(1)
車は県道から、下道に入る。
隆史は清美の運転する車に乗っていた。後部座席から外を見る。低い山並みが、次々に去っていく。
「いいところでしょう?」
助手席から、霧也が振り返る。
「あと山を一つ越えたところです」
月前町まで、片道で半日かかるという。それを聞いても行こうと思ったのは、恭次の話に確信を抱いたからだ。
清美の不審げな目や、霧也の異様な親しみ。霧也が隆史を誘ったのには、なにか裏がある。
そのうちに車は山道に入り、坂をのぼる。がたがたと車体が揺れた。
「もう。ちゃんと舗装されてないみたいね」
「小さな町だからね」
その会話も不自然だった。清美は、霧也の姉ではない。清美は土地勘がなく、月前町を知らない。この二人は、いったいどういう関係なのか。
そのうち坂を越え、平地を見下ろす。
「あそこが――」
そこには、聞いたような田園はなく、果樹園の姿もない。アメリカのドラマで見た、東部開拓期の荒野に似ていた。
霧也が無言になった。そしてここまで自然豊かにきたのに、向こう側の山々は、ところどころ赤茶けていた。
これが霧也の育った月前町。家屋はまばら、ずいぶんと殺風景なところだった。
車は山をおり、町に入る。
「民宿に、予約しているんですよね」
「はい」
清美が答える。
「チェックインまで時間があるから、どこかでスケッチして、時間を潰す予定だったんだけど……」
ちらっと、清美が霧也を見る。
「うん、ああ。奥月村の方に、いい場所があるんだ。そこに行こう」
清美が、赤茶けた山の方に向かう。山の地肌が剥き出しになったところもあり、重機が削っていた。
最近、銀行や企業による、土地の購入が盛んである。ゴルフ場でも建設しているのだろう。
車はその方へ向かって行く。
サイドミラーに霧也の顔が見えた。
その表情に、隆史はぞっとした。
今ようやく、殺人鬼と一緒にいることを自覚した。




