第十九話 『進路』
「って、事だなぁ……」
そう言って、筧は項垂れる様に顔を伏せた。それは考え込んでいる様にも、表情を隠している様にも見える。その瞬間、深鈴は何故か後者である様に思えた。
「?」
自分で自分の思考の所以が判らず、一瞬深鈴はきょとんとする。だが次の瞬間には、その疑問も四散して消え去ってしまった。
「なぁ、チビ。神様が来てから、地震が増えたって言ったよなぁ?」
筧の問い掛けに、不意に話を振られたマニがビックリした表情になる。急な事に一瞬、声が出なかったのか、マニは最初首を縦に振る事でそれに応えた。
「うん。前に大人がひそひそ言ってたぞ。お陰で山仕事してる人の怪我が増えたっても言ってた」
マニの言葉に、少しだけ太一の顔が曇る。見知らぬ土地の人間とは言え、訃報は喜ばしい物では無いのだろう。
「……こっちでも、地震は増えてる。ここ数年、正確にはNRWが稼動し始めてから、な」
筧はずっと顔を伏せたままで、その表情も意図も読み取れない。彼が何を言いたいのか、誰にも分からない。憶測は有れど、確証は無いのだから。
「……面白くなってきた、とかは不謹慎かな?」
筧はそう言いながら、漸く顔を上げた。そこには不敵とも言える表情が浮かんでいる。
「人気ネトゲの裏を探るっての。ちょっと良くない?」
「……簡単に言うな。大事だぞ…………」
筧に代わって、今度は太一が顔を伏せた。いや、頭を抱えたと言った方が無難だろう。
「リタイア有り、ならいいだろ? 俺は一人でもやるよ」
「……そう言えば、お前チーター(=ゲーム内で不正にキャラクター強化や不正なアイテム使用をする人間)追い詰めるの、好きだったな。いいよ、付き合ってやるよ」
そこで、残された深鈴と康は顔を見合わせた。二人とも、事が大事に至っていると言う事は把握している。そして、今なら片足を突っ込んだだけで、何時でも抜け出せる事も。
――地震が、増えてる……?
康と顔を見合わせながらも、深鈴は一人考えていた。それはどう言う事だろうか、と。先日、丁度物理の授業で地震の事が取り上げられていた。深鈴地震は余り興味が無かったので断片的にしか覚えてはいなかったが、確か二種の種類があった筈だ。その一つは……
――活断層が、何かのエネルギーを吸収して、起こる……
本来は地下のプレートの歪みのエネルギーだが、もし違う何かの所為だとしたら。それは……その為に起きる地震ならば、それは人為的な災害ではないだろうか。その為に怪我人や、マニは言葉にしなかったものの死人も出たのだとしたら。それは、
――完全に人災じゃないのっ!
震えが、深鈴を襲った。それは怒りと形容すれば良いのか、それとも悲しみと形容すれば良いのか、深鈴自身にも判らない。唯、マニと同じ土地の人間を自分と同じ土地の人間が傷付けた現実に、どうしようも無い感情が込み上げていた。
「……ねぇ、筧さん」
結局、深鈴は康の答えを待つ前に、声を出していた。
「私でも、何か手伝えるかな」
深鈴の真剣な声に、筧は何か感じる物があったのか。応える様に、神妙な面持ちで深鈴に視線を向ける。
「……情報。携帯でいいから、拾える範囲でNRWの。噂でも構わないから、何か分かったら教えて欲しい」
筧の言葉に、深鈴は力強く頷いた。ほんの少し、隣で康が慌てているのが分かったが、敢えて気付かない振りをする。
康はと言うと、そんな深鈴の様子を見て最初こそ慌てていたが、すぐに諦めた表情になった。深鈴がこうと決めたら梃子でも動かないのを良く知っているからだ。
「じゃ、俺は人関連でいいですか? NRWの友達、結構居るから。ネット系のとダブるかも知れないけど」
「ダブったらダブったって事が十分情報だよ。ソースは多い方がいいから」
康の内心を分かっているのか、筧は苦笑とも思える笑みを康に向けた。それはそれで、康は居た堪れない気分になって、しょんぼりする。
「俺は?」
太一は太一で何も思い付かないのか、筧に視線を送った。
「チビの子守」
お前は子供が嫌いなのか、と思わず問いたくなる程の即答だった。実際、苦手ではあるのだろう。ああ、そうかい、と太一は筧に言っている。
「まー、役割分担が決まった所で、今日はそろそろお開きかな?」
気付けば、何時の間にか良い時間だった。深鈴も康も連日遅くなる訳にもいかず、切りも良いとあっては帰らない訳にもいかない。
「送ってこか?」
「あ、いや、いいです!」
筧の言葉に、深鈴は遠慮の言葉を述べた。今日は昨日程、遅くは無い。道順も覚えているし、駅も近い。何より、太一が昨日言った事を考えれば、筧の手を煩わせる訳にはいかない。そう思い、深鈴は遠慮したのだった。
「大丈夫ですよ、俺も居るし」
割り込む様にして、今度は康が言う。その様子を見る筧の視線は『ああ、康くん頑張ってるね。そんだけ二人切りになりたいのね』と言う、妙に生暖かい物だった。
「じゃ、ナントカに蹴られたくもないし、役は譲るわ」
筧はそう言って、矢張り生暖かく微笑んだ。それを見て、康は顔を赤く染めている。一方深鈴は、相変わらず会話の意味も分からず、きょとんとしたままだった。