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午睡  作者: 藤原建武
最終章「カミノフルメキ」
16/19

(4)


 空は季節外れの台風に、その重さをましている。昼をすぎて、いっそう暗く立ちこめていた。

 恭次は車で、月前町へ向かっていた。留守録に入った隆史のメッセージに気づいたのは今朝。隆史をとおして接触を試みようとした矢先だった。

 月前町にはこの三年間、何度か戻った。霧也が帰ってきているかもしれない、と考えたからだ。来栖に復讐するために。しかし正人の自白などによって、来栖の一族は塀の中だ。

 町も様変わりした。田畑は焼却され、生業は破壊された。税金の投入で、生かされているにすぎない。氷上夫妻は隣町に引っ越した。かつての町民全員に箝口令がしかれており、三年前の事件は外に漏れていない。差別を恐れてのこともあるが。

 井上霧也として足取りを追った場合、三年前に、保護者である清美の周辺で、行方不明者が一人出ている。また隆史の話で、恋人が行方不明になっていた。

 あとから分かったことだが、霧也の実の父親は、奥月村の人間だった。

 町から離れれば、血の呪いからも解放されるのではと、甘い期待を抱いていた。

 しかし今もなお、殺人を続けている。それは病気だからだろうか。それとも倫理観から逸脱しているからか。

 恭次が霧也を追い続けるのは、本当なら、兄になっていたからだろうか。それとも警察などが取りあってくれず、真実を知るものとして、正義感によるものだろうか。

 霧也と最後に会った時、殺意を表明された。もし今会ったとして、どうなるか分からない。しかし少なくとも、その衝動が汚染による思いこみだと、説得したかった。



 恭次は氷上家を訪ねる。氷上夫妻は、木像の小さなアパートに住んでいた。

 駐車場に車をとめ、降りると、この時期にしては生温い風が吹いていた。

「お久しぶりです」

「おお、恭次くん」

 出迎えたのは晶子の父だった。五十をすぎているが、ここ三年で、すっかり老けこんだ気がする。眼鏡の奥で、よどんだ瞳が恭次を見る。

「お彼岸に来たばかりじゃないか。そんなに気をつかわなくても大丈夫だよ」

「ええ。ちょっと近くまで寄ったんで」

「そうかい」

 恭次は部屋にあがり、仏壇に向かう。前の家に比べて、ずっと小さなものだった。

 一昨年、祖父が亡くなった。そのことを霧也は知っているだろうか。

 恭次は居間に座り、晶子の父と談笑する。そして晶子の母であり、霧也の実の母が、お茶を持ってくる。

「恭次くん、こっちまで来たのは取材かい?」

「知り合いの画家が来ているそうで、すこし会いに」

 霧也のことは口に出せなかった。二人がどれほど、彼を気にかけているか知っているが、だからこそ言えなかった。

「それで月前町の民宿に泊まっているそうなんですが、どこか分かります?」

 隆史の留守録にはそうあった。隆史は恭次が駆けつけてくれることを期待しているのだろう。

 そこで晶子の父は、不思議そうな顔をして、

「民宿? そんなものあったか?」

 それに母は、

「民宿、再開してないらしいじゃない。もう誰も来る人いないしね」

「えっ?」

「ここらへんで宿泊といったら、市内のホテルぐらいしか」

 隆史の足取りが消滅した。

「そのホテルって?」

「ここから少し行ったところよ。もうすぐ本格的に嵐がくるみたいだから、明日にしたら?」

「そう、ですね。電話番号とか分かりますか?」

「ええ」

 恭次は番号を聞き、電話を借りる。

「水沢隆史という、二十代ぐらいの男性が宿泊していませんか? 葛城恭次と名乗れば通じます」

「少々お待ちください」

 電話口に、慇懃な声が答えた。しばらくして、

「宿泊記録にございません。こちらには泊まっていないようです」

「じゃあ、井上――」

 霧也といいかけ、

「井上清美という女性は? 二人か、三人で泊まっているはずです」

 この清美という人物、得体がしれなかった。霧也は清美に姉を重ねているのか、それとも清美が利用しているのか。

「はい。ございます。お二人での宿泊となっています」

「分かりました!」

 恭次は氷上家を飛び出した。

 やっと居場所をつきとめた。何を企んでいるのか分からないが、それが何だろうと、阻止しなければならない。


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