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ミスリル  作者: 紺野 柚季
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11/14

10:EX_1年目・5歳

蛇足そのいち。

お父さんの長い長い冬休み。

家族四人でお母さんの弟だという叔父さんの家に遊びに行った村は、どこもかしこも雪で真っ白だった。


* * *


「ほら、アメリ、ロニー。ご挨拶して」

「さあイノリア、こんにちは、って」


自分達が挨拶を交わした後、お母さんと村長さんが、言い方は違うけど同じ内容を口にする。


「こんにちは、はじめまして。アメリです!」


それを受けて堂々と元気に挨拶をしたお姉ちゃんを見つつ、僕は先程会ったばかりの叔父さんの後ろに隠れる。

魔法の研究家で魔法使いだという叔父さんは、あれれ、と仕方なさそうに笑って好きにさせてくれたけど、お母さんはそうもいかなかった。


「こら、ロニー。あんたも挨拶なさい」


そう言って、お母さんは叔父さんのズボンにしがみつく僕を引き剥がし、ぐいっと背中を押してお姉ちゃんの隣に並べる。

お母さんに逆らえない叔父さんは、それを苦笑しながら見ていた。


「こ、こんにちは、ロニーです」

「はじめましては?」

「……はじめまして」


どもりながらの挨拶に、お姉ちゃんから鋭い声がかかる。

泣きそうになりながら付け加えると、お姉ちゃんはフンと鼻を鳴らして、口を尖らせた。

お姉ちゃんは怖い。


「仲が良いねえ。……ほら、イノリア。いい加減出ておいで」


どこをどう見たらそう思うのか。

なんとも謎な言葉を口にした後、村長さんは自らの後ろに頑なに隠れている子供に声をかけた。


「……」


そろり、と。

その子は村長さんの後ろから顔を覗かせる。


肩の辺りで揺れる、雪に薄く灰を撒いたような髪と、弱々しく開かれた淡い紫の目。

下げられた眉が頼りない。


「イノリア」


もう一度呼ばれ、その女の子はおずおずと、村長さんの後ろから出て来た。

手は村長さんのコートを掴んだままで。


「……はじめ、まして」


降りたての雪みたいな、静かで柔らかな声。

それだけ言って、女の子はまた隠れる。


「イノリア、って、呼び捨てで良い?」

「ぁ、はい……」


ぐいぐい押していくお姉ちゃんに、女の子はもう今にも泣き出していまいそうだった。

さすがに可哀想に思ったけど、僕にお姉ちゃんがどうにか出来るわけがない。


大人ならなんとかしてくれるはず。

そう思って叔父さん達の方を振り向くと、何故かお母さんが叔父さんを掴み上げていて、いつの間にか来ていたお父さんになだめられていた。


……だめだ。

途方に暮れる。



結局。

村長さんの奥さんが来るまでその状況は続き、帰り際に見た女の子はぐったりとしていた。


* * *


次の日。


朝早く、叔父さんに起こされて連れて行かれたのは、ぐねぐねとした道の先にある、不思議な平屋だった。


「ここに来たことは、姉さん達には内緒だよ」


そう言って、叔父さんはなだらかな雪の坂を降りていく。

その先には両開きの扉があって、不思議なことに、扉の周りだけ雪が積もっていなかった。


「魔法だよ」


濡れてもいない地面を、雪との境に立ってじっと見つめていた僕に、叔父さんの声がかかる。


魔法。

初めて見た。


「雪除けの魔法。ほら、おいで」


差し出された手を握って叔父さんの横に立つ。


「ここにはね、三つの魔法がかけられているんだ。一つ目が、さっき言った、扉周辺の雪除け。そして、二つ目と三つ目は、この扉」


ゆっくりと手を引いて扉の前に立った叔父さんは、撫でるように、扉に指を滑らせた。


「物理的遮断と感覚・空間障壁。……あー、えっと、まぁ、二つの結界があって、入って良いですよー、って許して貰わないと入れないようになってるんだ」


言っていることがよく分かっていない僕に、叔父さんは苦笑しながら簡単に言い直してくれる。


「誰にかは知らないけど、この中に居る子は、きっと、とても大切に思われているんだよ。だから、君の方を連れてきたんだけど」

「……へ?」


いきなりの話の流れに変な声が出た。

何しにここに来たんだろう?

から、

何で僕?

に疑問が切り替わる。


「この村、ロニーと同じ年頃の子供が他に居ないんだ。だけど、アメリが相手だと絶対に怖がっちゃうし……あ、これも姉さん達には言わないでね。殺されちゃうから」


叔父さんがお姉ちゃんの名前を出したことで、誰に会わせようとしているのかが分かった。

年も近いだろうし、多分、昨日のあの子で間違いない。


……でも。


「……ねぇ、叔父さ」

「イノリア、居るかいー?」


かけようとした声は、叔父さんのドンドン、と扉を叩く音に掻き消された。


僕は慌てて周囲を見回す。


今は早朝だ。

積もった雪で少し明るく見えようが、朝の、早い時間。

こんな時間に大きな音をたてるのは迷惑でしかないし、人の家に来て良い時間でもないと思うんだけど!


僕が叔父さんの袖を引っ張る。

それと、同時くらいに。


「……魔法使いさん?」


キィ、と音をたてて、扉が開かれた。


* * *


「イノリアは、この村でただ一人の鍛冶職人なんだよ」

「へえ、イノリアってすごいんだ」


あの後。

数秒固まってから、わたわたと扉の陰に隠れた女の子、イノリアの人見知り具合に何だか力が抜けた僕は、すっかり普通にしていられるようになっていた。

そして今は、暖かい工房の中でイノリアが鉄を打っているのを、叔父さんと二人、並んで座って見ている。


「……ねぇ、叔父さん」

「ん、何?」

「女の子……っていうか、僕くらいの年で、あれってあんな風に使えるものなの?」


ふと思った事を訊くと、叔父さんは笑いながらこう答えた。


「無理だろうね。僕も使えなかったし」

「だよねー……」


叔父さんは細いし、見るからに弱そうだからそうだと思うけど、目の前の光景は外の魔法よりも不思議だった。


当たり前だけど、叔父さんより細くて小さくて、か弱そうな同い年の女の子。

そんなイノリアが、体の半分はある大きな金槌を軽々と振り下ろす。


あまりにも現実味のない光景に金槌が実は軽いんじゃないかとも思ったけど、工房に響く鉄の音が、これが本当の事だと教えてくれていた。


「イノリアは力持ちだからねぇ」

「そういうものなの?」

「そういうものだよ」


そこまでにこやかに言い切られると、本当にそんな気がしてくるから不思議だ。

なんか今日は不思議でいっぱいの日だなぁ……まだ朝なのに。


それでも工房の中が明るいのは、イノリアの近くで火が勢いよく燃えているからだ。

あそこまで近いと暖かいというより暑いらしく、頬を一筋の汗が伝うのが見えた。


「…………あの。そんなに見られると、恥ずかしい……ん、だけ、ど」

「へ、ぁ、ごめんっ」


恥ずかしそうに小さな声で言ったイノリアに、とっさに謝る。

でもやっぱり気になって、つい口に出してしまった。


「……ね、そこ、暑い?」

「え、うん……」


急な質問に目を瞬かせて答えたイノリアに、昨日お姉ちゃんに対して見せていた怖がるそぶりがないのに安心する。


僕にまで同じ反応じゃなくて良かった。

飢えた肉食獣……いや、魔獣みたいなお姉ちゃんのようにはなりたくない。


「あ、やっぱり。じゃあさ、それ、重い?」

「う、うん、多分……」

「多分?」


はっきりしない言葉に、ついそのまま返してしまう。


「みんな、そう言うから……あの、その、……持ってみる?」

「良いの!? やりたい!」


願ってもない言葉に、素早く食いつく。

椅子から立ってイノリアの傍に行くと、驚いたように大きく目を見開いていた。


「おお、やっぱり暑い……って、何?」

「……ううん、何でもない。えと、どうぞ」


さっきまでよりいくらか力を抜いた様子のイノリアに勧められ、床に置かれた金槌に手を伸ばす。

掴んだ柄は、火の傍だというのにひんやりとしていた。


「んっ」


力をこめる。

だけど、持ち上がったのは柄だけで、それも少しだった。


「んん~……っ」


全力を注いでいるのに、そこから全く動かない。


「む、無理……」

「やっぱり、重いんだね、これ」

「うわっ」


ひょい、と。

片手で表情も変えずに軽々と持ち上げたイノリアに、心の底からびっくりする。

近いからか、さっきまでとは全然違う迫力があって、イノリアから目が離せない。


いくら力持ちだと言っても、重いものは重いと思うんだけど。


……いや、でも、うん。



「イノリアって、凄いな!」


つまりは、そういう事なんだろう。

帰宅前。


「ロニー、また来る?」

「うん、絶対に来るよ! 約束!」

「え、何? なんでそんな仲良くなってんの? 何なの?」


イノリアの笑顔に癒された次の瞬間、お姉ちゃんの低い声に嫌な汗をかいたのは、言うまでもない。



ちょっと意味分からないと思いますが、初対面はこんな感じ。

小さい子って、仲良くなるの早い……ですよ、ね?


残り、EX2話とあとがき(という名の人物紹介)です。



2014/02/08 投稿

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