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午睡  作者: 藤原建武
第二章「骨美人」
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(1)


 それは捨て猫を拾う程度の気まぐれだった――



 清美は霧也を部屋に入れる。3LDKの間取りは、一人暮らしには広かった。

「まずお風呂に入りなさい。着替えは出しておくから」

「はい」

 霧也は素直だった。

 清美は玄関で、霧也の服を脱がせ、風呂場に案内する。着ていた服は丸めて、ビニール袋の中に入れた。そして寝室のタンスから、男物の下着と、服を取り出す。少しサイズが大きいかもしれない。自分の寝間着のうち、おとなしい色のものを選んだ。

 浴室からシャワーと、水のはねる音が聞こえる。清美は着替えとバスタオルを置いて、台所に向かう。冷蔵庫の中には、消費期限の切れたコンビニ弁当や、開封したままになっている紙パックのジュースがあるぐらいだった。ものぐさで、自分で料理することもない。

 清美はそこらへんに山積みになっているカップ麵を取り出す。洗い物で埋め尽くされた流しで、鍋に水を入れ、ガス台に置く。

 部屋が広いおかげで、片付けなくても目立たないが、台所は別だった。

 放り出されたゴミ袋か、酸味のある臭いがした。不快だが、どうにも片付ける機会がない。

 お湯が沸く頃に、霧也が出てきた。濡れた髪をタオルで、わしわしと拭いている。服はだぼだぼだった。

「ごめんね、カップ麺しかないの」

「いえ、ありがとうございます」

 清美は、どこか少年らしくないと思った。どんな辛い目にあったのだろう。声に生気はなく、表情も暗い。まだ高校生ぐらいなのだろうが、みょうに丁寧な口調。

「そこらへんに座ってて。できたら持ってくから」

「はい」

 霧也は素直に、リビングのソファに座る。

 清美はお湯を入れて、霧也の前に一つ置く。

 霧也は箸を取ると、待たずに食べ始める。よほどお腹がすいていたのだろう。

「まだ堅いよ。三分待たないと」

 聞かず、霧也はバリバリと食べ続ける。清美は苦笑した。やはり子供なのだなと。それがいいことに思えた。

「私のも食べる?」

 それに霧也は、清美をじっと見る。首根っこをつかまれた猫の、驚いたような目だった。

 不思議そうに、あるいは物欲しそうに見たあと、首を振る。

「大丈夫です」

「そう」

 霧也は、貧相な体を縮めて、食事に取りかかる。

 清美は頬杖をつきながら、

「ねぇ、家はどこ?」

 ぴくっと、霧也は動きをとめる。清美はつとめて笑顔で、

「いいたくないならいいわ。あとで服を買ってきてあげるから。ちゃんと家に帰るのよ」

 それに霧也はか細い声で、なにかをいった。

「なに?」

「帰れない……」

「どうして?」

「ひどい目に、あうから……」

 そこで最近問題になっている、家庭内暴力や、養護施設での虐待を思い出した。見た限り、霧也の顔に痣とかはないが、その怯えた様子に、なにかしらあったのだろう。

 清美は、霧也の華奢な肩を抱きしめる。

「大丈夫。落ち着くまで、ここにればいいから。私がなんとかするから」

 こういうのは警察に相談すればいいのか。虐待に関しては、弁護士を通すべきか。

 なんとなく、霧也に同情した清美は、しばらく家に置いておくことにした。そのうち対策を考えればいい。

 いつの間にか腕の中で、霧也は眠っていた。横に寝かそうとすると、霧也は清美の袖を握っていた。

「姉さん……」

 寝言だろう。呼びかけられたような気がして、清美はじっと、霧也の顔を見る。色は白く、睫毛は長い、綺麗な顔立ちをしていた。

 弟が欲しい、と思ったことがあった。

 もし霧也が弟だったら、可愛がったのにな、と思った。


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