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第八話 『対話』

 状況の整理と言う事で、三人は順を追って起こった出来事を話し始めた。

「最初、俺達がログインしてD―20エリアの回復ポイントに入っただろ。ここまでは問題無し、でいいよな?」

 丁寧に紙に書き出しながら、筧はそう言った。聞いていた二人は、うんうんと頷く。

「で、無人区域なのにコロボックルが現れる」

 言いながら、筧は持っていたペンを走らせた。紙に『コロボックル出現(無人区域)』という文字が増える。

「それから『天使』が現れて、コロボックルの引き渡し要請。で、拒否して深鈴ちゃんがログアウト。それに続いて俺と康がログアウト。その後、現実世界でコロボックルが現れる、と」

 『ログアウト』の言葉に、深鈴の肩がピクンと震えた。まだ少し、気にしているらしい。それを見て、筧は軽く苦笑した。

「ま、深鈴ちゃんのログアウトは妥当だったかもね。あのままだと、攻撃されてた可能性もあるし」

 瞬間、康も深鈴も驚いた顔をする。

「それホント……?」

「あぁ、前に警告無視してスキンぶっ壊されたヤツ知ってるし」

 康の問掛けに、筧は事も無げに応えた。

「ま、それはさて置き。一連の流れはこんなもんか」

 筧は視線を紙に移すと、難しい顔をしながら幾つかの箇所に『?』マークと文字を付け足す。

「ここで疑問点がこれだけ。何故、無人区域にコロボックルが現れたか。それが、どうしてすぐに管理者サイドに分かったのか。それから、どうして深鈴ちゃんがログアウト出来たのか。更に、どうしてコロボックルが現実世界に実体で現れたか。他にはあるか?」

 筧の言葉に応えたのは、康だった。

「筧さん、コロボックルが管理者に見つかったのって普通の事じゃないの?」

 サーバーの管理者にバグが発見されるというのは、康に取って至極普通の事に思えた。だが、それに対し筧は首を振って否定を示す。

「バグが管理者に簡単に分かれば、βテストやバグの報告義務なんて無くていいだろ?」

 βテストとは、ネットゲームなどで不具合の確認やバランス調整の為に、一部の一般人をテスターとしたテストプレイの事である。確か、NRWでもβテストがあったと言う話を、康は思い出した。更にβテストに限らず、現在のNRWでは何らかのバグがあれば報告の義務がある。ならば筧が言った事も尤もだな、と納得した。納得した所で、康はもう一つの疑問を口にする。

「後、なんで深鈴がログアウト出来たのかってのは?」

 手順さえ踏めば、ログアウトはそう難しい事ではない。なのに筧がそこに疑問符を付けたのが、気になった。

「あぁ、ログアウトする時はNRWの物って持てない筈なんだ。花とかでも手にしてると、『バグが発生する恐れがあります。ログアウトを中止します』ってアナウンスが入って」

 筧の台詞に、深鈴はアレ?、と首を傾げる。

「そんなの聞こえなかったよ。むしろ、私ウィルに言われてログアウトしたし」

 不思議そうに言った深鈴に、筧はぴくりと反応した。

「AIに……?」

 険しいと言っていい表情に、深鈴も康も少し困惑する。

「深鈴ちゃん、スキンのデータ、貸してもらえるかな?」

 筧の迫力に押されるように、深鈴は慌てて携帯電話の中からメモリースティックを取り出した。スキンのデータは、この中に入っている。

「ありがと」

 筧は軽く礼を言うと、それをメインとおぼしきパソコンに入れ、何かプログラムを立ち上げた。深鈴が後ろから覗いてみると、画面には上半分にウンディーネのCGが下半分に黒いウインドウが表示されている。

「筧さん、それ何ですか?」

 不思議そうに深鈴が訊くと、筧はこれはAIと文字で会話出来るプログラムだと説明してくれた。その説明が今一ピンと来ないのか深鈴は分かったような分からないような顔をしていたが、筧はそのままキーボードを叩き始める。それに応じて、画面の下半分の黒いウインドウに文字が次々表示されていった。

『深鈴ちゃんにログアウトの指示を出したのは本当?』

『はい、本当です』

『それは何故?』

『マスターが混乱していた為、一番妥当と思われるアシストをしました』

 筧とウィルとの会話が交互に繰り返され、画面に表示されていく。しかも、まるで本当に会話がなされているかのようなスピードで。深鈴は勿論、ある程度パソコンに慣れている康も、その文字を追うのに必死になっていた。

『結果としてNRWの物質が現実に現れる事は予測出来た?』

 今まで滑る様に進んでいた会話が、何故か急に止まった。まるで、ウィルがその質問に対する答を考えあぐねているようだ。

『お答え出来ません』

 漸く返ってきた答に、筧の眉間に皺が刻まれた。考え込むように、少しの間視線を上に上げると、軽く息を吐いてまたキーボードを叩く。

『無人区域にNPCが現れる事は有り得るか?』

 また少しの間。しかし今度は先程よりは早く、返答が返ってくる。

『お答え出来ません』

 示された回答は、同じものだった。またしても筧は、考え込む。そして次に打ち込まれた質問は、それまでのものとはかなり色が異なっていた。

『君は深鈴ちゃんの事、好き?』

 その質問に、深鈴は少なからず驚いた。

「筧さん、何でそんな事……」

 慌てて抗議じみた事を言ったが、既に文字は打ち込まれた後だ。今更、取り消しは効かない。何故だか深鈴は、ドキドキしながらウィルの返事を待った。

『よく、分かりません。ただ……ただ、深鈴は私の事を友達だと言ってくれました。そんな風に言われたのは、初めてで……だから、多分、多分……』

 それ以上の言葉は、幾ら待っても画面に現れなかった。それを確認すると、筧は改めて文字を打ち込んだ。

『分かったよ。ありがとう。困らせて悪かったね。じゃ、またな』

『いいえ、構いません。では、また』

 会話が終わると、筧はプログラムを終了させた。タイピングの音も聞こえなくなると、急に部屋が静かになった気がする。しんとした空気の中、最初に響いたのは疲れを帯た感の筧の溜め息だった。それが合図のように、深鈴が口を開く。

「もー筧さん! 変な質問しないで下さいよぅ」

 ぷーと頬を膨らませる深鈴を見て、筧は目を点にした。しかし、次の瞬間には、くすくすと笑い始める。

「何で笑うんですか! 怒ってるんですよ、私!!」

「ごめん、ごめん。あんま、深鈴ちゃんが……」

 そこで筧は一旦言葉を止めた。その表情は何か懐かしいものを見るようで、なのに酷く哀しげに見える。それを間近に見てしまった深鈴は、一瞬にして怒りが消え去ってしまった。そんな深鈴の表情を読み取ったのか、筧は何でも無いと言う風に微かに笑うと、深鈴の頭をくしゃくしゃに撫でる。

「……深鈴ちゃんは可愛いーね」

 予想だにしない言葉に、深鈴は一瞬にして赤くなる。それを見て、筧はまたくすくすと笑った。

「か、筧さんっ! 何でそんな質問したんですか?」

 康独りを置き去りにして良い雰囲気になり掛けていた二人に慌て、康は大声で話題を変えた。その声に今の状況を思い出し、筧は表情をきつくする。

「深鈴ちゃんのスキンのAI、少し変わってるんだ」

 筧は取り出したメモリスティックを二人の前に差し出しながら、そう言った。

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