12:EX_21年目・イノリア
蛇足そのさん。
この人だ、と。
初めて会った時、魔法使いさんの後ろに隠れるロニーを一目見た瞬間に、そう思ったの。
ロニーは笑顔がとても魅力的な男の子だった。
一年の半分以上を雪に覆われたこの村の日照時間は少ない。
晴れた日に外に出て日光浴なんてしても、外気の冷たさには勝てないけれど、それでも太陽が顔を出すと、なんだか暖かく感じる。
ロニーの笑顔にも、そういった力があった。
明るくて、暖かくて。
見ているだけでこちらまで笑顔になってしまうような、周囲を照らす笑顔。
私はそれが大好きだった。
私の中の何かが、じんわりと満たされていくような気がして。
『剣士になりたい』
ロニーがそう言ったのは、出会って8年目の冬。
12歳の時だった。
その言葉を聞いた瞬間、私は自分の奥底から、抑えきれない衝動が込み上げてくるのを感じた。
そして初めて、今までの漠然とした充実感の正体に気付く。
私はドワーフだ。
この世で唯一、ミスリルを創り出すことの出来る存在。
基本的に他者に興味を持たない種族だけれど、本当に気に入った存在には精一杯尽くす。
その最たるものが、ミスリルだった。
形にこそしていなかったけれど、気付かない内に溜め込んでいた思いは、最早内に抑えておけるものではない。
だったらどうする?
――そうだ、創ってしまえば良い。
ロニーの為に、ミスリルを。
剣士になりたいそうだから、何者にも打ち勝てるような、そんな剣を。
私がミスリルを創り始めてから、4年が経った頃。
騎士学校に入学したロニーがこう言った。
『大切な人を守れる騎士になります、って』
流れ星に対して願い事ではなく宣言をしたらしいロニーに思わず笑ってしまう。
だけど、その裏で、私は考えを巡らせていた。
ロニーは、あの頃とは比べ物にならないくらいに強くなった。
私の力を借りなくても、もう十分、彼は大切なものを守れる。
なら、ミスリルはもっと別のものが良いかもしれない。
さて、どうしようか?
剣でないなら、何がふさわしい?
――そうだ、盾だ。
ロニーは優しいから、きっと自分を犠牲にしてでも護ろうとしてくれる。
護ろうとしてしまう。
そんなロニーを守れるような、頑強な盾を。
それから更に2年後。
『……お前には分からない』
疲れ切った表情のロニーは、聞いているこちらまで苦しくなるような声でそう言った。
今にも泣きだしそうに声を荒げるロニーに、驚いて固まってしまう。
だって、初めてだった。
ロニーがこんなに苦しそうなのも、辛そうなのも。
だけど、でも。
そういえば、太陽みたいなあの笑顔を、もう何年も見ていない。
その事実に愕然とした。
『こんな、山奥で! しかも四六時中工房に閉じこもって、誰ともかかわろうとしない! そんなお前には、分からないだろ!!』
『優しいものにばかり包まれて、人の悪意に触れた事はあるか? 傷付けられた事は? 傷ついた事は? 無いよな、だって、お前、いつもへらへら笑ってるんだもんなあ!』
そう。
たしかに私には分からない。
分からないよ、ロニー。
私にはロニーがいたから。
ロニーがいればそれだけで良かったから。
ロニーは私を傷付けたりなんてしないから。
ねえ、ロニー。
貴方がいたから、私はいつも笑っていられたんだよ。
『……お前を信じてた、俺が馬鹿だったよ』
最後の最後、工房から走り去る直前に見せた、絶望したような表情が頭にこびりつく。
ああ、そんな表情しないで。
これだけ言われてもまだ、私は貴方に傷付けられてなんていないのに。
どうしよう。
どうしたら良い?
ロニーを救う方法。
絶望から掬い上げる方法。
ロニーがもう一度、晴れやかに笑えるような。
――ああ、そうだ。
堂々巡りの思考の中で思い付いたそれは、もしかすると天啓だったのかもしれない。
神様はもういないけれど、それでもそう思ってしまうような、素晴らしい案。
ミスリルは、ペンダントにしよう。
そうだ、それが良い。
私が創るべきは、剣でも盾でもなくペンダントだ。
形は正円が良い。
絶対の防御。
月の加護に、完全なる器。
願いの竜の象徴。
想いはどんどん積み重なっていって、抱え込むには重たいくらい。
でも、まだ。
足りない。
これくらいじゃあ、全然足りない。
全部全部、注ぎ込んで。
私の最後の一欠片まで。
どうかどうか。
彼の、ロニーの願いが、叶いますように。
20年分の想いを込めたペンダントを、手紙とともに作業台の上に置く。
ロニーはこれを受け取ってくれるだろうか。
手紙も、ちゃんと読んでくれるかな。
「大丈夫、だよね」
だって、ロニーだから。
いつかロニーが、もう一度笑ってくれますように。
2014/02/09 投稿




