(3)
眠りにつこうと、布団に入っていると、寝室のドアが静かに開いた。どうかしたのだろうか。霧也は音を立てないようにドアを閉めて、ゆっくりと近づいてくる。そして布団の近くで、ごそりと動く気配がした。
うとうとする目で清美は、自分の隣で、猫のように丸くなって寝ている霧也に気づく。一人でいるのが不安なのかもしれない。
そっと布団をかけてあげて、そのまま一緒に眠った。
はじめは、落ち着いたら職場の同僚に相談しようかと思っていたが、なんとなく、もう少しこのままでいたくなった。
捨て猫を拾った気分はかわらない。家に居着いた猫を、手放したくないのかもしれない。
「井上くん、どうだい? 久しぶりに飲みに行かないか?」
職場の上司に誘われても、
「すみません。猫に餌あげなくちゃいけないんで」
「あれ? ペット禁止じゃ?」
そそくさと退社する。いいわけに使うぐらい、猫感覚だった。
ペットだとは思っていない。そんなに懐いているとも思えない。ただ自分が必要とされていることに、弱い生き物を保護している感覚があった。
帰ってくれば、誰かが待っていてくれている、それが嬉しくもあった。
「ただいま」
しかし返事がなかった。部屋の電気は消えている。
清美は必死になって部屋中探しまわった。
野良猫は一つの場所に居着かない。霧也もまた、去っていったのだろう。リビングに、スケッチブックが置いてあった。開いてみると、人物のデッサンがほとんどを占めていた。雑誌のモデルや、机のオブジェ、そして清美を描いたものが、いくつもあった。ただその中には、顔の表情が曖昧なものもある。顔が一番、難しいのだろうか。
いつかいなくなる、この日がくるのは分かっていた。けれど、いざきてみると、寂しいものだった。
一人きりに戻って、絵を描いてるだけの少年に、どこか依存しているところがあった。
不意に、玄関が開く。清美は弾かれたように向かった。
「すみません、勝手に出かけて」
気まずそうな顔をして、霧也がそこにいた。慌ててやってきた清美に、それがいけないことだと思ったのだろう。
「スケッチブック、ページがなくなったんで、新しいの買いにいってました」
お金は、清美が小遣いに渡したものだった。
清美は安心すると同時に、抱きついていた。自分でもどうしてそうしたのか分からない。霧也は戸惑っているようだが、そのうち、背中に手をまわした。
こうして誰かの温度を感じる。それはずっと一人で、渇いた清美の心に、温かな光を感じさせてくれた。
「ねぇ、私のこと、姉さんって呼んでよ」
「えっ?」
ときおり霧也は、寝言で姉を呼ぶ。それが霧也にとって、大切な人なのだろう。
「代わりになれないかもしれないけど、そう呼んでくれたら、嬉しいな」
そういうや、霧也の体が震えているのが分かった。軽率だったかもしれない。清美は体を離す。
「ごめん、忘れて」
霧也はうつむいていた。その頬を涙が流れた。嫌なことを思い出させたのかと、清美は焦る。
しかし霧也は、清美に抱きついて、
「姉さん……」
そう嗚咽をもらした。




