か」
「ん、そうだよ。それよりさ、剣術学校はどんな感じなの? 上達した?」
「おお。学校の中じゃ結構上手い方になってる。めっちゃ楽しいよ」
最初の頃は体力がなさすぎて準備運動でへばってたりしたけど、今ではそんなことも無い。
何より、少しずつでも、上達が実感できるのが嬉しい。
ひと月前に勝てなかった奴に勝てたりすると、その日一日は姉ちゃんに何を言われようと上機嫌だ。
「あ、それで俺さ、学校卒業したら騎士になろうと思って」
「あれ、剣士じゃなかったっけ?」
「騎士も剣使うだろ。それに収入が安定してるって、母さんが」
「へぇー……そっか、うん、頑張ってね」
「おう!」
収入云々はまあ、あれだ。
剣術学校にかかった費用をちゃんと回収するからな、という母さんの意思表示だろう。
「……ところで、騎士ってどうやったらなれるの?」
イノリアの質問は、俺もついこの間疑問に思った事だった。
その事で剣術学校の友達と話している時に偶然通りかかった先生が、今度詳しく話すけど、と前置きをして教えてくれた事を思い出す。
「あー、何か、騎士養成学校ってのが王都にあるらしくって、そこに入って何年かしたらなれる、らしい」
「王都!? うわぁ、遠いね……」
「な。でもまぁ、他に学校ないらしいし」
「そっか……」
話ながら歩いている内についた工房の扉に手をかけて、イノリアが眉を下げる。
ただでさえ小さいその体が余計に小さく見えた気がして、どうしたんだと思う。
……寂しい、のか?
王都は遠いから、俺が来なくなるんじゃないかと思って。
…………違ったら恥ずかしいな、これ。
「入れたら、王都での話もしてやるからな!」
「! ……うん!」
遠回しな約束。
来年も再来年も、何年先までだって。
この村に、イノリアと話をしにやってくる。
そんな思いを込めた、今の俺に言える精一杯の。
イノリアは一度目を見開いた後、嬉しそうに微笑んだ。
イノリアの開く工房の扉。
暖かな空気が、体を包んだ。
翌日
「おや、ロニー坊」
「村長さん!」
「昨日はありがとう。薬草を採って来てくれたんだってね」
「いえいえ、イノリアについていっただけなんで」
「見付けたのは君だと聞いているよ。ところで、今日もイノリアの所に?」
「ええ、まあ。でもなんか真剣に作ってるみたいなんで、すぐに叔父さんちに帰るかもです」
「それ、剣でしょ。良いよねー、あの子の作った剣。誰が使うんだか」
「ですよねー。俺も、持つだけで良いから触らせてくれないかな」
ロニーさんは書いてて恥ずかしくなります。
恋愛感情は双方共に持ってないのにね!
2014/01/23 投稿