(2)
一年前――秋の紅葉が散る頃。冷たい風が吹いていた。日差しが暖かく、連れ立った公園で、穏やかな時が流れた。
香奈は絵筆を握り、立てかけたカンバスに色を入れる。その傍らで隆史も、カンバスに向かっていた。
「あー、また落ち葉が!」
風に舞った落ち葉。道ばたの景色が変わる。
「タカちゃんは神経質すぎるよ。なんとなくで描けばいいのに」
「俺はありのままに描きたいんだよ」
「ふーん」
二人して同じ景色を描いているのだが、様子はまったく違った。下絵は、隆史が書き込みが多いぐらいで、まったく同じだが、色を入れると変わってくる。香奈は風に舞う落ち葉、一瞬の流れを、絵の中に取り込んでいた。隆史が落ち葉一つに文句を言っているのに、大きな違いだった。
「ありのままに描くんだったら、写真とかわらないよ。絵でしかできないことをしないと」
「風に飛んでる落ち葉なら、写真で十分だぜ」
「むっ」
それに香奈は頬をふくらませる。隆史は肩をすくめた。
いつもこんなやり取りだった。価値観も違う。それでも隆史は、
「香奈の絵、好きだぜ。優しい感じがするから」
「なによ、急に。タカちゃんのは、石ころみたい」
隆史は苦笑する。
「俺が描きたいのは石ころだからな。結構! 香奈のはそうだな、こう柔っこい感じだな」
「なんか、やらしい」
「なんだよ! ほめてんのに」
香奈は舌を出して、
「ありがとね」
穏やかな木漏れ日の中、微笑みあう。香奈の絵は、この木漏れ日のような、春のような暖かさがある。油絵の力強い色合い、風景の存在感、ではなく、水彩画のような、にじみに似た柔らかな表現を使う。
今描き上がっていく絵、香奈の横顔、隆史は昼の微睡みに似た、幸福感に包まれていた。
これから先も、香奈の描く先を、その横で見ていたい。




