(1)
小雨が降っていた。雲は濃い鼠色を垂れ流すかに見えて、その厚さはまちまちで、薄明かりを投げかけていた。
傘を差す程度でもないけれど――清美は開いた傘を、惰性でそのままにしていた。
風の吹く方へと傘を向け、しつこい花柄が、視界から空を覆った。
朝帰りというのも習慣になり、今日が休日だというのが憂鬱だった。
一人になると物思いに耽ってしまう。誰か呼ぼうにも、急に呼び出しに応じてくれるほど、都合のいい人間や、仲の良い友人が思い浮かばなかった。
もうすぐマンションに着く。傘を肩にかけ、視界が開けた時、ゴミ捨て場を漁っている少年を見た。髪はぼさぼさで、服は汚れている。
関わらないようにしようと思ったが、少年は清美に気づいた。やせ細った顔に、飢えた瞳。高校生ぐらいだろうか。幼い顔立ちに、疲労の影があった。
「何してるの?」
咎めるでもなく、険のない、柔らかな声だった。清美は、自分でもこんな声が出たのが不思議だった。
少年は驚いた猫のように目を見開いて、立ち尽くす。敏捷に背中を曲げ、今にも、弾かれたように走り出しそうだった。
「どこの子? 家は?」
少年は口をまごつかせる。子供のホームレスなど聞いたことないが、一家で夜逃げすればいてもおかしくない。こういうのは児童相談所に言った方がいいのだろうか。
「お腹すいてるの? うちにくる?」
そんな言葉を投げかけたのは、野良猫を拾う程度の、軽い気持ちでしかなかった。
少年は怯えたように身をすくませながら、うなずいた。
「名前ぐらい教えてよ」
傘に、少年を入れる。目線の高さは同じぐらいだった。よく見れば、整った顔立ちをしていた。少年はか細い声で、
「ひかみ、きりや」
と名乗った。




