(6)
恭次が追いついたのは、だいぶ遅れてだった。奥月村を目指したのは、その途中のどこかに、路上駐車されていないかと考えてだった。仮に来栖へ復讐しようとして向かったのなら、それは徒労におわる。それ以外の目的は考えられない。
そして町へ入る農道は、ほとんど整備されていない。どこかに乗り捨て、目的の場所に歩いて向かうだろう。
その勘は外れるかもしれないが、それ以外にあてはない。
見失ったかと諦めかけた時、山の麓に、一台の車がとまっていた。それがすれ違った車だとすぐに分かった。
雨は穏やかになったが、途中、川の増水が、素人目にも危険だと思った。
恭次は車を近くにとめる。
急いで降りて、霧也の乗っていた車に向かう。そして運転席に女性がいるのを見た。ハンドルに頭をのせて、うつむいている。恭次は嫌な予感がした。
「大丈夫ですか!?」
急いで駆け寄り、窓を叩く。それに女性がはね起きる。窓を降ろし、
「どうしました?」
目は充血し、表情は暗かった。
「井上清美さんですか?」
それに清美は驚いた顔をする。
「葛城恭次といいます。氷上霧也の、兄です」
井上ではなく「氷上」といった。
「霧也くんの、お兄さん?」
怪訝そうにたずねるのに、
「僕の妻は、霧也の姉なんです。三年前から、ずっと霧也をさがしていました」
寝耳に水といった顔だ。
「霧也はどこですか? ここで何を?」
助手席に霧也の姿はない。
「霧也くんは……」
清美は言いよどむ。
「あなたは、霧也が病気だということを知ってますか? あいつは、人を殺さないといられない、危険な病気なんです。あいつは何を企んで、この町に来たんですか?」
「……」
「俺は兄として、あいつをとめたい」
そこで清美は、顔を覆って泣き出した。
「私は……、霧也がいないとダメなの……」
その独白を、恭次は聞くことにした。
「霧也を失いたくない……。たとえ、どれだけの人を犠牲にしても……」
「あなたは、本当はとめてもらいたいんじゃないですか?」
少なくとも、罪悪感に苦しむ人間なら。
清美は顔を上げた。恭次は、どこか晶子に似ていると思った。顔立ちはまるで違うのに。
「お願いします。もし晶子が生きていたら、絶対に彼をとめたでしょう。あなたが彼の、本当の姉なら、せめて居場所を教えてください」
恭次は頭を下げる。隆史の話では、霧也は清美を「姉」と呼んでいた。二人の関係が、実際どうだったかは分からない。ただ霧也が、清美に「晶子」を見ていたのだとしたら、清美は彼の「姉」だったのではないか。
どれだけそうしていただろうか。風の音だけが、鼓膜を震わせた。その中でぽつりと、
「霧也は、水門に向かいました……」
恭次は顔を上げ、礼をいおうとして、霧也の恐ろしいまでの悪意に気づいた。それを清美は、言葉に表す。
「川を氾濫させて、町を沈めるつもりなんです……」
恭次は走った。水門の場所は、かつてこの町にいた時に、何度か行ったことがある。この町の農業に関わるものなら、それが生命線だと知っている。もし川が氾濫したとして、今の荒廃した土壌では、すぐに大惨事になる。
これほどのことを、実行する霧也は、もはや人間じゃないのか。




