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午睡  作者: 藤原建武
第二章「骨美人」
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(4)


 霧也がきてから清美の生き甲斐は、この少年に物を与えることだった。

 貯金をはたいて、画材を一式揃え、部屋を一つアトリエにした。

 霧也の喜んでくれる顔と、描いた絵が見たかった。

 清美はよく、そのモデルをした。ずっと動かないでいるのは辛いが、霧也の、射るよな目に見つめられると、金縛りにかかったように体が動かなくなった。

 いつもおとなしく、じっとしていて、なにも考えてなさそうな少年だが、十歳近くも年下だというのに、自分の何もかもを見透かされているような、不思議な気分だった。

 揮発した油の臭いが立ちこめる中、窓から差しこむ、金色の光だけを頼りに、霧也は描く。下絵のデッサンはものの数分で終わるが、色を入れる間も、清美はじっとしている。霧也の話では、書くだけなら誰でもいい。ただ一枚の絵を描くなら、その被写体から、何かを取り出さなければならない。その何かを取り出すために、モデルと対峙する。

「頭の中のイメージで、描くこともできるけど」

 霧也は清美に向かいあいたいといった。清美はここで、気づいていることがあった。霧也は人の顔が描けない。見ながらなら顔を描けるが、イメージでは顔が曖昧になる。

 それは絵描きなら誰でもそうなのか、霧也だけの弱点なのか。

「ふう」

 霧也が一息つく。清美も全身の緊張がとける。一時間近くじっとしていただろうか。体中がかたくなり、ところどころ痛む。

「できたの?」

「おおまかには」

「見せて」

 のぞきこむと、

「えっ? 何これ?」

「骨」

「私、モデルの意味ないじゃん……」

 そこには人骨が描かれていた。夕日を受けて、その輪郭は輝き、同時に暗い影も落としている。しかしこれだったら、自分でなくともいいんじゃないのか。

「これはモデルが大事なんだよ。その人の骨格や、体の流れを把握するのに」

「でも、もう少し可愛く描いてくれても……」

 まるで自分の白骨死体と対面しているようだった。確かにこれが、芸術なのだろう。常人には理解できない境地だった。

 霧也は悪びれた様子もなく、

「すごく綺麗だよ」

「えっ?」

「姉さん」

「そ、そう」

 脈絡もなかったが、いわれて嬉しかった。

「人間は、死んだら燃やしちゃうんだ」

「えっ?」

 霧也はどこか遠い目をした。

「そしてあんな小さな壺に、人間のすべてをしまいこんでしまう。僕はそれが嫌いだ。あんなに綺麗だったのに、あんなに美しい形をしていたのに、炎が奪ってしまう」

 それが誰かのことをいってるようだが、誰かは分からなかった。

 清美は、ずっと前に亡くなった、祖母の葬式を思い出した。棺の中に眠る祖母。火葬場に送られ、残ったのはわずかな骨だった。その骨も、ちりとりに集められて、骨壺へ納められる。その光景を見ていると、人間に魂なんてないんじゃないかと思えた。

 人間の尊厳など、どこにもなく、まるで物のように扱われていた。

「綺麗だから、描きたくなったんだ」

 霧也はそう笑いかける。

 清美はいつか、自分の尊厳など踏みにじられる日がくるのを知っている。だから自分の肉にも骨にも、なんの意味もないと思っていた。

 だが霧也は、その骨を美しいという。気がつくと清美は、霧也を抱きしめていた。


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