第十一話 『マニ』
一通りの話を、青年は茶化す事も無く聞いていた。そうして話を聞き終わった後、眉間に皺を寄せたまま深い溜め息を吐いた。
「信じろ、と言うのは無理な話だが……」
そう言いはしたが、青年はちらりとコロボックルを見ると再度溜め息をつく。
「……現物を目の前に突きつけられちゃなぁ。出来ればこのまま帰って、全部聞かなかった事にしたいもんだ」
「あー……その気持ちは分かる。でも、まぁ……関わっちまったからには、道連れよ?」
筧はぽんっと青年の肩に手を置くと、はははと乾いた笑い声を上げた。その顔を見て、青年は三度目の溜め息を漏らしたものの、意を決したらしい。不意に全員の顔を見渡すと、こう言った。
「三人寄ればなんとやら、だ。五人も居れば、どうにかなるだろう。俺の名前は高藤太一。こいつと同じ大学で二年だ。NRWもちょくちょくやってる」
そのまま、太一は促すように康を見た。はっと我に返った康は、慌てて自分も自己紹介を始める。
「あっと、俺は土岐原康……高校一年です」
今度は康がちらりと深鈴を見た。その視線の意味を解して、深鈴も康に続く。
「わ、私は茅田深鈴です。あ、康と同じ高校で同じクラスです」
深鈴は、自己紹介の続きを終えるとぺこりと太一に頭を下げた。太一は少しばかり面食らった様な顔をしたが、深鈴に倣って頭を下げる。今時珍しく礼儀正しい子だと、太一は少しばかりくだけた笑顔を向けた。
「まぁ、俺は筧誠一、大学の二年……さて、後は一人だな」
続いて、何故だか筧も自己紹介をする。今更、筧の事を知らない人間は居ないだろうと康と深鈴は思ったが、筧と太一は違っている様だった。二人ともじっと深鈴を見ている。いや、正確には深鈴の膝の上。最後の一人――コロボックルに視線を向けていた。
暗に二人ともコロボックルに自己紹介を求めていた。今まであれだけ周りの人間を怖がっていたのだから、行き成りこの状態で自己紹介をしろと言うのは無理なのかも知れない。それは二人とも重々承知なのだろうが、この事態を早期解決する為にはコロボックルからも事情を聞かなければならないのだ。ならばこの時点で自己紹介位はして貰いたいと思っているのだろう。
その空気を感じ取ったのか、深鈴は不安げにしているコロボックルに顔を向けた。大丈夫、怖くない。そんな想いを込めた笑顔で。それを見たコロボックルから、少しばかり警戒の色が消える。ほんの数秒迷った末、コロボックルは口を開いた。
「…………マニ」
そして、ぽつりとそう言った。恐らくは名前なのだろう。
「マニくんって言うんだ。幾つかな?」
名前だけとは言え、自己紹介をしてくれた事に深鈴は甚く感激した様で、近所のお姉さんモードになりながらマニへと笑顔で語り掛けた。かなり極上に類する笑顔と思われたが、次の瞬間その顔が凍り付く。
「カゥワ、ルール、リェイエゴ。ディアナ、スー」
夏なのに、初夏なのに、木枯らしが吹いた気がした。その場に居た全員が全員、思考回路が一時ショートしていたであろう事態。今この瞬間まで、誰も気づかなかった事自体が不思議であるかも知れないが……マニは日本語を話す事が出来なかったのだった。