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午睡  作者: 藤原建武
序章
1/19

(1)

 小雨が降っていた。雲は濃い鼠色を垂れ流すかに見えて、その厚さはまちまちで、薄明かりを投げかけていた。

 傘を差す程度でもないけれど――清美は開いた傘を、惰性でそのままにしていた。

 風の吹く方へと傘を向け、しつこい花柄が、視界から空を覆った。

 朝帰りというのも習慣になり、今日が休日だというのが憂鬱だった。

 一人になると物思いに耽ってしまう。誰か呼ぼうにも、急に呼び出しに応じてくれるほど、都合のいい人間や、仲の良い友人が思い浮かばなかった。

 もうすぐマンションに着く。傘を肩にかけ、視界が開けた時、ゴミ捨て場を漁っている少年を見た。髪はぼさぼさで、服は汚れている。

 関わらないようにしようと思ったが、少年は清美に気づいた。やせ細った顔に、飢えた瞳。高校生ぐらいだろうか。幼い顔立ちに、疲労の影があった。

「何してるの?」

 咎めるでもなく、険のない、柔らかな声だった。清美は、自分でもこんな声が出たのが不思議だった。

 少年は驚いた猫のように目を見開いて、立ち尽くす。敏捷に背中を曲げ、今にも、弾かれたように走り出しそうだった。

「どこの子? 家は?」

 少年は口をまごつかせる。子供のホームレスなど聞いたことないが、一家で夜逃げすればいてもおかしくない。こういうのは児童相談所に言った方がいいのだろうか。

「お腹すいてるの? うちにくる?」

 そんな言葉を投げかけたのは、野良猫を拾う程度の、軽い気持ちでしかなかった。

 少年は怯えたように身をすくませながら、うなずいた。

「名前ぐらい教えてよ」

 傘に、少年を入れる。目線の高さは同じぐらいだった。よく見れば、整った顔立ちをしていた。少年はか細い声で、

「ひかみ、きりや」

 と名乗った。


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