第九話 『推測』
「おかしいって?」
当然の康の質問に、筧はこう答える。
「普通、AIは質問に答えられない時『答えられません』とは言わない。適当に『分からない』とか『知らない』とか答える筈だ」
その返答に、今度は深鈴が疑問を投げ掛けた。
「それってどうしてですか?」
「元々、AIは疑似とは言え、人間として造られてるんだ。だから会話も、必然的に人間同士のものに見立てられる。だから余り、日常会話……って言うより友人同士での会話かな? そこで使わないような言葉は使われない。答えられないって返答は、普通使わないだろう?」
康と深鈴は、二人して顔を見合わせ、なるほどと頷く。普通の所謂『お喋り』では、そんな形式的な言葉は使わない。確かに不自然だ。筧は二人が納得したのを見て、話を続けた。
「なら、何でそんな答え方をしたのか。最初は会話のプログラムがバグったのかとも思ったんだ。だけどNRWでは普通に話してたから、それもおかしいと思ってね。
それに、それまでウィルが『答えられない』って返してきたのは、今回の騒動に関わる事ばかりだ。もし、それに関わりない質問で答え辛い物に対しては、どう答えるのか。同じなら、結局は只のバグだろう。
だけど、もし違っていたなら……そう思って、最後の質問をしたんだ。咄嗟だったから、あんな事聞いちゃったけどね」
そこまで言って、筧の言葉が止まる。表情を見ると、この後の言葉を言っていいものかどうか、迷っている様だった。
「それで、一つ、憶測なんだけど……」
しかし、ここまで言ってしまっては同じと思ったのか、筧はようやく口を開く。
「ウィルはAIレベルではなく人間同様の思考が出来て、わざとその言葉を使う事によって俺達に何か伝えようとしたんじゃないかな、と」
その仮定に二人は最初、黙ったままだった。深鈴は今一筧の言った事がぴんと来ていない所為、康は筧の言った事が余りに突拍子も無い、悪く言えば馬鹿馬鹿しい話だった所為で。
「あの……それって誰か人がウィルの……えぇと、AIの振りをして会話をしてたって事ですか?」
深鈴は良く分からないなりにも考え、筧に質問をぶつけた。だが、筧は静かに首を振る。
「いや、さっきのプログラムはオフライン、つまりインターネットに繋がってない状態だったんだ。外部から何かしらのアクションを仕掛けるってのは難しい。それに今日、行き成りこんなプログラムで会話しようとするってのは、予測出来ない事だろうし。生の人間がそれに対応するってのは厳しいと思うよ」
「じゃ、じゃあ、NRWのAIの思考レベルが、人間の思考レベルに達したって事?!」
困惑しながらも、康も自分の意見を述べる。それに対しては、筧はちょっとだけ悩む様な素振りを見せた。
「その可能性もあるんだけど……それなら何故、他のは違うんだ? そこが疑問でさ」
「えぇーと、まだ試験的なもので、秘密で使ってる、とか」
「それだと、何で『ウンディーネ』なんて不人気なスキンにするんだよ。データ取れないじゃん」
筧の言葉に、康はそうだよなぁ、と呟いた。正直、深鈴の選んだスキンは余り使われてない物だった。基本的に弱い種類であり、メリットも少ない。康自身、最初に深鈴を止めた程だったのだ。
「えっと、私、良く分からないんだけど……筧さんが言ってるのって、ウィルだけ人間みたいに考える事が出来て、しかも何か大事な事を私達に教えようとしてるって事?」
何気無く言われた深鈴の台詞に、筧も康も言葉を止めた。その台詞は余りに非現実的だったからだ。けれども、そもそも事の発端がNRWの生物が現実で現れる等と言う『非現実的』だった事柄だったのだ。深鈴の台詞は逆に『現実的』で、その場に重く圧し掛かっていた。