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第七話 『混乱』

 二十分程して着いた場所は、かなり大きなマンションだった。見た感じ、最新とは言えないものの、それなりの設備を備えている。三人は地下の駐車場から直接続くエレベータに乗り込み、筧の部屋へと向かった。

「片付けてないけど、驚くなよ」

 そう言いながら筧は部屋のドアを開けた。台詞と一人暮らしとのイメージから余程散らかっているのかと思ったが、康と深鈴の目に入った光景は想像したのとはまた違った物だった。

「何か、人が住んでる部屋って感じしないね……」

 率直な感想を康が述べる。確かにそこは、人が生活しているとは想像し難い部屋だった。パソコンのモニターが5台、それに繋がる何だか良く分からない機器が十数台、更にNRWのドームで見た端末に似た形状の機器まである。しかも、どれも電源が入ったまま、勝手気ままに光を放っている。生活の痕跡があるのは、いかにも付け足した様に置いてあるベッドと小さなガラスのテーブル位だ。キッチンに残っている洗い物が無ければ、到底人が暮らしているとは思わなかっただろう。

「これさ、ネット販売限定のスキンアクセス端末だよね?」

「あ、うん。どうせだから、買った」

 事も無げに筧は言ったが、康の記憶が正しければ金額は0が五つ程付いていた気がする。社会人なら買えなくもないだろうが、安い買い物ではない事は確かだ。だが、筧は大学生の筈。このマンションといい、この部屋の機器といい、どれも学生には分不相応だ。

――筧さんって、お金持ちなんだなぁ……

 康がぼんやりとそんな事を思っている間に、筧はコロボックルを自分のベッドに寝かせ、二人に飲み物まで用意してくれていた。冷たい麦茶を口にした所で、漸く三人は一息付いた。

「さて、と。どうするかな……」

 場所を変えようが一息つこうが、実際には問題は解決していない。筧は溜め息混じりにそう言うと、眉間に皺を寄せて胸ポケットから煙草を取り出した。火を付けて一息煙を吐き出してから、しまったと言うような表情になる。

「悪ぃ……」

「あ、別にいいですよ」

 慌てて煙草を消そうとした筧に、康は言った。だが筧は、未成年の前では吸わない事にしてるから、と殆んど吸っていない煙草を灰皿に押し付ける。案外、真面目なんだな、と又しても康はぼんやりと思った。殆んど逃避行動である。

「わ、私が、悪かったのかなぁ……」

 今までずっと黙っていた深鈴が不意に口を開いた。消え入りそうな声でそう漏らした後、突然深鈴の瞳から涙が溢れる。今まで張っていた緊張の糸がぶつりと切れたのだろうが、流石に男二人は驚いた。

「いや、深鈴のせいじゃないって!」

「でも……」

「康の言う通りだよ。只の事故なんだし」

 尚も自分を責めようとする深鈴に、筧も康を援護する。それでも泣きやまない深鈴にあたふたとしていた康だったが、急に何か思い付いたのかそうだ、と叫んだ。

「一先ずはあのコロボックル、帰せばいいんだよ。だったら、さっきとは逆にあの子と一緒にログインすれば」

 解決策の一端を見出し、康は目を輝かせた。深鈴もそこに希望を見つけた為か、やっと泣き止んだ。只一人、筧だけが渋い顔をしている。

「ね、筧さん。今から戻って試してみようよ!」

 興奮気味に言う康に、筧は軽く首を横に振った。

「方法は良いと思うけど、今直ぐは無理だ」

 筧の台詞に、二人は何故と視線で問い掛ける。

「管理者側の警告、三回無視したろ。ペナルティーで一週間アクセス禁止だ」

 その瞬間、康は凍り付き、深鈴は再び泣きそうになった。

「そそ、そんなのアリ?!」

 解凍された康がそう叫ぶと、筧は冷酷とも取れる態度で応える。

「……あり、だろう。規約に書いてあったしな」

「あんな大量の規約、誰が読むんだよ! 反則、反則ーっ」

 康が言っているのは、厚さ一センチ程のA4版の本の事だった。NRWで遊ぶ際には、この規約を全て読んで同意したものと見なされる。だが実際に読破する人間は極、稀だった。

「最初に『同意しますか』にイエスと答えた時点で、反則もくそも無いだろ。俺は全部読んでるしなぁ。一応、あの時確認してみたけど、アクセスは出来ないようになってたな」

「そんなぁ……」

 がっくりと肩を落とす康。そして、やはり涙目になってしまった深鈴。そんな二人を見て、筧は少しだけ眉間に皺を寄せたが、何か吹っ切れたようにふっと短く息を吐いた。

「まぁ、逆にそれだけ時間があるって事でもあるかもな。この間に色々と、原因やら何やら調べられる訳だし」

 どうやら人間は余りに取り乱した人物が目の前に(しかも二人も)居ると、逆に冷静になるものらしい、と筧は悟った。俗に、開き直りとも言われるが。

「アクセス禁止っても、一生じゃないんだ。だから、先ずは状況を整理しよう」

 筧が腹を据えた所為か、康も深鈴も何とか普段の位置まで精神を引き戻す事が出来た。そこで漸く、三人は本当に一息付けたのだった。

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