第十八話 『神様』
「神様が来たってのは……前は居なかったって事、か?」
筧はゆっくりと、まるで自分で自分の言葉を確認するかの様にそう言った。うん、と頷いて、マニはまたスナック菓子を頬張る。
「神様はマニが生まれるより、ずっと前に来たんだって。覚えてる大人はもう少ないけど」
マニのその言い回しに、深鈴は妙な引っ掛かりを覚えて首を傾げた。上手くは言えないが、深鈴の認識している『神様』と言う物と、マニのそれとに何だか落差がある様に感じたのだ。もやもやとした疑問はあるもののそれがはっきりとせず、深鈴は傍から見れば奇妙な程、何度も首を傾げる。同じ違和感を感じているのか、康も太一も妙な表情になっていた。唯一人、筧だけは真剣な表情を崩さない。
「……覚えてる大人、が居る訳だ。神様が現れたのを。今現在も」
その言葉に取り残される様に疑問を感じていた三人は、はっとした表情となった。奇妙なズレ。それは……神話の中の架空の神しか認識しない者と、はっきりとした形を持つ神を語る者との物だ。
「あの、さ、マニ君。マニ君って、その……神様、見た事、ある……の?」
マニにそう尋ねる深鈴の言葉は、やたらと詰まっていて歯切れの悪い物だった。何故だか、深鈴は自分がとんでもない事を聞いていて、そしてその答が有り得ない物の様な気がしていたのだ。その所為なのか、やたらと口の中が乾いて言葉がスムーズに出ない。今も咽の奥まで乾燥している様で、上手く息すら出来ない錯覚に陥っていた。
「一回だけなら、あるよ。遠くからだったけど、よく覚えてる」
マニの言葉を聞いた深鈴は、自分の体の奥から何か嫌な物が込み上げてくるのが分かった。それは敢えて言うなら『予感』だ。このまま聞いていると、後悔する様な事が飛び出てきそうで酷く落ち着かない。だから、深鈴はこれ以上その『神様』とやらについて聞くのを、沈黙を持って放棄した。だが、
「……どんな人だったか、分かるか?」
続きを求めたのは、筧だった。真剣な眼差しと声。もう止めよう、と深鈴は軽く言いたかったが、その真剣さに圧倒されて口を噤んだ。
「髪の長い、キレイな女の人だったよ。そう言えば……」
これ以上は聞かない方がいいと言いたかった。だが、それは唯の予感で……少なくともそれだけでは筧を止めるのは出来ない気がした。
「……ミレとかと似たカッコウだったよ」
逡巡している間に、マニの口から言葉が零れていた。
「似たような格好……? 服とかか?」
「服も、髪の色とか顔も。あと……それもしてたよ」
そう言って、マニは筧を指差した。いや、筧では無い。指差したのは筧の顔……正確には普段はしていない、その眼鏡だった。確認する様に筧はそれを外すと、マニへと差し出す。
「眼鏡はお前の住んでた所には、無かったのか?」
「うん。透明でキラキラ光ってキレーだったから、覚えてる」
「そう、か……」
そこで筧は大きく嘆息した。何とも言えない表情で自分が手にしている眼鏡を見詰め、再び息を吐くとまた眼鏡を掛ける。そこで深鈴も大きくため息をついた。聞かなければ良かったと思いつつも、もう聞いてしまったのだからと諦めたのだ。ふと視線を動かすと、太一も似た様な面持ちでいる。深鈴の様な予感があったかどうかは分からないが、少なくとも状況の把握はしているらしい。
「……えぇーっと、どう言うコト?」
事態を殆ど理解出来なかった康は、皆の顔を代わる代わる見ながら事の説明を求めた。重過ぎる雰囲気に、誰に尋ねればいいかおろおろとしている。
「あー、あれだ。その……マニの世界に神様として、こっちの世界の人間が居るって事、だろう。髪の色、肌の色が俺らと同じって事は……少なくともアジア系だな」
片手で両のこめかみを押さえながら、ため息交じりに言ったのは太一だった。康はまさかと言わんばかりの表情となっている。駄目押しとばかりに、今度は筧が口を開いた。
「まぁ……チビの様子を見てりゃ、あっちがどんな暮らしか想像はつくよな。俺でも康でも、神様って呼ばれるだろうよ」
「…………もしかして、さっきのもしも話が『もしも』じゃなくなっ、ちゃっ、た?」
漸く現状の重い空気の意味を悟ったのか、康の顔色が微かに青くなった。何も聞かなかった事にしたいなぁ。そう、康の顔には書いてあった。
前から随分と間が開いてしまいました(;;)申し訳ありません……お待ち頂いていた方もいらっしゃった様で、もう何と言ってよいやら……只今、身の回りがちょっとごたごたとしておりますので、週1の更新とかは無理ですが、合間を縫って何とか続きを書いていきますので、それでもと仰る方がおりましたら、お付き合い頂ければと思っております。