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人に夢、咲く樂宴

作者: 筐咲 月彦

この小説は東方project(上海アリス幻樂団)の二次創作です。

 ここは幻想郷。結界により外界から閉ざされた、妖怪たちの楽園である。

 妖怪たちの楽園などと一言に言ってもそもそも妖怪の存在が人間に依存したものなので、絶えることのないよう妖怪によって調整された、人間にとってもある意味で楽園である。妖怪が支配し人間が支配されるだけの関係でもなく、妖怪が人間を襲うだけでもなければ人間が妖怪を退治するだけでもない。言うなれば相互互助の関係で成り立っている……いや、助け合ってはいないか。相互依存、が正しい。

 そして更に。

 その人間たちの中でも力の強い人間が居る。力の強い人間の中でも、より特殊な人間が居る。

 それが博麗の巫女だ。当代の巫女、博麗霊夢は知られた名前だが、それ以前にも連綿と続く妖怪退治の者の系譜。

 ――結界が作られたのは最近だが、おそらく、結界で幻想郷が閉じられる際に博麗の巫女(神主か?)と妖怪の間で契約が成された。相互依存の形で永劫の世界を封じるにあたって、お互いの関係を均一化するための契約。

 少数でも力が強い妖怪に、多数であっても力の弱い人間が対抗するために。所謂、スペルカードルールだ。無尽蔵の妖力と体力を制限し、本来的に妖怪に美学なんてものは無いが、美学のない攻撃を否とした。まぁ、最終的には巫女に勝たせる為の法だろうな。人間<妖怪<巫女(人間)の形で力の均衡を測り生命の危機を無くし、双方の減少を防いで幻想郷を維持する、と。

 だってそうだろう? 霊夢は確かに強いけれど、それでも妖怪たちの方が圧倒的に強いはずなのに倒せないし、大人しく退治もされる。

 だから、もしかすると本当は貴方たちのほうが霊夢よりも強いかもしれない。抑えられた力を開放出来ればね。

 

「そーなのかー」

「そうだよ! だってあたいは天才だからね!!」

「へー、知らなかった。何回も負けてるけど、本気じゃなかったからなんだぁ。あれ、負けたっけ。負けてない気がするなぁ」

「……そう、貴方たちはきっと本当はもっと強い。でも、だからこそ無理に挑んだり人間を襲ったらダメだぞ。負けなきゃいけないんだから、これまで通り痛い思いをすることになる」

 子供達を相手に、上白沢慧音が講義をしている。普段はもう少しお堅いし、序盤の語り口も寺子屋で講義をしているかのようだったが、ここが宴席で相手が妖怪の子供らだということを思い出したのだろう。後半は柔らかい口調で、嘘――とは言わないが、方便を織り交ぜて、人間を庇いつつも子供たちに教訓を与えている。

「そうそう、ここは幻想郷だと最初に言ったけれど、厳密には違う。私たちが自由に行き来出来る範囲の中でも、この博麗神社だけは結界のギリギリ外側にあるらしくてね。幻想郷を部屋、結界を壁としたら……そう、博麗神社は鍵穴になるのかな。鍵は霊夢だ」

「そーなのかー」

「そうなのだ。だから、ほら、もしかするとあの木の裏とか神社の境内の下とか、鍵穴からちょこっと外の世界が見えてるかもしれないぞ?」

「へー、すげー! ミスチー、探しに行こう!!」

「探しに? なんだっけ? 八目鰻?」

「そーなのかー」

「ふふふ」

 慧音は満足げに微笑んで子供たちを見送り、猪口に残った酒を飲み干す。横に居た妹紅が、そこに酒を継ぎ足しながら呆れた声を上げる。

「……バカだな、あいつら」

「こら、あれは素直と言うんだ」

 ありがとう、と礼を言ってから再び傾ける。

「っは~。良い酒だ」

「良い酒だけど、慧音は酔うと人にものを教えたがるからなぁ」

「ふふふ。妹紅は今日は、何を教えて欲しいのかな。ずっと横に居て」

「お前もバカだ」

 そんなやり取りも、宴会の見慣れた光景の一つだ。

 他にもこの場の主人である博麗霊夢は普通の魔法使い、霧雨魔理沙と、

「桜をモチーフにした弾幕使いって居たかしら?」

「幽香は? 花だろ」

「桜は無かったじゃない。――あ、幽々子が使ってたわね」

「ん、そうだったか? 蝶もあったじゃないか。桜に蝶なんて留まらないぜ」

「そんなの知らないわよ。文句なら本人に言いなさい」

「霊夢も似合いそうだよな。日本的だし」

「自分で使えば」

「桜は派手じゃないだろ。花見は好きだが、桜自体は特別好きじゃないぜ」

 などと定番の会話をしている。

 人間、妖怪、吸血鬼、神霊、死神、亡霊、妖精、鬼、妖獣、魔法使い。多岐に渡る人物――いや、生物――いやいや、多岐に渡る存在が、ここ博麗神社に集まっている。夏は涼みに、秋は枯葉で焼き芋、冬は炬燵で温まりに。もちろん春は花見に、だ。

 いつもの如く。そして毎日の如く、または毎晩の如く。誰しもが。

 酒を飲んで語りたくなるのは慧音だけでなく今日は来ていない森近霖之助なども居るし、話に出た風見幽香や西行寺幽々子などは常連で、今日も来ている。前回などは、余興としてちょうどその二人で弾幕戦を繰り広げ、ただの余興だったのだが、熱くなった他の何人かも空中戦に参加して夜空が大層華やかだったものだ。……まあ、昨日のことだが。

 余波で花が散らないかと心配したが杞憂だったようで、今日もまた花見が盛大に行われている。

 これもひとえに、巫女がここに居るからだ。

 慧音が言っていた通り、巫女は幻想郷の要である。人間に慕われ、妖怪の恨みを一身に受け、人間を助け、妖怪と関わる。

 妖怪にとって倒せるのに倒せない巫女というものは、遊び道具でありつつも遊んでくれる相手だ。そんな関係であればこそ、役割として妖怪を倒せばこそ、その実はサバサバとした性格で分け隔てせず、どんなものでも受け入れる度量がある。

 霊夢の下には、誰もが集まる。

 羨ましいことだ。

 ――と、巫女が何かを見ている。

 見上げる視線の先は、桜だった。満開の、白に近くも白では無い、薄紅の塊。ぼんやりと輝いているかのようで夜空に映え、モノクロでは無く生命を感じる、まさしく『色気』のある姿だった。

 見上げ、小さく首を傾げる。

 いつ散るのかを予測しているのかもしれない。

「どうしたんだ、霊夢」

「いえ、ちょっと。……魔理沙、明日は別のところにしよっか」

「ん? ここのも、まだまだ見頃だぜ」

「えーと、見飽きたかなって」

「ふぅん。ま、そりゃそうか。自分の家だもんな」

「そりゃそうなのよ。明日は白玉楼にしましょうか」

 とのことで、しばらく大規模な宴会は他所でやることになるようだ。

 残念。

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 とはいえ、大規模な宴会が無かろうとも博麗神社にはいつも誰かしらが集まってくる。

 巫女も特別だが、この“場”もやはり特別なのだ。

 

 

 

 ――時に家族のように。

 

「神奈子さまぁ、神奈子さまってばぁ! もう、聞いてるんですか神奈子さま~」

「……早苗、ちょっとお前、飲みすぎだぞ」

「そうだよ。下戸なのに」

「そんなこと無いですよぅ」

 にへら、と笑う緑髪の巫女。

 満開の桜の下、ゴザを敷いて三人で語らっている。もしくは三柱で、なのだが。

「だぁって、三人でお出かけなんて久々だから。飲んじゃいますよお」

「まぁ、諏訪子はあんまり出ないからな」

「うん、出ない。博麗の巫女も居ないってゆーから、今日はいいけど」

「でしょー? ですよねー? だから私飲んじゃいます、美味しくって!」

「……なんというか、ストレス溜まってるのか? なぁ諏訪子、最近そんな様子あったかな?」

「無い気がするけど。特には」

 大きな盃で豪快に飲む神奈子、猪口からチビチビと舐めるように飲む諏訪子。対して早苗はといえば、湯呑で半分をようやっと飲んだところでこの有様だった。

「違います! ストレスを発散してるんじゃなくて、単純に嬉しいんです! マイナスからゼロになるんじゃなくて、ゼロからプラスになるんです。分かりますかー神奈子さまぁ?」

「分かる分かる。分かるから離れろ」

「あ、冷たいです……諏訪子さまぁ、神奈子さまが冷たいですぅ」

「う~」

「諏訪子さまあったか~い。神奈子さま残念ですねー、冷たいからあったかいの味わえませんねー」

「……ふん」

「うそうそ、嘘ですよ~。神奈子さまにもあったかいの分けてあげます!」

「だぁからこっち来るなっての」

「素直じゃない神奈子さま、かわい~」

「はぁ、駄目だこりゃ」

「う~、そうだね。だめだこりゃ」

 そんなことを言いつつも、なんとも楽しそうな諏訪子。嫌がらなければ絡まれないし、絡まれない分には宴とは楽しいものだ。いわんや、我を失って絡む側からすれば。

「うふふふふふふ」

「あ~もう。ちょっと、ほら早苗、いっぺんコレ飲み干せ!」

「え~、神奈子さま私を酔わせてどうする気ですかっ」

「どうもしないっての。いいから、ほれ」

「は~い。んっ、んっ、んっ……ふぅ」

「ん、良い子だ。それじゃ、おいで」

「え? きゃっ」

 突然に手を取られ、引っ張られる。早苗が倒れ込んだ先には、神奈子の太ももがあった。

「わ、わ、すみません神奈子さま」

 少し我に返ったのか、謝りつつ退こうとする。が、

「良いんだ」

「あ……」

 早苗の額を、人差し指で抑える神奈子。それだけでもう立てない。

 すぐに諦めたようで、くたりと力が抜ける。

「ごめんなさい、神奈子さま……」

「良いんだ」

 体を預けたのを見て取り、指を外して盃を煽る。

 諏訪子は早苗が羨ましいのか神奈子に嫉妬したのか、唇を尖らせながら相変わらずチビチビと酒を舐めている。

 少しだけ、静寂が空間を染める。

 風も無いのに舞い散る薄紅色が世界をコマ送りにして、酒の香りもあってか、話に聞く桃源郷を思わせる風景だった。居るのは仙人ではなく神様だったけれど。

「……神奈子さまも、あったかい」

「……」

「神奈子さま、お父さんみたい」

「……」

 くしゃり、と前髪を乱してやると、くすぐったそうに笑った。

「なーなー早苗、私は?」

「え、そうですねぇ。ん……妹、ですかね」

「お母さんじゃないのかー」

 そう言われるのを期待していたのか、擦り寄ってきた諏訪子が、かっくりと肩を落とす。

「ふふふ、もしくは頼りないお母さん、です」

「頼りないのかー」

「ああ、頼りないな」

「う~、確かに外でお仕事をして帰ってくる神奈子に比べて私は」

「専業主婦ってか?」

「別に家事はしてないから……専業主神? おお、これなら偉そうだ!」

「そしたらこっちが使いっぱしりみたいじゃないか」

「そうなんじゃない?」

「違うだろ」

 そんなやり取りを、クスクス笑いながら見上げる早苗。

 と、その顔に柔らかく手が被せられる。

「もう寝な、早苗」

「え~、まだ寝ませんー」

「良いから」

「いーからっ」

「ふふふ……はぁ~い」

 再びの静寂。

 寝息が聞こえてくるまで、さほど掛からなかった。

 彼女が眠りに就くのを妨げることのないよう、それまで神奈子は身動き一つしなかったし、諏訪子は物音一つ立てなかった。様子を伺っている様は見守っているようにも見えて、春らしい穏やかな温もりを感じさせる光景だった。

 もしも今この時に、神奈子の手の甲に花びらが載ったならば。それはきっと、桜が三人を羨ましがっている証に違いない。

 載るや載らざるや。さぁ。

 小さい寝息だけが聞こえる中、薄紅が一片、舞い落ちていく……。

 

 

 

 ――時に仇敵同士のように。

 

「あら、ツマミが切れちゃったわ。イナバ、中に入って何か見繕ってきてよ」

「だ、ダメですよ姫様! ただでさえ巫女の留守にこっそり来ているのに、盗人みたいな真似をしてもしバレたら……!」

 不法侵入らしい二人。鈴仙・優曇華院・イナバと、蓬莱山輝夜。

 永遠亭のお姫様は基本的に引きこもりなので、あえて人の居ないタイミングで来たのだろう。

 まあ不法侵入などと言ってもよくあることだし、勝手に花見をするだけならばおそらく、霊夢とて怒りはしないが。

「だって、まだまだお酒はあるのに。どうにかしなさいよ」

「どうにかって」

「買ってくるとか?」

「里まで随分歩きますよ。言ってくれれば途中で買いましたのに」

「足りると思ったのよ」

「姫様、筍のお煮つけ好きですもんね。菜の花の天ぷらも」

「永遠を生きる以上、退屈しない為には季節を味わうのが大事なの。貴方もそのうち分かるわ」

「はぁ」

「桜の花びらはこんなにあるのにねぇ。――食べれないもんかしら、コレ」

 敷かれたゴザから手をはみ出させれば、よっぽど柔らかい感触の花びらの絨毯が広がっていた。輝夜はそれを意味なく掬い上げ、指の隙間から零してみせる。

「あ、私は結構好きですよ?」

「え、ホントに」

「はい、まあ歯ごたえが足りないといえばそうなんですけど、それが逆に新しいですし。あと、口いっぱいに含んでもちゃもちゃしてると、鼻に思いっきり桜の香りが抜けるんですよ。とことん甘い香りで、デザート感覚でいけますよ」

「……草食動物め」

「えー」

 聞かれて答えただけなのに理不尽な、と主人の暴君ぶりを嘆いていると、そこに。

「~~~♪ ~~♪」

 どこかから鼻歌が聞こえてくる。鳥居をくぐった鼻歌の主は、のんびり歩いてきて二人を見つけ立ち止まる。

 赤い髪を二つに結び、高い身長に健康そうな肉体を仕事着らしい紺色の装束で包んだ女が、声を掛けてくる。肩に担ぐのは、遠くからも見て取れるほど大きくて、そして歪な鎌。

「おやおや。誰かと思えば、兎さんじゃあないかい」

「あれ、貴方は――」

 見知った様子の鈴仙と女を交互に見ながら、輝夜が尋ねる。

「誰? 知り合い?」

「えぇ、いつぞやの異変のときに、確か二度ほど」

「そうだね。その後、どうだい?」

「むしろこっちが聞きたいですよ。その後、サボってやしませんか? ――死神さん」

 そう、現れたのは三途の川の渡し守、小野塚小町だった。

 いつだって分かりやすく鎌を携えていて、役柄を紹介するまでもない親切設計の娘だ。今日は鎌の他に、大きな籠を提げている。

「はっはっはーだ」

「もしかして、今もサボりですか?」

「いいや、見回りさね。っと、お邪魔するよ」

 ドサリと、許可も得ずに輝夜の横に座る小町。

「見頃だねぇ。良い桜なのに、他の連中はどこに行ってるんだい?」

「白玉楼に行ってるらしいわよ。そこの桜も見事なんですってね」

「はぁん。私にとってみれば向こうの方が見慣れているけれど、ここの連中はここの桜に見飽きたと。ま、たぶん巫女のきまぐれだな、どうせ」

 がさりと竹製の籠から何かを取り出す。それは、

「ほれ、お近づきのしるしだ。アタシは小野塚小町。是非曲局庁でヤマザナドゥさまの下で働いているよ。――たぶんコレ、あんたらんとこのもんだからな、お裾分けって言い方もおかしいんだけど。来る前に竹の花が咲いてやしないか見に寄ったら、なんか貰っちゃってね」

「あらホント、筍のお煮つけじゃない。頂くわ。私の名前は――」

(ちょ、ちょっと、姫様! ちょっと、こっち……)

「な、え、なに? あ、ごめんなさいね」

「ん? ん~」

 自己紹介のあとは乾杯の流れのつもりだったのだろう。酒と盃を用意していた小町が残念そうな声を漏らす。

 鈴仙に引き摺られ少し離れた場所へ行くと、彼女が切羽詰った口調で言う。

「……あ、あの、姫様まずいですよ!」

「何がよ? 筍は美味しいわよ? 自己紹介を返さないのって嫌いだわ~」

 礼儀にもとる行為をしてしまったせいか――もしくは、せっかくツマミが来たのでさっさと酒を飲みたいのか――少し不機嫌になっている。

「ご、ごめんなさい。でもでも姫様、まずいんですって!」

「だから何がよ?」

「たしか、死神って寿命を管理するものですよね」

「詳しくは知らないけど、そうなんじゃない?」

「……たぶんなんですけど、たしか、不老不死のものを目の敵にしているって話しだったような気がして」

「!?」

「殺せないにしろ、物理的に倒して彼岸に連れて行くんだったような。しかも、天命を蔑ろにしたってことで確実に地獄行きだとか」

「そ、それ、本当なの?」

「たぶん、ですけど……」

「わ、わたしもってこと?」

 自信は無さそうだが、コクリと頷いてみせる鈴仙。

 途端に、輝夜の顔色が変わる。

「じょ、冗談じゃないわ! 地獄なんて行きたくないわよ!!」

「ひ、姫様声を落として……!」

「う、うん……ど、どうしよう? どうしたら良いの、イナバ?」

 既に泣きそうである。

 頼られた側も、大して変わらない顔をしている。こんな時にいつも頼っている月の頭脳は、ここには居ないのだ。

「こ、この場はどうにか切り抜けましょう! えっと、このままこっそり逃げ出すとか」

「余計に怪しまれるじゃない! いかにも体力のありそうなおっぱ――体付きしてるわよ。追いかけられたらきっと危ないわ」

「そ、そうですね。間違いなく肉体では敵わない……で、でも用事が出来たとかって言ってからなら」

「なんか良い理由、思いつくの?」

「え~と、え~と、お母さんが危篤で」

「却下。相手は死神よ、幻想郷の全員の寿命なんか知り尽くしてるに違いないわ」

「そっか、そうですよね。う~んと、急に仕事が入って、とか」

「貴方はそれで良いでしょうけど、私もそれで通るかしら。いかにも上の立場に見えない?」

 その場でクルリと回ってみせる輝夜。

「……無理そうですねぇ」

「そうよねぇ」

 揃って溜め息を吐く。小町の方を見やれば、酒を飲まずにぼんやりと桜を眺めて、二人が戻るのを待っているようだった。意外と義理堅い性格のようだ。サボリ魔なのに。

「じゃあもう、二人掛りでやっつけちゃうとか!」

「どうなの、戦った時には弱かったの?」

「まあ、なんとか勝てましたけど」

「じゃあ二人なら……ううん、やっぱりダメね。いざとなったらともかく、穏便に行かないと次から付け狙われても困るわ」

「穏便に、ですか。それなら、酔い潰すのはどうですか?」

「あ、それならイケるかも! 私なら飲んでも代謝の速度を調節して酔いも抑えられるからね!!」

「私は小町さんのお酌して、ガンガン飲ませますね!」

「それだけじゃなくて、薬も使って狂気も使って、とにかく酔わせなさいっ! なんとか眠らせて、その隙に逃げるわよ!!」

「は、はい!」

 チラと小町に視線をやると、ちょうど小町も痺れを切らしたかこちらを伺っているところだった。

 二人は向き合い、力強く頷く。

 二人なら、きっと。そんな気持ちが伝わってくるかのようだった。

 ゆっくりと、戻っていく。

 一歩を踏み出すごとに顔が歪んでいく。勝手に口の端が、ヒクヒクと震えながら上がっていく。

 凄惨な笑顔だった。

「お、ようやっと来たかぁ。ささ、乾杯しようぜ!」

 二人には都合の良いことに、自己紹介のことは忘れているようだった。もしかすると紹介の最中に腕を引かれたのを見て、何かあるのかと推察したのかもしれない。彼女は義理堅いだけでなく、意外と気の利く女性でもあるのだ。

 笑顔の小町。だが、彼女は死神だ。魂を狩る、冥府の使いだ。

 死神の笑顔。知った上で見れば、これほど怖いものもない。

「ん、どうした? 早く座りなよ。まさか、今更帰るなんて言わないよな?」

 だが、二人は気持ちを奮い立たせて立ち向かう。

 笑みを無理矢理に濃くして。

 膝は震えながらも、しっかりと敵を見据える。

 ――それは、生きるための戦いだった。

「小町さん。私たちと……飲み比べ、しませんか?」

 

「……」

「……」

「う、うぅ……」

「……あう」

 うめき声だけが、その場を這いずっていた。二人のうめき声だけが。

「い、イナバ……」

「……ひめさ、まぁ」

 死の淵にあるかのようなうめき声。――ただし、それはそこで踏み留まった証。

 生還したことを知らせる号外。いや、吉報。

 勝利を告げる朱鷺子の声。いや、鬨の声。

「や、やったわね。なんとか、生き残ったわ!」

「うぅ、ホントに大変でした……薬も私の能力も効かないし、お酒はザルだし」

「本当にね。そこは明らかに計算外だったわ。でも、生き残ってしまえばコチラのものよ! 私たちの勝利よ!!」

 勝利も何も、小町は普通に酒を飲み尽くして「それじゃ、またどっかで飲みたいもんだね~」などと言いながら、程よく酔っ払って上機嫌で帰っていったのだが。

 二人の策は暖簾に腕押し、どころか、猫にマタタビといったところだった。

 それでも世間知らずのお姫様は、

「私たちの勝利よ! ねぇ、イナバ!」

 などと嘯き。そして従者の兎は、

「ひ、姫様ぁ!!」

 などと、感動のあまり抱き合ったりするのであった。

 ――と、そこへ再びの訪問者。

「……二人共、何をしているのです?」

「あ、師匠! 私たち、やりましたよ!!」

「永琳じゃないの! そうよ、やったのよ!!」

「??」

 現れたのは永遠亭の賢者、八意永琳だった。

 二人のテンションについて行けず、困惑した様子だった。常から冷静な彼女にしてみれば珍しいことで、それだけ二人の状態が特殊だということだ。

 狂気にも似て。

「ちょっと、うどんげ。説明なさい。どうしたの?」

「あ、すいません師匠、実はですね……」

 ……

 ……

「ふむ、なるほど」

 興奮気味の鈴仙の説明と、輝夜による誇張気味の武勇伝からでも理解できたのは、流石というところ。

 ただ、事の顛末を聞き終えた彼女は、何やら眉間に皺を寄せている。

 頭が痛そうにしながら深く溜息を吐き、どうにか言葉を絞り出す。

「うどんげ……確かに私は、いつだったかに死神の話をしました」

「は、はい。師匠、どうしたんですか?」

「聞きなさい、黙って。その時に言ったはずです、我々に関わる重要な項目として“天人は別だ”と」

「……え」

「月の民は見逃されているのですよ。許されている。……いいえ、神にも等しいものとして、裁かれる立場には無いのです」

「あ、う」

「さらに言えば、貴方の能力は『狂気を操る程度の能力』。気を操作して躁と鬱、疎と密を行き来して惑わすんですが……死神はより死に近い性質を持っている為、躁の影響を受けづらく、貴方の力は効きません。これも前に言いました」

「はう!」

 そこまでで一旦、永琳は矛先を変える。

「姫様も姫様です」

「え、わ、私も!?」

「小町さんが持ってきていたでしょう、筍の包みを」

「う、うん。そうね、永遠亭に寄ったって」

「危険な存在なら、私が寄せ付けるとお思いですか?」

「う、そうかも」

「ましてや土産物まで渡して。私が友好的に相手をしているのに、相手もそれを受け入れてくれているのに、飲み比べを挑むなんて!」

「……え~と、私たちのやったことって」

「無駄、ですね」

『え~~~~っっっ!!!』

 スッパリと切り捨てると、二人の悲鳴が響き渡る。彼女の主君に対する態度としては珍しいが、それだけ苛立っているのだろう。おそらく、鈴仙への説教がかなり長引くこと請け合いである。輝夜の分まで。

 それを察してか、鈴仙はぐったりと倒れ伏してしくしくと泣いている。

 そして輝夜は、こちらも倒れ伏しているが、何やら寝息が聞こえてきた。緊張が途切れ、興奮も途絶え、酔いも限界だったのだろう。ただ、このタイミングなので、おそらくは不貞寝だ。

「はぁ」

 もう、呆れすぎて溜息しか出てこないらしい。――まぁ、このあと散々説教が出てくるのだろうが。

 溜息ついでに空を仰ぎ見れば、

「……良い月ね」

 満月に少し足りない、十三夜月。

 帰りたいとは思わないまでも、輝夜に説教できる人間が降りてこないものかと願わないでもない永琳だった。

 

 

 

 ――時に恋人のように。

 

 いつもと違う風情の博麗神社の境内。というのも、神社にいかにも似合わない洋風のテーブルとチェアが置かれているから。

 桜の下。

 桜よりも少し濃い薄紅色――桃色に身を包み、白い肌と黒い翼が良く映える少女が、白く塗られたチェアに腰掛けている。

 ただ、その貫禄は少女のそれでは無かった。それもそのはず、彼女は数百年を生きる紅の吸血鬼、レミリア・スカーレットだ。彼女に掛かれば、神社に洋風のチェアだろうが少女の姿で酒を飲もうが、それが当然であるかのように世界が塗り替えられる。

 おもむろに空のワイングラスを掲げ、呟く。

「……良い月ね」

 満月に少し足りない、小望月。

「……」

 もちろんレミリアだけのはずもなく、もう一人。

 ただ、横に居る少女は何も応えない。よく出来たメイドというのは、必要以上の言葉を発しないものだ。

 ――紅魔館の主従であった。

 何ゆえに二人きりで此処に居るのか。彼女たちは宴会の常連で、こんなところに二人きりでいるよりは白玉楼に居ても良さそうなものだが。まさか二人きりになりたいから、などとは言うまい。二人きりでイチャつきたいからだなんて、そんなこと。

 主たる吸血鬼。レミリア・スカーレットがワイングラス越しに見る月は歪み、随分と近く見えた。そのままグラスを体ごと回転させる。その先には。

「……」

 顔をグラス越しに凝視されても一切動じない、完全で瀟洒な従者――十六夜咲夜が居た。

「ふふふ」

 ニヤニヤと笑いながら、グラスを細かく動かして隅々まで眺めるレミリア。

 何も反応しないメイドに満足いったのか、それとも不満なのか、

「ふん」

 と、鼻で笑う。

 そしてワイングラスを差し出す

「……」

 咲夜は、何も言わないまま手を掲げる。

 すると何も持っていなかったはずのその手の内に、忽然とワインボトルが顕れる。ありえないはずの光景だったが、主もまた、動じない。

 そこから腕を傾けていくと、音も無く紅い液体が注がれていく。随分と色の濃いワインだった。

 底から二センチほど、小さな逆円錐が出来たところで注ぐのを止める。

「レミリアお嬢様、テイスティングを」

「今日の血は?」

「お食事にチーズ、リンゴのバターソテイ、蜂蜜をベースにしたソースでサイコロステーキをご用意しました。それに合わせて、ドリンクは濃い目のものを」

「ふぅん」

 軽く香りを嗅いでから、グラスを回してもう一度鼻を寄せる。

「……ふぅん」

 口元へ持っていき、グラスを傾ける。細い、糸のような川が可憐な唇に吸い込まれて行く。

 ゆっくりと、たっぷりと時間を掛けて落とし込み、それから口の中で転がす。これも時間を掛けて味わう。

 咲夜にとっては、この時間ばかりは不安で仕方がない。

 なぜなら。

「咲夜」

「はい、お嬢様」

「……」

 レミリアも、わざと言うのを焦らしているようだ。咲夜の不安を煽っているらしい。

 そして、いつものように言うのだ。

「はぁ。貴方は出来たメイドだけれど、血の味に関しては、本当にダメね。この料理にフルボディのワインを合わせるのは定番でしょうけど、そこに血まで濃いのを合わせたらバランスが崩れるでしょう」

「……すみません、お嬢様」

「それから、ワインに混ぜるときは紅茶と違って血の匂いを立たせないと。人間の血は保存したものを使うしかないにしても、捌きたての鶏の血を仕上げの前に数滴垂らしなさい。香りが混ざって食欲が増すわ」

「……すみません」

「ダメな子ね」

「……」

 ニヤニヤといやらしい笑みで責め立てられるのを、甘んじて受け入れる。

 レミリアが飲むワイン(フランドールも酒は飲むが、何故か彼女は洋酒は飲まないんだとか)は、彼女の好みに合わせ人間の血液で割ってある。

 温度や混合の割合などは使用人として早い内に覚え切ったが、ただどうしたって、彼女は人間だ。完全で瀟洒な従者などと呼ばれても、彼女としては自分のことを垢抜けてもいなければ洒落てもいない、ましてや完全などとは到底言えないと思っている。少なくとも、血の味に関しては、本当にいつも叱られてばかりだった。

 まぁ、レミリアが咲夜を虐めたいだけだという可能性は否定出来ないが。

「この“失敗作”のワインはどうしたものかしらね?」

「……」

「そうだわ、咲夜。手を出しなさい」

「……は」

「良いから、出しなさい」

「はい……」

 おずおずと右手を、主の目線まで上げる。

 そこへレミリアも手を持ち上げる。――ワインボトルを持った手を。

 いつの間にやら、咲夜が持っていたはずのボトルをレミリアが手にしていた。先ほど咲夜が出現させてみせたのは時を止める能力によってだろう。そしてコチラは吸血鬼の特性によって、手だけ霧にしてボトルを奪ったのかもしれない。

 なにやら、『貴方が出来ることは私にも当然出来るのよ』と暗にアピールしているようでもあった。犬の躾に近い。

 ――とぷとぷとぷ。

「あっ」

「動いちゃダメよ」

「は、はい」

 忠実なメイドの白い肌へと――大理石のような内からの輝きを秘めた、割れも乾きも無い“時が止まったような”肌へと、紅い液体が掛けられていく。

 指先へと幾筋にも分かれて流れ薄ら広がっていく液体は、透ける白と相まって、そこにも薄紅を咲かせた。

「ぅ……」

 暖かくなったとはいえ、まだ春先のこと。濡れた部分はかなり冷たく感じるのだろう。小さく声を漏らす。それを嬉しそうに眺めながら、満遍なく腕にワインを広げていくレミリア。

 時折、ひくりと咲夜が体を震わせれば、ギリギリのところで留まっていた紅の珠がそれにつられてすぅっと糸を引き落ちていく。地面に、桜の根に、ぽつぽつと色を残す。

 倒錯的な光景だった。

「ふふふ」

「お、お嬢様、何を」

「いえね、私の好みをちゃんと教え込まなければと思ってね」

 口の端を釣り上げたまま、真っ赤な目で咲夜を見据えながら、彼女の腕に顔を寄せる。

 そして――指先にキスをする。

「あ、ぅ」

 滴る雫を、舌先を伸ばして掬い取る。まずは肌に触れるか触れないかの位置から、舌だけで。

 垂れかけていたものをすすりきったら、そこから指を丁寧になぶり始める。中指を口に含み、先端から徐々に深いところへ。時間を掛けて、一本、また一本としゃぶりつくす。声が漏れるのも身体の震えも必死で抑えようとしている咲夜を、愛おしげに眺めながら、時々わざと牙を当てて反応を楽しむ。

 次に、手のひら。最も敏感な部分を、丹念に舐めていく。皺の一つ一つをなぞり、指のまたを何度も何度も舐め上げる。――まるで、むしろレミリアが奉仕をしているような姿だ。咲夜はその光景を、うっすらと閉じかけた目で、悩ましげに見下ろしている。

 手の甲、そして腕へ。舌をべったりと押し付けて、刺激を強めにしながら広くワインを舐めとる。牙を押し当て柔らかい肉の感触を楽しみながら、皮膚の破けないギリギリのところを保ちながら、つつぅと顔を移動する。白い肌に、一瞬だけ紅い線が残り、儚く消える。

 肘の外側、内側。血管が何本も浮き出て、見ようによってはグロテスクで骨身に近く、それゆえに敏感な部分までを舐め上げる。これでワインは一滴も、どこにも残っていない。

 しかし、

「……咲夜、まだ動いちゃダメよ」

「は、い」

 そのままレミリアは、二の腕に取り付く。

 肉の感触。

 細身で、日々雑事をこなすその腕は筋肉質でありつつも、女性的な肉を表面にしっかりと纏っていて、なんとも魅力的だった。

 むにむに。

「ふっ、ぅ」

 咲夜が声を上げ、顎を跳ね上げる。

 瞬間、その無防備な首筋にレミリアの口元が滑る。

「お、お嬢様!? それは……!」

「黙りなさい」

「で、でも」

「……」

 くっ、と牙を強く当てる。

「ぅ、ぁ」

 それだけで、咲夜は黙り込む。

 本当にギリギリの、皮膚が裂けるか裂けないかのところで牙を止めている。咲夜が少しでも動けば、喋っただけでももしかすると破けてしまうかもしれないくらいのところで。

 血を吸ってしまえば、吸われてしまえば、眷属にはならないにしろ(そうなるには精を吸うだけでなく吸血鬼側から魔を授けることが必要)これまでの主従関係とは変わってしまう気がしている。未だ咲夜が“人間でいる”ことに固執している為、レミリアもその一線を越えることは無かった。

 今回とてその気はないだろうが、吸ってしまうのか、破れてしまうのか、越えてしまうのか……その背徳感を愉しむ、吸血鬼一流の遊びなのだろう。

 咲夜の身長に足りないので、レミリアは既に、ふよふよと宙に浮いている。

 そのまま、牙を当てたまま、少し上へ。

「あ、あぁ、っ」

「咲夜、覚えておきなさい」

 耳元で、囁く。

 にちゃり、という粘っこい水音が聞こえただろうと思う。

 敏感な部分を甘噛みされ、背筋を震わせながら。普段の半分も働いていない頭で、咲夜は聞く。

「ワインに合うのは……貴方みたいに若い娘の、軽いのに鮮烈な香りの、甘い血液なのよ」

 

「こら~~~っ!!」

「!?」

「……ちっ。あら、霊夢。お帰りなさい」

 暗い境内に響き渡る怒声。咲夜は唐突な闖入者に目を白黒させるが、レミリアは気付いていたようだ。

 帰ってきたばかりの紅白の巫女が、玉砂利を蹴立てて二人に食ってかかる。

「あ、あんたら、人んちの庭で何してんのよ! ていうか、神社の境内で! ダブルでアウトよ!!」

「ツーアウトならまだチェンジじゃないし、続けましょうか」

「私的にもアウトよ! ばか!!」

「スリーアウトチェンジね。ま、良いわ。場所をチェンジってことで……咲夜、帰るわよ」

「は? あ、は、はいっ」

 主人を貶されても呆けたままだったが、なんとか帰ってこられたようだ。

 僅かに乱れたメイド服を、慌てて整える。

 こほん、と咳払いして仕切り直す。

「お邪魔いたしております、霊夢さん。今宵は良い月で、お嬢様が花見をなさりたいと仰ったので場をお借りいたしました。礼はいずれ、また」

「何が花見だか。犬の湿った“はな”が見たいなら、あの犬小屋に篭ってやってなさいよ!」

「あら、霊夢。上手いこと言うわね。犬小屋はひどいけれど」

「……っ」

 仕切りなおした割に、顔は真っ赤なままの咲夜である。

「良いから帰れ! ばーか!!」

「そんなに興奮して霊夢、もしかして欲求不満かしら?」

「――ばかっ!!」

 霊夢が符で弾幕を放つのが、紅魔館の主従の退散の合図となった。

 

 ……しばらくの後。息を切らせた霊夢が、境内へ戻ってきた。

「はぁ、はぁ、ぜぇ、ぜぇ。う~、ぐらぐらする。ぐるぐるするぅ」

 散々二人を追い掛け回したからではあるが、こうも消耗しているのは酔っているからだ。今日も白玉楼で、随分と瓶を開けたのだろう。それとも樽か。

 羨ましいことだ。

「……え?」

 何かに気づいたように、霊夢が桜へと近づいていく。

「ん~?」

 表皮に手を当て桜を見上げ、首を傾げる。どうしたのだろうか。

 横に白い洋風のテーブルセットはあるが、根元に紅い染みはあるが、桜そのものには問題はないはずだ。

 案の定、しばらく訝しげに眺めたあと、

「気のせい、よね」

 と言いながら彼女は、家に入っていった。

 

 

 

 ――時に相談をしに。

 

 桃色の吸血鬼らが、桃色の空気を醸して追い帰された次の日。太陽がまだ天高い時間。

 家の中から二人ほどが、縁側を抜けて出てきた。

「……いそうみたいなの。いかにもありそ……でも、ここでは……」

「ん~、まあねぇ。そうなると……ってことになるから……」

 何やら話しながら、桜の根元までやってくる。

 当然、片方はこの場の主でありこの神社の巫女である、博麗霊夢だ。この桜の主でもあるということになるだろう。

「で、どう思う?」

「ん~、どうかしらね」

 木の幹に手を置き、曖昧な笑みを浮かべている少女の名は、八雲紫という。

 なかなかそうは居ないのだが、博麗の巫女と対等以上の関係を築いている、かなり高位の妖怪だ。

 今回も、様子を見ていると霊夢の方から相談を持ちかけているらしい。

「ふぅん。確かに、そうね。間違いないわ」

 何かを確かめたのか、肯定してみせる。

「ったく、厄介ね。どうするのよ、紫」

「どうするも何も、私は何もしないわよ」

「なんでよ? なんとかしなさいよ、こんなに頼んでるんだから」

 頼んでいるようには見えないが。

「五月蝿いわね。っと……それで紫、じゃあ私はどうしたら良いのよ?」

「出てきたら退治するか、飼うか。まあ、切り倒すのも無くはないけれど」

 切り倒すなどと、物騒な話だ。まさか、この桜をだろうか。

「切り倒したくはないわね。神社は私のものじゃなくて神様のものだし」

「じゃあ飼えば?」

「紫が飼いなさいよ。もう二匹抱えてるんだから、三匹でも変わらないでしょ?」

「嫌よ。私は気に入ったものしか式にはしないの。特に妖獣の類が使い勝手が良くてね。今で手は足りてるし、増やそうとは思ってないわ」

「いいじゃない、そんなの。とりあえず増やしてから考えるもんでしょ」

「乱暴なこと言うわね。最後まで面倒見れないなら飼うべきじゃないって言うでしょ」

「いいから飼いなさいよ」

「だから、やっぱりそれじゃ頼んでないってば」

 全くもってその通り。

「あとは、退治するなら霊夢の方が適任でしょ?」

「でもねぇ、神社から生まれたものは神様に近しいから、あんまりね……出てくる前になんとか出来ないの?」

「切り倒すのが手っ取り早いわよ」

「切らないわ」

「それなら、呼びかけないことね。今がかなり飽和状態のはずで、何かしようとした途端に溢れるから干渉出来ない。花見のシーズンさえ終わったら、一度落ち着くはずだからそこから考えることも出来るでしょ」

 花見ということは、やはりこの桜の木の話題なのだろうか?

「……」

「……」

 二人の視線が桜に交叉する。

 応えるように、風もないのに花びらが一層舞い落ちる。幻想的な美しさ。ふっと視界を遮られた次の瞬間に、相手が居なくなっていてもおかしくないような、幻のような儚さ。

 相応しい。やはり、幻想郷に最も相応しいのは桜だと思う。

 鈴蘭でも、向日葵でも、曼珠沙華でもなく、やはり桜だ。

 切り倒すなんて以ての外だ。

「……やっぱ、切ろうかしら」

「……やめときなさいな」

 今度は霊夢が呆れたように提案し、紫が止めた。何故だ。

「ま、とにかく桜が散るまで待てば良いのね?」

「そうね。花見で人が集まるのが――力が集まるのが原因のはずだから、今年はもうここでの花見は控えてね」

「そう? じゃあ白玉楼も充分見たし、次は霖之助さんのところでも行こうかしら」

「私も今晩は行くわよ」

「そ。別に待ってないけど」

「お酒とお稲荷さん、持ってくわ」

「じゃあ待ってる」

 そんな会話を交わして、特に別れの挨拶もなく紫は気付けば何処かに消えていた。空間に裂け目を作って異空間――“隙間”に入るらしいのだが、全く理屈が分からない。

「そうね、ホントに」

 巫女が独りごちる。何に対しての同意かは分からないが、隙間妖怪との会話のどれかを反駁したのだろう。

「……」

 会話の相手が居なくなって手持ち無沙汰になったのか、なんとも言えない表情で桜を見上げ、何やら頭をポリポリ掻いている。

 頭に載っていた花びらが何枚か、美しい黒髪を滑ってはらはらと落ちる。

 幻想郷に相応しいのが桜なら、きっと、桜に相応しいのは紅白の巫女だ。全ては博麗の巫女に集結し、結集する。集約し、収斂し、終始する。

 桜が美しいのは、巫女がいるから。美しい巫女が居るからだろう。

「……ば~か」

 呟いて、のんびりと縁側に戻っていく。

 桜の季節は、この巫女はあまり境内の掃除をしない。『いくら掃いてもキリがないから』と以前言っていたが、結局はこの薄紅色の大きな絨毯を気に入っているのだろうと思う。

 たぶん、きっと、絶対、お茶を用意して縁側に座り込むのだ。欠伸をしながら桜を眺めて、夕暮れを待つのだ。

 ほら。

 

 

 

 ――とまあ、このように。

 あらゆる人々が……存在が、博麗神社には訪れる。あらゆる関係性を持って、結果も得るものもまたそれぞれ違っていて。博麗の巫女の人間性があればこそだが、この場所が既に特別であることは間違いないはずだ。

 そこに咲く桜が人を、何かを惹きつけるのには理由があり、そして理由は無い。

 人が集まったから、“人を集めるもの”に為った。

 美しいと言われたから、美しく為った。

 それだけのことなのだ。

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 そして、晩。

 中天に座した月がまんまるで、目のようで、穴のようで、蓋のようだった。

 満月。

 ぽっかりと浮かんだ月は卵みたいでお腹が減る、と言ったのは誰だったか。そう、確かサニーミルクがそう言ってスターサファイアが同意して、最後にルナチャイルドがツッコミを入れていた。

 紅白の巫女が、桜の根元に座ってぼんやりと空を見上げている。

 宣言したとおり香霖堂の裏手の桜で花見をしたようで、日が変わる頃にフラフラと、鳥居を潜らずに飛んで帰ってきた。以前それを見た魔理沙が、それは神様への礼儀にもとるんじゃないのかとからかったら、「別にいいのよ。あいつらそんなの気にしちゃいないんだから」などと言っていた。それが本当かどうかは分からないが、魔理沙は意外と、鳥居の前で降りて潜ってくることが多い。半々くらいには。

 ともかく、普段ならそのまま家に入ってすぐ寝床に就くのだが、何故か今日は徳利を二本と猪口を用意して出てきた。

 飲み足りなかったのかそれとも花見と月見は別口なのかは分からないが、桜の根っこに座り、太い幹に背を預け、何も言わずに一人酒を始めた。

「……」

 くぴり。

 小さく音を立て、また一口。

 ほう、と酒気を帯びた溜め息を吐く霊夢。悩ましい光景だ。紅白の巫女の白い肌に朱が挿して、ますます縁起が良くなっている。

 しかし思うのだが。幻想郷の面々は、なんとも楽しそうに酒を飲む。

 下戸である早苗とて、少ししか飲めない酒を心底味わっている。絡み酒が良いわけでもないだろうが、絡まれる側とて悪い気では居なかった。

 敵同士だと勘違いした彼女らも、命が掛かったような迫力はあったものの、飲み始めてしまえば対抗するようにかぱかぱと飲み干していた。弾幕戦にも通ずるような、真剣な試し合いだった。

 紅魔館の二人は……まあ、あれはあれでお愉しみだったのだろう。

 そして、今。

 おそらく、悩んでもいるのだろう。内容は分からないが昼に紫に相談していた件で。だが、酒というのは浮世の全てを洗い流す、自然の恩恵なのだ。天からの賜りものと言っても良い。

 溶けて、蕩けて、悪いことは呼気に乗って逃げていく。

 酒の力とは、そういうものだ。

「……」

 くぴり。

 手元の一献を飲み干し、手酌で注ぎ直す。

 この桜に手があったなら、そんな物寂しいことをさせずに済むだろうに、などと益体もないことを思う。そんなことは有り得ないのに。

 けれども、じゃあ、桜の力とはなんだ。

 その美しさ、儚さをもってして古来から付けられたイメージはといえば、『桜の下には死体が埋まっている』や『死出の道には桜が咲いている』という終わりを連想させるものも多い。荘厳な美しさと反しての花の寿命の短さと、何よりも散り際の美しさこそが本分とされがちだからだろうが。

 だが、一つ言わせてもらえるならば。

 生と死と、相反するものを内包する桜の前で、人は立ち返ることが出来る。

 大勢で居れば明るく騒ぎ、家族と居れば穏やかに和み、宿敵と居れば敢然と立ち向かい、恋人と居れば情動に突き動かされ、一人で居れば心と向き合う。

 桜の下で出会い、別れ、繋がり、壊れ、生まれ、死ぬ。

 桜の前では、物語が生まれる。

 それこそが、桜の力と思う。

「……カッコイイこと言うじゃない」

 くぴり。

 誰に言ったのか分からない。何を思い出したのか。

 霊夢とて何処かの自分に立ち返っているのか、最近この場所で独り言が多い気がする。

「人のこと、阿呆みたいに言わないでよ」

 阿呆みたいに、ということは今日の酒の席で、いつもの如く霖之助に講釈でも垂れられたのか。

「違うっての」

 違うのか。だとすれば、紫か。

「違うわよ」

 ふむ。ならば誰だというのだろう。

「あんたよ、あんた。ば~か」

 あんた、とは?

「あんたよ。んもう、ウチの家計はいつだって火の車なんだからね。養ったりはしないわよ?」

 ?

 ずっと木の幹に寄りかかって、ぼんやりと空を見上げながら語っていた霊夢が、ふらりと立ち上がり、向き直る。――桜の木に。

「羨ましいとか言ってたでしょ。ほれ、飲みなさい」

 言って、唐突に木の根に酒を注ぎだす。

 あぁ、昨晩のワインもなるほど、美味かったが。こちらもまた格別だ。酒の力とは単純に“美味い”と、それだけのことかもしれない。

「で、ほら。お酌してくれるんでしょ?」

 こちらに向かって、“私”に向かって、徳利を差し出す。

「え、あぁ」

 私は自然と手を伸ばす。

 ――掴み、硬い感触に驚く。

「う、うわぁ!!」

「ちょ、離さないでよ。あっぶないわねぇ」

 気付けば私は、そこに身体を持って顕れていた。触れる手と、歩む脚と、眺める目と、物語る口を携えて。

「ふん、結構可愛いじゃない」

 霊夢がそんなことを言うのを、和服姿の幼女になった私は意識の端で聞いていた。

 

 場所は変わらず博麗神社の桜の木の下で、三人ほどが集っていた。

 三人、というべきかどうかは分からない。私は私の存在に確証が持てないから。

「なんか言ってるわよ、この子」

「うん。なんか解説というか、変なこと言うのよね」

 もちろん、霊夢と私。それに緊急事態ということで、博麗大結界を緩めて紫を呼び出しての三人だった。着いて早々の紫の言葉は「だからそれは止めなさいって言って……あら、この子は?」だった。

 霊夢は叱られずに済んだらしい。

「……それは後でちゃんと説教よ」

「うわ、藪ヘビ」

 霊夢が責めるような目で私を見る。申し訳なく思う。

「ともかく貴方、こっちを向きなさい」

「あぁ、失敬。と、私は二人に向き直る」

「なんか古臭い物言いをする子ね」

「おそらくは、この世界の物語がどちらかといえば古臭く描かれがちということだろうな」

「何言ってんの、あんた?」

「待ちなさい、霊夢。物語と言ったわね」

「うむ。桜から生まれた私は、物語を紡ぐ役目を負っているらしい」

「ふぅん、なるほどね。分かったわ」

「私は分かんないけど」

「そうだな……と私は顎に手を当てる。そう、言うなら“語り部になる程度の能力”ということか」

「分かんないわよ。ていうか、その解説みたいのはなんなの?」

「まぁ、補足みたいなものだ。会話だけでは分からない描写をする為のな」

「小説で言う、地の文ってことよ」

「と、紫が説明をする。すると霊夢は」

「小説なんて読まないから分からないわ。……ていうか、会話を誘導されてるみたいで気持ち悪いわね」

「と言った。むう、気持ち悪いと言われては控えざるを得ないか。私の本分だと思うのだが」

 と私は残念そうに呟き、ここからは心の中でのみ描写することにした。

 満足そうに頷いて、霊夢が改めて聞いてくる。

「それであんた、名前は?」

「……無い、と思う」

 自分の能力はなんとなく思い当たるが、名前に関しては記憶に触れるものがない。名前というのは周りが分別するためのものだ。それで言えば私は“桜だった”のだが、今となっては種としての桜から逸脱してしまっている。

 新たな呼称が必要だ。

「ま、そりゃそうね。生まれたてだから。霊夢、名付けてあげなさいよ」

「嫌よ」

「なんでよ。神社で生まれたんだから、貴方の子供……とは言わなくても、兄弟も同然じゃない」

「嫌。だって名前付けたら面倒見なきゃいけなくなりそうだもの」

 なんとはなしに、傷つく。確かに霊夢のことを一番近しく思えるから。だから。

 私は、おずおずと言い出してみる。

「私としても、霊夢に名付けて欲しいのだが」

「え? な、なんでよ?」

 私に慕われる覚えが無いのか、困惑する巫女。

 だが、私にしてみれば当然のことだ。私を見つけてくれた人。私の紡ぐ物語の、主人公なのだから。

「お願いだ」

「う……し、仕方ないわね」

 目を逸らし、頬を掻く。嫌がられてはいない、と思う。

「はぁ。名前ねぇ。そもそも、何が出来るの? 語り部になるってどういうこと?」

「ふむ。そうだな、まずはこちらから――」

 言って、私は両手を左右に大きく広げ、そこから勢いよく中央へ。

 ぱひり。

 ……勢いよく、とは行かなかったようだが、まあ構わない。ここが神社であることに倣って言えば『柏手』を打ったわけだが、そもそも能力を使うのに特定の動作が必要なわけでもなく、なんとなく見栄えを気にしただけだ。

「ん、で、何が起きたの?」

「いや、こちらは多分少し時間が要るのでな。もう一つの方もお教えしておこう。そうだな……」

 私は頭に指を当て、少し考える振りをする。これも見栄えの問題だ。人の姿を取って顕現した以上は、大事なことだと思う。

 そういえばこの幼女の姿は、生まれたてだし仕方ないかもしれないが、語り部としての貫禄がなくて不安になる。あとは、能力で信用を勝ち取るしかないわけだ。

「うん。紫さん、貴方の昨日の夕食はきつねうどんだ」

「は?」

「そうなの?」

「そう。というか、夕食はいつもきつねうどんか猫まんまじゃないか。式に甘すぎないか?」

「な、私の勝手でしょ! 別にワガママ言うのを悪く思ってたりしないし!!」

 いつも沈着冷静な彼女に焦りが見える。少し愉快だ。

「他にも、普段の寝姿を描写してみせることも可能だが。そうだな――霊夢、パジャマというのを知っているか?」

「何それ?」

 分からないらしい。分からないらしいが、彼女は知っているのだ。

 彼女が知っていることを、私は識っている。

「異国の寝巻きのことだ。紅魔館の面々や魔理沙やアリスなども日用しているし、確か霊夢も見ているな。魔理沙の家に泊まりに行ったことがあったろう?」

「え、あるけど。なんでそれを……?」

「紫さんの場合、家に誰かが訪ねてくることもないからって油断しすぎだな。寝相が悪いせいで――というか、無茶苦茶な寝相だな、パジャマの裾が捲れ上がって朝には八割がた片乳が出ているようだ。それどころか、残り二割は」

「ちょっと、やめなさい!!」

「ふむ、やめよう」

 素直に言葉を止め、矛先を変える。

「霊夢の場合は、魔理沙の家に泊まりに行ったとき、誘われて渋りつつも一緒に風呂に」

「わー! わー! わー!!」

「貴方、そんなことしてたの……?」

「ち、ちがっ」

「このくらいにしておこうか。分かっていただけたと思うが、物語る為に必要な情報はいつでも入手出来るのだ」

 私は、淡々と言う。もしかすると、少しは自慢げだったかもしれないが。

 つい先ほどまで何も出来なかったことを思えば、物語っても誰にも届かなかったときを思えば、反応が帰ってくることのなんと嬉しいことか。つい、やりすぎてしまったように思う。

「何よそれ、かなり破格じゃないの。どんな情報でもってこと……?」

 驚いた顔の霊夢。

 有難いことだ。リアクションの大きい聴衆は、語り甲斐がある。

 ここで、もう一つ驚いてもらおうか。

「来た」

「え、来たって、何が」

 私が指す方を二人も眺める。

 空の彼方。小さな星たちが瞬く夜空。白と黒の向こうから。

 ――そこに現れるのも、やはり、白と黒だった。

「……ェェイジィーーーングッッスタァァァアアアーーーーー!!!」

「!!」

 星の一粒と思えたものが、凄まじい勢いであっというまに大きくなる。目を開いているのが困難なほどの、真白な閃光。気迫の乗った掛け声は、もはや幻想郷の名物と呼んでも良いほどだ。

 急ブレーキを掛けつつ、霧雨魔理沙が神社へと降り立った。――今日は、鳥居は潜らずに。

「よお、霊夢! なんだ、どうした!? 飲み足りなかったのか!!」

「な、何よ。なんだもどうしたもこっちの台詞でしょ? なんで来たの?」

「ん、宴会があるんじゃないのか? 虫の知らせがあったぜ。でも、リグルのじゃ無かったな」

「はぁ!?」

 うむ。ちゃんと驚いたようだ。満足。

「――私の、もう一つの能力だ」

「おや、新顔じゃないか。魔理沙だぜ、よろしく。お嬢ちゃんの名前は?」

「うむ、まだ無いのだ。自己紹介出来なくてすまない」

 ぺこりと頭を下げてみせる。彼女も主人公の器だ。いつか世話になることもあろう。

「ちょっと魔理沙、とりあえず黙っててよ。能力って?」

「語り部になるためには聴衆が必要だからな。いつでも人を集められる。理由はその時々で変えられるし、規模も範囲も決められるが、対象は選べなさそうだ」

 それを聞いて紫が、

「あら、ホントに宴会を開くのに便利そうね」

 などと評価する。そうだろうとも。

「黙っててって言い方は無いだろ、私も混ぜろよ。ていうか、宴会は無いのか?」

「無いわよ! 散々飲んだでしょうが。でもそれって、ある程度人を操れるってことじゃないの。危なくない?」

「そうねぇ、あんまり広まったら利用しようとする妖怪が出てもおかしくないわね。秘密にしたほうが良いかも」

「そう言うあんたが利用しそうなのよね」

 なるほど、そんな考え方もあるのか。

 迷惑を掛けたいわけでもないが私の場合、物語の種になるならばと思わないでもないので、先手で釘を刺された形だ。八雲紫、流石の慧眼である。

「秘密にするのは構わないが、私の存在意義でもあるから人は集めたいぞ」

「じゃあ、それこそ“宴会を開く程度の能力”って言っておけば良いのかしらね」

「なぁ、宴会はないのか? 他の連中も集まってきてるぜ」

「えっと、名前もそれに絡めて……え?」

 魔理沙の言葉に、鳥居の方を振り向けば。

 早苗が、神奈子が、諏訪子が、空飛ぶ御柱から着地したところだった。

 輝夜が、鈴仙が、てゐが、永琳が、ちょうど石段を登りきっていた。

 レミリアが、パチュリーが、小悪魔にぶら下げられて咲夜が、闇夜を滑るように降り立った。

 他にも、人間、妖怪、吸血鬼、神霊、死神、亡霊、妖精、鬼、妖獣、魔法使い。ありとあらゆる存在が神社に集っていた。夜中だというのに。

「霊夢さん、魔理沙さん、紫さん。お招きいただき恐縮です!」

「こんな時間にどうしたのよ、霊夢。寝るのを邪魔したんだから、当然一晩中飲ませてくれるのよね?」

「ふふふ、霊夢もついに我々吸血鬼と同じく夜行性になったみたいね。妖怪じみてると思っていたから、納得だわ」

 更に、紫の式まで駆けつけている。

「紫様! 唐突に出て行って帰ってこないと思ったらなんですか! 急いで残りの材料でお稲荷さん作るの、大変だったんですよ!」

 と、大きな風呂敷づつみを持ち上げる。ふわりと甘すぎるくらいの匂いが漂う。

「ちょ、ちょっとあんた、どうするのよコレ」

 困惑した霊夢が、私に尋ねる。しかし、私に尋ねられてもなんとも答えようがない。何故ならば。

「私の能力はここまでだ。集めるだけだからな。本来は集めた人に物語るはずだが」

「な、なんてことしてくれんのよ! どうしようも無いじゃない!」

「ふむ、申し訳ない」

 話の流れではあったが、能力の披露は朝になってからでもよかったかもしれない。

 申し訳なさそうに――いや、表情に出せている自信は無いが、謝罪する私を魔理沙と紫が庇ってくれる。

「いや、普通に宴会開けよ。その子の歓迎会で良いと思うんだぜ」

「まあ、そうね。角が立たなくて良いんじゃないかしら」

「なんでよ。寝られないじゃない!」

「寝る気なのか。主催者なのに」

「主催者じゃないっての。ったく……」

 諦めたように霊夢が、ざわつく境内に一歩踏み出す。と、思い出したように取って返し、私の手を引く。

 どうなるのかと様子を伺う視線をすり抜けながら、最も目立つ場所を探して歩き、結局は拝殿の賽銭箱の前に立つ。そして、集まった数十人に向かって声を張る。

「聞きなさい! あんた達!!」

 一瞬にして注目が集まる。だが、巫女は物怖じしない。堂々と胸を張り、即興とは思えない言い訳を並べ立てる。

「あ~、急に呼んでごめんね、みんな。なんで呼んだかっていえば、この子の歓迎会。この子はそこの……ウチの桜の木から生まれたんだけど、まあ花見で集まった全員の妖気だの法力だの魔力だのの影響で生まれたんだと思うわ。だから、みんなの子供みたいなもんよね。面倒見なさいよ。あ、でも同時にウチの神社のものでもあるし、虐めたら夢想天生食らわすから。この子の能力は、それぞれが実感したとおり“宴会を開く程度の能力”。桜から生まれたからってことで、今回はそのお披露目も兼ねて夜中に呼び出したわ。で、この子の名前なんだけど――」

 そこで私の方を振り返り、しばし黙り込む。まさか、まだ考えていなかったのか。いくらなんでも無策過ぎるだろうと思う。

 が、そこは幾多の異変を解決してきた博麗の巫女、この程度はピンチでは無いようですぐに皆に向き直る。

「この子の名前は、咲樂さくら うたげよ。よろしくしてやって。それじゃ、あとは好き勝手やりなさい!!」

「――霊夢、酒は!?」

「あんたはいつもの瓢箪があるでしょ。他の連中は……あ~、急だし用意して無いか。仕方ない、今回だけは提供してあげるわ。中から勝手に出しなさい!」

「おっしゃ! 気前良いなー!」

「ちょ、あんたは駄目って……んもう!!」

 霊夢の許可を得て、わらわらと幾人かが率先して家に這入っていく。主に大酒飲みの連中で、伊吹萃香や星熊勇儀も居る。彼女らに掛かれば巫女の秘蔵の酒など全て飲み干されてしまうだろう、申し訳ない気持ちになる。

 それに、

「あの、霊夢。名前……」

「あぁ、勝手に決めちゃったわよ。もう紹介したし、文句は聞かないわよ」

 振り返らずに言う霊夢。今、どんな顔をしているんだろうか。

「いや、気に入った」

「そ? 良かった。樂の字が桜に見えるでしょ」

「嬉しい」

「……ふん」

 めいめいに車座になって飲み始めた面々をすり抜けて、元居た場所に戻ってくる。

 迎える二人。

「よう、名演説だったな」

「五月蝿いわね」

「褒めてるんだぜ」

「霊夢にしては良い名前を付けたわね」

「馬鹿にしてんの?」

「褒めてるのに」

 魔理沙と紫が、それぞれに声を掛けてくる。

 一見不機嫌そうに見える巫女だが、付き合いの長い二人には照れているだけだと分かっているようで、からかうような調子ではやし立てる。

 私はそれを、少し遠巻きに眺めている。

 桜吹雪の下、楽しげな三人を無表情に眺める。私の本分は、本当は物語ることなどではなく、きっとただ眺めることなんじゃないか。触れることも、語ることもせず。ただ、人の傍に在るのが自然だった。

 桜の下で人は、大勢で居れば明るく騒ぎ。家族と居れば穏やかに和み。宿敵と居れば敢然と立ち向かい。恋人と居れば情動に突き動かされ。一人で居れば心と向き合う。

 人の傍で桜は、ただ在るのみ。

 触れ得ない世界を、私は願ったのだろうか。喜怒哀楽に満ち満ちた世界を。幻想のように美しい世界を。

 三人の頭上に桜が咲いている。それだけで良い。それだけで良かった。

 と、私が立ち止まっていることに霊夢が気付き、声を掛けてくる。

「何をニヤニヤ笑ってんのよ、気持ち悪い。さっさとこっちに来なさい。飲むわよ!」

 気持ち悪いとは心外だ。

 ――しかし、私は笑っていたらしい。

 笑っている人々の傍に在るだけで良かった。

 けれども今、それ以上が有る。そこに混じって笑うことが出来る。この感情を、どう描写すれば良いのか分からない。だが、分からないなりに言うならば、それは。

「胡蝶の夢を見た人間のように。人を夢見た桜の、それは“幻想郷”だった……といったところか」

 呟き、私は歩き出す。人の輪の中へ。

「やっと来たわね! さ、飲みなさい!」

「すまない」

「あ、それでね。もうウチに住むのは良いんだけど……」

「む、構わないのか?」

「良いわよ、もう。でも最初に言ったとおり、いつでも家計は火の車だから。必要なものは自分で調達しなさいよ」

「とか言いながら、結局お前は身内に甘いんだよな」

「魔理沙、五月蝿い」

「あぁ、大丈夫だ。元は桜だから、食事が必要なわけじゃない。時々お酒が飲めれば有難いが」

「それは自分で宴会開けば良いでしょ」

「む、そうか。毎日でも良いのか?」

「時々って言ったじゃない。毎日飲む連中も居るっちゃ居るけど、それ以外の人の体力と財力を考えなさい」

「難しいな……」

「なぁなぁ、ところでさぁ」

「何よ」

「そいつ――宴か。宴って阿求とキャラ被ってるよな」

「!?」

「あら、私もそう思ってたわ~」

「何よ、そんなこと言わなくたって別に……あら、ホントね」

「な? 和服の幼女で知恵者でさ」

「そ、それはいけない! キャラ被りは物語る上で非常に良くない!! そいつは、どこに!?」

「まあ、幼女だからな。流石に今日は来てないだろ。素直で良い子だぜ」

「素直で良い子……ふ、ふはは、ふははははは」

「何よ、宴。急に笑い出して気味が悪いじゃない」

「言わないであげなさいよ、霊夢。なんとか“素直で良い子じゃないキャラ”になろうとしてるんだから」

「あ~」

「ち、違う! そんなんじゃない!!」

「良いって良いって、分かってるって」

「ま、魔理沙さん!」

「あら、ねえ宴ちゃん。魔理沙もさん付けなのね。なんで霊夢は呼び捨てなのかしら?」

「あ、いや、まあ霊夢はずっと見てきたから、家族みたいな感覚なんだ」

「ば、ばか! なに恥ずかしいこと言ってんのよ!!」

「すまない、勝手に思ってるだけなんだが」

「はっはっは。宴、霊夢は照れてるだけなんだぜ。素直じゃないんだ。それに比べて、お前は素直だなぁ」

「!? ちょっと、魔理沙!!」

「!? 素直だと!!」

 そんなやり取りをしながら私の中で、語り部としての部分以外で、色々なものが芽生えていくのが分かる。言葉で表現するだけじゃなく感覚として、感情として。

 皆で酒を飲む楽しさや、酒を飲みながら見上げる満月の美しさや、月に照らされた桜の朧な侘しさや、桜の下に皆が集まる喜ばしさ。

 あと、敵愾心とか対抗心とか。

 そんな様々な感情が渾然一体となってこの身に溶けていくのが分かる。

 誰でもなかった語り部が、“私”になりそして“咲樂 宴”になっていく。

 そして、咲樂宴は思うのだ。

 素直じゃなくて悪い子になる為に、とりあえず異変でも企ててやろうかと。

「ふ、ふはは、ふっはっはっはっはっは……」

 

 ――そこには、きっと、物語が生まれるから。

『人に夢、咲く樂宴らくえん

『咲樂 宴に、儚く』

……このアナグラムはまぁ、意味ないですけど。



初の東方SSです。ついに東方に手を出してしまった……。

お初ということで全体的にオーソドックスな物語のつもりで書きました。ホントかな。

書くために公式資料、公式小説は揃えましたが。まだまだ広い幻想郷、見れていないものが沢山ありますので、キャラクターのイメージや口調など違和感がある点があればご指摘くださいまし。



紅魔館、守矢神社、永遠亭……あれ、白玉楼の二人が名前くらいしか出てないよ。ってことで、次はあの二人メインです。むしろ名前すら出てない方が主人公です。


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細かく修正。

いつかまた読んでいただけた方の為に。

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[一言] 初めまして。ピースブリッジと申します。貴殿の作品を読了させて頂いたので、感想を少々残したいと思います。 まずは言い回しや文章力についてですが、かなり高い文章力をお持ちのようですね。ついつい…
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