第四話 『コロボックル』
すっかりくつろいでいた深鈴だったが、ふと思い出した事があった。
「そう言えば、筧さんは?」
同じ様にして筧もNRWに入った――ログイン、と言うらしい――筈なので、康と一緒に現れてもおかしくない。
「あれ? ちょっと遅いなぁ」
康も今気が付いたようで、スキンのカルラの姿で小さく首を傾げる。その瞬間、
「到着でーす!!」
勢い良く、四足の何かがカルラに向かって飛び掛った。
「あ、筧さ……イタッ、イタタタ!」
それは沖縄でよく見掛けるシーサーだった。只、随分大きく、二メートル程度はある。その上、蛍光の黄緑で、横腹に『ゴーヤ大好き』と書かれていた。多分、筧なのだろうが、何故だかカルラの頭を齧っている。
「イタッ、お、遅かったですね」
「気を利かせたんじゃねーか。なのに、何AIにお株取られてんの?」
漸くカルラの頭を齧るのをやめると、今度はシーサーの前足でぽんぽんと齧っていた部分を叩きつつ、康へと小声でそう言った。ううっ、と康は言葉に詰まり、しょんぼりと頭を垂れる。
「……若い子苛めはこん位にしといて、と。深鈴ちゃーん、大分慣れたみたいだね」
筧は後半からは深鈴にも聞こえるよう大きな声で話し掛け、ひらりとカルラから飛び降りた。はいっと深鈴が元気にそれに答える。
「どう? 楽しんでる?」
問われ、深鈴は自分が結構楽しんでいる事に気付いた。ログインするまでは全く乗り気でなかったのに、今はもう少し他の事もしてみたいと思ってる。
「……はい、楽しいです」
康の作戦にまんまと引っ掛かったようで悔しいが、楽しいのは本当だった。
「なら、ちょっとバトルの練習でもしてみる?」
バトルと言われ、深鈴は瞬間どきりとする。そう言えば康もそんな事を言っていたな、と深鈴の顔が少し曇った。深鈴の不安を感じ取ったのか、筧は安心させるように軽く言った。
「ま、少しやり方だけ掴んどいて、バトルが嫌なら非戦闘区域に居ればいいから」
そう言って、筧はバトルに関する簡単な説明を始めた。バトル自体はやりたいプレイヤーだけがすればいい事なので、そうでないプレイヤーの為に非戦闘区域が設定されている事。また非公式ではあるが、初心者の為に回復ポイント近くは練習用の場所となっている事。今、三人が居るのが、正にその練習用フィールドである事。
「じゃ、ここは戦ってもいい場所だけど、勝手に戦わないようにしようってみんなで決めてる場所って事ですか?」
深鈴の質問に、筧はそうそうと頷いた。
「だから、ここで急に攻撃受けたりする事は無いし。康も俺も居るから安心して」
そんな場所での練習なら心配無いだろうと、深鈴は筧の薦めを受ける事にした。しかし、練習と言っても具体的にはどうするのだろうと思い、その疑問を口にする。
「そうだね。ウンディーネは回復魔法持ってるから、まずはそれからやってみようか?」
そう言って、筧はシーサーの首をカルラへと向けた。
「さっき俺がしこたま康の頭齧ったから、それ回復してみて」
よく見れば、カルラの頭には幾つもの歯型が付いている。
「え……回復ってどうやれば」
『私が教えるわ、深鈴』
深鈴が困っていると、応えるようにウィルの声が響いてきた。
『教えると言っても、極簡単だけど。右手のひらの中央に蒼い石があるでしょう?』
ウィルに言われて自分の――正確にはウンディーネのだが――右手を見れば、確かに中央部分に直径一センチ程度の宝石の様に綺麗な石があった。
『それに右手の中指で触れて、少し経ったら石が暖かくなるから。後は対象者に右手をかざすだけ』
深鈴は言われるままに右手の石に触れる。と、確かに徐々に温度が上がってきた。そのまま、康に向けて握り込んでいた手を開く。瞬間、蒼い光が弾けたように、きらきらとした光の粒達が康に向けて吸い込まれていった。その光が消えると、カルラの頭に付いていた歯型がきれいに消えて、すっかり元通りになっていた。
「お、おぉーっ!」
『ね、簡単でしょ』
女の子らしくない声を上げて驚嘆する深鈴に、ウィルのくすくす笑いが響いた。思わず自分でパチパチと拍手をしている深鈴に、再び筧が話し掛ける。
「後はバトル中のタイミングとかがあるから、それの練習も出来るけど……ん? 深鈴ちゃんどうしたの?」
自分の回復魔法に驚きまくっていた深鈴の動きが急に止まった為、筧は深鈴に疑問付を投げ掛けた。どうも深鈴がじっと何かを凝視しているらしいと気付き、筧はそれをたどる。釣られる様に康もそちらを見た。
「筧さん、アレ何?」
三人の視線の先、湖の畔の茂みの中でうごめく物体を認めた康が、同じ物を見ているだろう筧に問い掛けた。それは身長二十センチ程の子供の姿をしており、簡単に言えば白雪姫に出てくる小人のようだった。
「多分、コロボックルだけど……何でここに居るんだ?」
そのコロボックルは三人に見られている事も気付かず、こそこそと湖の水を汲んでいる。メルへンそのものの光景を目の前に、その場に居た三人は呆気に取られたように動けないでいた。