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第十話 『逃走』

 やたらと重い空気が支配する部屋の中で、不意に何かが動く気配がした。三人は同時にそれに気づき、勢い良くそちらを振り向く。その視線の集まる先は筧のベッド。ずっと眠っていた――と言うか半ば気絶していた彼が、漸く目覚め起き上がったのだ。

「……?」

 まだ覚醒し切ってないのか、コロボックルはぼんやりと半身を起こした状態で、物珍しげに部屋を見回す。それに対してどう反応していいのか分からない三人は、冷や汗をかきつつ黙ったままコロボックルの姿を見守っていた。そんな三人とコロボックルとの視線がかち合った瞬間……コロボックルは勢い良く跳ね上がる様にしてベッドから飛び出した。要は――逃げ出したのだ。

「あぁ! 待ってー!!」

 それに一早く気付いたのは、深鈴だった。そうして、行動を起こしたのも。駆け出したコロボックルに甲子園の球児も顔負けのスライディングタックルをかまし、逃走を阻止する。だが、それに対してコロボックルも大人しくする訳も無く、なり振り構わずじたばたと暴れ出した。

 子供――かどうか怪しいのではあるが――の力は弱いと思われがちだが、実は違う。力の加減を知らない分、寧ろ瞬時に力をセーブする大人よりも激しいのだ。要約すれば、縦横無尽に今限りの力で手足をバタつかせるコロボックルは、深鈴の手に余る。そうしてそれは、深鈴にも色んな意味で痛い程、解るのだった。

「ふ、二人ともーっ! 手伝ってよぉぉぉっ!!」

 結果として、深鈴は残りの二人に助けを求めた。その声にやっと我に返った筧と康は、慌ててその乱闘に参戦する。流石に三対一ともなれば、結果は明らかの筈だった……が、

「イテッ! こら、大人し……」

「あ、馬鹿っ、康、変な場所に手ぇ出すなっ! 俺に当たるっ」

「ダメ、ダメッ! 外、危ないんだよっ……あっ!」

 深鈴が声を上げた瞬間だった。一番、分かり易いのはあれだろうか。小さな子供達が同時に一匹のバッタを捕まえようとし、同じ場所に一斉に飛び込む。それに近い状態で三人は……きれいに互いの頭をぶつけた。しかも、かなり、激しく。頭に相当のダメージを受けると星が飛ぶと言うのはあながち嘘でもないのだな、とその時三人共が思ったのだった。

「うっ、うぅぅ……あっ!」

 息が止まる程の衝撃に三人三様に呻いている中、唯一ダメージを受けていないコロボックルがチャンスとばかりに再び駆け出した。気づいたのは又しても深鈴。まだチカチカと目の前に星を飛ばしつつも、逃げるコロボックルに手を伸ばすが、届かない。コロボックルは悠々と唯一の出口である玄関のドアに向かって走って行ったのだった。

 もしかしたらドアノブまで手が届かないかも、との深鈴の淡い期待も打ち砕き、器用に彼はドアの手前でジャンプしてドアノブを回し、その勢いのままドアを開ける。どうしよう、と深鈴は目をぎゅっと瞑った。そうして、その耳には無情にもドアが閉まる音が……

「…………」

 だが、幾ら待ってもドアの音は響かない。恐る恐る目を開けると、ドアは開きっ放しの上、丁度ドア中央辺りにじたばたともがくコロボックルの姿があった。そして、その襟首を掴んでいる人の、手。

 一瞬にして、深鈴は先程とは違う意味で血の気が引いた。明らかな第三者の手。その意味を明確に理解した為だ。一体、どう説明すればいいのか。そんな事、今の深鈴には思い付かなかった。助けを求める様に周りを見廻したが、筧は驚きに目を見開いているし、康に至っては頭を押さえたまま凍りついている。

「……おい、何の冗談だ、筧」

 コロボックルの襟首を掴んでいる人物は、呆然としながらも何とかそう言った。随分と体格の良い青年で、来週K-1の試合に出場します、と言われれば信じてしまいそうだ。角刈りに近い短めの髪型や、動きやすそうなシンプルなTシャツとジーンズもそれに拍車を掛けている。更に目付きが鋭いので、多分道で擦れ違う時があるならば、確実に道を譲るだろう、そんな人物だった。深鈴も康も、現れた見知らぬ人物のその容貌に、動くに動けない状態に陥る。そんな中、筧だけは違っていた。

「冗談、ね……そりゃまた、クソ面白くねぇ冗談だ」

 ぶつけた頭を摩りながら、筧は苦々しい顔でそう言った。多分、この青年は筧の知人。年齢から言えば大学での知り合いだろうか。そう思えた事で、残された二人の緊張が少し解れた。それを知ってか知らずか、筧と青年は会話を続ける。

「変な写メ送ってくるから何かと思えば。随分、楽しそうな事に巻き込まれてるって感じだな」

 暴れるコロボックルを片手で持ち上げたまま、微動だにもせずに青年は言った。それは見た目だけで無く、彼が実際に何らかの格闘技をやっている証に思える。少なくとも、確実に腕力はあるだろう。

「うん、まぁ……分かってるなら、ドア閉めてくれ……これ以上、誰かに説明したくねぇ……」

「ああ……ってか、チビ、暴れんな」

 了解の意を示しながら、青年はドアを閉める。と同時に、まだまだ暴れていたコロボックルにそう声を掛けた。別に怒鳴った訳では無い。寧ろ、優しい位かも知れない。だが、通常サイズの深鈴や康にもこれだけ『恐い』と思わせる人物が、ミニマムサイズのコロボックルの瞳にどう映ったか。それは瞬時に暴れる事所か、動く事すらやめたその態度が、全て物語っていた。

 青年はご丁寧に鍵を掛けた上にチェーンまでして、確実にコロボックルの退路を断つとずかずかと部屋に上がり込んでくる。元々がそうなのか彼自身も混乱しているのか、乱暴に三人の近くに座ると、片手に吊るしたままのコロボックルを差し出す。それが説明を求めていると言うアピールなのか、単純に重いから渡そうとしているだけなのか、分かり兼ねる行動だった。だが、そのままにする訳にもいかず、三人を代表するかの様に深鈴がそっとコロボックルに手を伸ばした。

 周り全てが敵に見えるのか、コロボックルは伸ばされた手にびくりと震える。かたかたと小さく震えている姿。それは悪さをして怒られる寸前の子供、いや、それ以上のものに見えた。それを見た瞬間、深鈴の中で何か深鈴自身にも分からない愛しさが込み上げてくる。ゆっくりと優しく、コロボックルを抱き上げた。

「……恐かったんだねぇ。もー、大丈夫だよ」

 抱き締めて、とんとんと優しく背中を叩く。泣いている子供に、よく大人がそうするように。この場の人間を全て『敵』か『味方』かに分類しろと言われれば、間違い無く全ての人が無条件で今の深鈴を『味方』に分類する。そんな風に思わせる優しさだった。そして、それはコロボックル自身にも伝わったのだろう。身体の震えが止まり、そして漸く見出した味方に両手で強く縋ったのだった。

「……凄ぇ、大人しくなっちゃった」

 思わず感嘆の声を上げたのは、康だった。正直、これだけ三人で追い回した上、最後は恐持ての青年に捕まってしまったのだ。自分達が敵では無いと説明出来るのかと思っていたのだ。それが一瞬にして、味方とすら思わせた。驚いてしかるべきだろう。

「女はみんな、母性本能があるって言うからなぁ。庇護される側は『本物』を見抜くんだろ」

 理屈じゃないんだろうな、と筧が言う。実際、その通りだった。

「それはさて置き、説明してもらおうか」

 感動の場面に何一つ動じないかの様に、格闘家モドキの青年が見事に水を差す。良く言えば低いが良く通る、悪く言えばドスの利いた声で。因みにコロボックルには後者の効果が大きかったと見え、その声にびくんと大袈裟な程飛び上がった。

「あぁー……説明ね、説明……分かった。きちんと説明するよ」

 少しばかりくたびれた声で、筧が代表者の名乗りを上げる。そうして筧は事の始まりから、今までの経緯を青年にと話し始めた。

仕事の都合で大分遅くなりました(汗) 次回からは早めの更新、心がけますm(_ _;)m

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