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ミスリル  作者: 紺野 柚季
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13/14

12:EX_21年目・イノリア

蛇足そのさん。

この人だ、と。


初めて会った時、魔法使いさんの後ろに隠れるロニーを一目見た瞬間に、そう思ったの。



ロニーは笑顔がとても魅力的な男の子だった。


一年の半分以上を雪に覆われたこの村の日照時間は少ない。

晴れた日に外に出て日光浴なんてしても、外気の冷たさには勝てないけれど、それでも太陽が顔を出すと、なんだか暖かく感じる。

ロニーの笑顔にも、そういった力があった。

明るくて、暖かくて。

見ているだけでこちらまで笑顔になってしまうような、周囲を照らす笑顔。

私はそれが大好きだった。

私の中の何かが、じんわりと満たされていくような気がして。



『剣士になりたい』


ロニーがそう言ったのは、出会って8年目の冬。

12歳の時だった。

その言葉を聞いた瞬間、私は自分の奥底から、抑えきれない衝動が込み上げてくるのを感じた。

そして初めて、今までの漠然とした充実感の正体に気付く。


私はドワーフだ。

この世で唯一、ミスリルを創り出すことの出来る存在。

基本的に他者に興味を持たない種族だけれど、本当に気に入った存在には精一杯尽くす。

その最たるものが、ミスリルだった。

形にこそしていなかったけれど、気付かない内に溜め込んでいた思いは、最早内に抑えておけるものではない。

だったらどうする?

――そうだ、創ってしまえば良い。

ロニーの為に、ミスリルを。

剣士になりたいそうだから、何者にも打ち勝てるような、そんな剣を。



私がミスリルを創り始めてから、4年が経った頃。

騎士学校に入学したロニーがこう言った。


『大切な人を守れる騎士になります、って』


流れ星に対して願い事ではなく宣言をしたらしいロニーに思わず笑ってしまう。

だけど、その裏で、私は考えを巡らせていた。


ロニーは、あの頃とは比べ物にならないくらいに強くなった。

私の力を借りなくても、もう十分、彼は大切なものを守れる。

なら、ミスリルはもっと別のものが良いかもしれない。

さて、どうしようか?

剣でないなら、何がふさわしい?

――そうだ、盾だ。

ロニーは優しいから、きっと自分を犠牲にしてでも護ろうとしてくれる。

護ろうとしてしまう。

そんなロニーを守れるような、頑強な盾を。



それから更に2年後。


『……お前には分からない』


疲れ切った表情のロニーは、聞いているこちらまで苦しくなるような声でそう言った。

今にも泣きだしそうに声を荒げるロニーに、驚いて固まってしまう。

だって、初めてだった。

ロニーがこんなに苦しそうなのも、辛そうなのも。

だけど、でも。

そういえば、太陽みたいなあの笑顔を、もう何年も見ていない。

その事実に愕然とした。


『こんな、山奥で! しかも四六時中工房に閉じこもって、誰ともかかわろうとしない! そんなお前には、分からないだろ!!』


『優しいものにばかり包まれて、人の悪意に触れた事はあるか? 傷付けられた事は? 傷ついた事は? 無いよな、だって、お前、いつもへらへら笑ってるんだもんなあ!』


そう。

たしかに私には分からない。

分からないよ、ロニー。

私にはロニーがいたから。

ロニーがいればそれだけで良かったから。

ロニーは私を傷付けたりなんてしないから。

ねえ、ロニー。

貴方がいたから、私はいつも笑っていられたんだよ。


『……お前を信じてた、俺が馬鹿だったよ』


最後の最後、工房から走り去る直前に見せた、絶望したような表情が頭にこびりつく。

ああ、そんな表情(かお)しないで。

これだけ言われてもまだ、私は貴方に傷付けられてなんていないのに。


どうしよう。

どうしたら良い?

ロニーを救う方法。

絶望から掬い上げる方法。

ロニーがもう一度、晴れやかに笑えるような。


――ああ、そうだ。


堂々巡りの思考の中で思い付いたそれは、もしかすると天啓だったのかもしれない。

神様はもういないけれど、それでもそう思ってしまうような、素晴らしい案。


ミスリルは、ペンダントにしよう。

そうだ、それが良い。

私が創るべきは、剣でも盾でもなくペンダントだ。


形は正円が良い。

絶対の防御。

月の加護に、完全なる器。

願いの竜の象徴。


想いはどんどん積み重なっていって、抱え込むには重たいくらい。

でも、まだ。

足りない。

これくらいじゃあ、全然足りない。


全部全部、()ぎ込んで。

私の最後の一欠片まで。

どうかどうか。

彼の、ロニーの願いが、叶いますように。

20年分の想いを込めたペンダントを、手紙とともに作業台の上に置く。

ロニーはこれを受け取ってくれるだろうか。

手紙も、ちゃんと読んでくれるかな。


「大丈夫、だよね」


だって、ロニーだから。

いつかロニーが、もう一度笑ってくれますように。




2014/02/09 投稿

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