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第五話 『天使』

 数秒後、最初に口を開いたのは深鈴だった。

「きゃーっ、いやー! カワイイー!!」

 きらきらと目を輝かせ、もの凄い勢いでコロボックルに近付いていく。そこで漸く他者の存在に気づいたコロボックルは、当たり前だが慌てふためいてその場を去ろうとした。

「あ、待ってっ! 逃げないでーっ」

 深鈴は逃げようとするコロボックルに、大声でそう叫んだ。その声に驚いたのか、慌て過ぎていたのか、コロボックルはつまづいて勢い良く倒れ込む。それを見た深鈴が、またまた大声を上げた。

「きゃーっ、ごめんなさいー! 大丈夫?! 怪我しなかった?」

 深鈴はコロボックルへと駆け寄ると、転んで突っ伏したままの彼を抱き起こした。顔面から地面へと突っ込んだらしく、顔中擦り傷だらけになっている。

「あぁー、血が出てるっ。ハンカチ、ハンカチ!」

 ハンカチなどある筈も無く、おろおろとするままの深鈴を見て、残り二人はやっと我に返って口を開く事が出来た。

「筧さーん、あれって……スキン?」

「いや、違う。コロボックルは有人区域に居るNPC(ノンプレイヤーキャラクター)で、ここには出現しないはず、なんだけど……」

 NPCとは今現在の康や深鈴とは違い、AIが動かすキャラクターの事だ。因みにNRWではNPCは特定の区域にしか居らず、そして現在地はNPCの居ない無人区域と呼ばれる場所だった。

「て事は、アレってバグ?」

 康は驚きに目を丸くしながら、問題のコロボックルを指差す。何かしらのプログラムの不具合などで、希にバグが発生すると聞いた事はあったが、実際に目にするのは初めてなのだ。

「多分、な」

 筧はやれやれとそう言ってと、のそのそ深鈴へと近付いていく。

「深鈴ちゃーん、ハンカチ探すより、回復してあげた方が良いかもよ?」

 まだおろおろとしている深鈴を見兼ねて、筧はそう薦めてみた。確か、NPCにも回復魔法が使えた筈だ。

「あ、そっか!」

 言われ、はたと気付いた深鈴は、先程康にしたのと同じ様に回復魔法をコロボックルにかけてみた。やはり同じ様に、顔面の傷が消えていく。最初、何をされるのかびくびくしていたコロボックルも、自分の傷が消えた事に驚いている様だった。

「あ、治った……良かったー。ごめんね、もう痛くない?」

 そう言って微笑み掛けるものの、コロボックルはきゅっと唇を固く結んだまま喋らない。どうしたものかと深鈴は、助けを求めるように筧を見た。

「ま、後で……!!」

 言い掛けた筧の言葉を遮って、ブザーの様な警報音が響いた。びくりとして深鈴が顔を上げると、空中に何かが浮いている。薄布を身に纏った女性の姿をしており、背中には純白の三対の羽が生えていた。天使、そう言って差し支えないだろう。驚きに目を見開く深鈴の横で、筧が小さく舌打ちするのが聞こえた。

「アレって、ハーピーじゃないよね……」

 ハーピーは上半身が女性で下半身が鳥、腕の代わりに羽が生えている姿の神話の中の生き物で、康が言ったのはその姿のスキンだ。康の知識の中で唯一、人と鳥との両の姿を兼ね備えた物なので、それではないかと思ったのだ。

「……そんなんじゃねぇよ」

 応じたその声は酷く低音で、吐き捨てるようだった。余りに普段の筧からは掛け離れた声だった為、康は思わず視線を向ける。筧の心情とリンクしているのか、シーサーの顔は今にも唸り出しそうに歪んでいた。しかしそれも一瞬で、康の視線に気づいたのかはっとした表情に取って変わった。

「……っ、いや、悪ぃ。アレもNPCだよ。って言ってもバグ修正や違反の取締りとか、そう言うの担当してる種類のだから、あんまり見る事無いと思うけど」

 まるで取り繕うみたいに返ってきた返答。何だか『らしく』ないな、と康は思った。だが、そんな思考を遮るように、上空の天使が口を開く。

『……バグを発見しました。修正のため、そのNPCをこちらに渡して下さい』

 喋り方こそ滑らかだけれども、どうにも冷たい印象が拭えない。無表情であるだけでなく、その話し口そのものが決められた台詞を読むように機械的なのだ。

「あー……」

 コロボックルを引き渡せと言われ、筧がちらりと深鈴を見る。突然の事態に戸惑っている深鈴は、ぎゅっとコロボックルを抱き締めたままだ。

「後で、俺が有人区域に連れて行く、ってのはダメ?」

 駄目元とばかりの口調で訊いてみるが、天使の返答は筧の予想通りのものだった。

『警告します。今すぐ、そのNPCをこちらに渡して下さい』

「融通利かねぇな……所詮はプログラムかよ」

 ため息混じりに小さく筧は呟くと、深鈴へと向き直り、視線でコロボックルを天使に渡すよう促す。

――どうしよう……

 筧の視線の意味を理解するものの、何故だか深鈴はこの子を渡したくなかった。自分でもその理由が分からなかったが、次の瞬間、嫌と言う程理解する。自分の腕の中に居る存在が、怯える様に震えていたからだ。それだけではなく、縋る様に確りと深鈴の腕を掴んでいる。

「ねぇ……渡したら、この子をどうするの?」

 嫌な予感を感じながらも、深鈴は天使に向かって尋ねてみた。家に帰す、とか、安全な所に移動させる、とか。そう言った類の返答を期待しながら。だが、

『バグは消去します』

 残念な事に、嫌な予感の方が当たってしまう。『消す』と言うのは『殺す』と言う事ではないだろうか。少なくとも、深鈴はそう判断した。なら、返答は一つだ。

「………やだ」

「深鈴ちゃん、それはちょっとマズい……」

 筧の口調から、自分がしている事が状況的に良くない事は分かる。それでも深鈴は、自分よりも弱くて小さなものに縋られて、見捨てられるような性格ではなかった。

『警告します。今すぐ、そのNPCをこちらに渡して下さい』

「そのコロボックルだって、プログラムだから」

 無機質な天使の声と、焦りつつも何とか深鈴を宥めようとする筧の声がぶつかる。追い立てられて猶、深鈴は頑なに首を横に振った。

『警告します。今すぐ、そのNPCをこちらに渡して下さい。三度目の警告になります』

「ヤバい、三度目だ。深鈴ちゃん、後で説明するから、今はその子渡して」

「深鈴、よく分かんないけど、ヤバいよっ。いいから、うんって言っとけ!」

 その場の雰囲気に焦った康も、深鈴を説得すべく口を開く。三人分の声に追い立てられ、もうどうしていいのか分からなくなり掛けていた時、不意に深鈴の耳にもう一つの声が響いた。

『深鈴、その子を渡したくなかったら、このままログアウトして』

「ろぐ、あうと……?」

 ウィルの声だった。今この瞬間の中で、唯一優しい声。その声に、深鈴は賭けてみる事にした。

「どうすればいいの?」

『セレクトから、一番下のログアウトを選択、で』

「分かった」

 早口で遣り取りをして、深鈴はその指示に従った。一瞬にして、目の前が暗くなる。遠くで筧と康の声が響いている気もしたが、すぐにそれも闇へと飲まれてしまった。

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