(1)
それは捨て猫を拾う程度の気まぐれだった――
清美は霧也を部屋に入れる。3LDKの間取りは、一人暮らしには広かった。
「まずお風呂に入りなさい。着替えは出しておくから」
「はい」
霧也は素直だった。
清美は玄関で、霧也の服を脱がせ、風呂場に案内する。着ていた服は丸めて、ビニール袋の中に入れた。そして寝室のタンスから、男物の下着と、服を取り出す。少しサイズが大きいかもしれない。自分の寝間着のうち、おとなしい色のものを選んだ。
浴室からシャワーと、水のはねる音が聞こえる。清美は着替えとバスタオルを置いて、台所に向かう。冷蔵庫の中には、消費期限の切れたコンビニ弁当や、開封したままになっている紙パックのジュースがあるぐらいだった。ものぐさで、自分で料理することもない。
清美はそこらへんに山積みになっているカップ麵を取り出す。洗い物で埋め尽くされた流しで、鍋に水を入れ、ガス台に置く。
部屋が広いおかげで、片付けなくても目立たないが、台所は別だった。
放り出されたゴミ袋か、酸味のある臭いがした。不快だが、どうにも片付ける機会がない。
お湯が沸く頃に、霧也が出てきた。濡れた髪をタオルで、わしわしと拭いている。服はだぼだぼだった。
「ごめんね、カップ麺しかないの」
「いえ、ありがとうございます」
清美は、どこか少年らしくないと思った。どんな辛い目にあったのだろう。声に生気はなく、表情も暗い。まだ高校生ぐらいなのだろうが、みょうに丁寧な口調。
「そこらへんに座ってて。できたら持ってくから」
「はい」
霧也は素直に、リビングのソファに座る。
清美はお湯を入れて、霧也の前に一つ置く。
霧也は箸を取ると、待たずに食べ始める。よほどお腹がすいていたのだろう。
「まだ堅いよ。三分待たないと」
聞かず、霧也はバリバリと食べ続ける。清美は苦笑した。やはり子供なのだなと。それがいいことに思えた。
「私のも食べる?」
それに霧也は、清美をじっと見る。首根っこをつかまれた猫の、驚いたような目だった。
不思議そうに、あるいは物欲しそうに見たあと、首を振る。
「大丈夫です」
「そう」
霧也は、貧相な体を縮めて、食事に取りかかる。
清美は頬杖をつきながら、
「ねぇ、家はどこ?」
ぴくっと、霧也は動きをとめる。清美はつとめて笑顔で、
「いいたくないならいいわ。あとで服を買ってきてあげるから。ちゃんと家に帰るのよ」
それに霧也はか細い声で、なにかをいった。
「なに?」
「帰れない……」
「どうして?」
「ひどい目に、あうから……」
そこで最近問題になっている、家庭内暴力や、養護施設での虐待を思い出した。見た限り、霧也の顔に痣とかはないが、その怯えた様子に、なにかしらあったのだろう。
清美は、霧也の華奢な肩を抱きしめる。
「大丈夫。落ち着くまで、ここにればいいから。私がなんとかするから」
こういうのは警察に相談すればいいのか。虐待に関しては、弁護士を通すべきか。
なんとなく、霧也に同情した清美は、しばらく家に置いておくことにした。そのうち対策を考えればいい。
いつの間にか腕の中で、霧也は眠っていた。横に寝かそうとすると、霧也は清美の袖を握っていた。
「姉さん……」
寝言だろう。呼びかけられたような気がして、清美はじっと、霧也の顔を見る。色は白く、睫毛は長い、綺麗な顔立ちをしていた。
弟が欲しい、と思ったことがあった。
もし霧也が弟だったら、可愛がったのにな、と思った。




