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 第5話 雑賀凶華


 【沖田総治】


 「チケット代、高かったんじゃないの?」

 「この江戸コロッセオの運営陣は、私たち新鮮組の身内みたいなものですから、金は掛かっていませんよ」

 「サービス良いんだ、新鮮組って」

 西郷は遠慮は無用とばかりに深々と腰を掛け、自分のリュックサックを足置き代わりにしている。数日前まで刑務所にいた人間とは思えないふてぶてしさだ。

 「で、あの凶華さんって人も誘うの? 例のお祭りに」

 「ええ。祭りにはあと五人必要ですから。この試合、三対一とはいえ、私は雑賀が勝つと思っています」

 「なんで」

 西郷の問いは足置きにしている荷物の位置を微調整するついでに寂しくなった口の体操にすぎない。

 そうとは判っているが私も回答する。私の会話も試合が始まるまでの暇つぶしを求めているのだから。

 「やはり雑賀は別格ですよ。最多勝記録保持者ですからね」

 〔雑賀凶華ッ! 百三十七勝無敗一分、連勝九十九はもちろん江戸コロッセオの最高記録!今日勝てば大台の百連勝となります。対戦相手は…〕

 私の言葉にかぶさるように、スーピーカーからはアナウンサーの声を響いていた。

 江戸コロッセオでの泥覧試合は全世界へ量子通信放送によって放送され、選手たちには多くのファンが付いている。

 雑賀は、家族の借金を返済するために戦う少女とか、妖美な血染めの美剣士など、ファンの多い剣士を射ち殺している。

 それら全てのファンが、憎い雑賀の死を見るために江戸コロッセオに足を運び、集客力もトップクラス。

 「次の祭りでは最大の人気選手である雑賀は外せません、それに…」

 「ところでさ。総治さん、あたし、コーラとサラミ欲しいんだけどさ」

 彼女が視線を送る方には、ビールサーバーを背負ったアルバイトが駆け巡っている。

 「…買えばいいじゃないですか」

 「いや、あたしの財布ってこの荷物の中でしょ? 出すのが難しくてさ、ちょっと貸してよ」

 ここで貸した金は返ってこないな。またもや第六感的な実感と確信があったが、私は自身の非科学的な直感というものが嫌いだし、そもそも何千円かを惜しむ理由もなかった。

 「構いませんよ、ここは電子マネーが使えるはずですから…これを使ってください」

 私の手渡した携帯電話を受け取り、西郷は売り子の青年呼んだ。

 「スミマセーン、ペプシコーラ一リットル、あとフランクフルトと枝豆ーッ」

 …別に構いはしないが、普通のコーラとサラミではなかったのか。

 そんな状態でありながら、西郷はとにかくコロッセオの中央、グラウンドを見据える。

 江戸コロッセオ史上初、ひとりで三人を相手にする雑賀凶華という女は浅黒く、肥満というわけでもないのに鈍重そうだった。

 テンガロンハットからブーツに至るまで編みこむようにガンホルダーが据えつけられ、その全てに鎧のように回転拳銃(リボルバー)が入っている。

 本人自身の体重を含めて百数十キロ、これで早く動けるはずがない。

 「…話、戻すけど、あたしは凶華さんの負けって結構あると思うのよ」

 西郷は、雑賀の対戦相手である三人組の外国人、ザルツァ一家を目で指した。

 日本家屋に入れば鴨居にあごでもぶつけそうに長身で、それぞれがマントを羽織り 一家は同じ火屯鉞刃の馬上槍と大振りな盾を構えているが、それぞれ装備が異なっている。

 壮年のスキンヘッド、家長たる父親の装備は共通の槍と盾だけだが、双生児の息子たちは顔立ちこそ同じだが、兄の方は槍や盾の他に古風なライフルを担ぎ、弟の方は馬並の下半身…というか、銀色の馬の胴体に人間の上半身が生えている見るからにサイボーグ剣士。

 只者ではないように思えるが、それでも凶華に勝てるとこの火星女が云うならば、その根拠を聞かねばならない。

 「それは…なぜ?」

 「倍率が百二十倍なんだよ、ザルツァ一家の勝ちって」

 「…は?」

 「こんなに買っちゃってさー、勝てばちょっとした財産よ?」

 そういって西郷は両手のザルツァ一家の富籤を見せ付けたが、既に私の視線と意識はコロッセオへと向かっている。

 〔それでは、五分間一本勝負。三対一変則試合、開始ですッ〕

 開戦宣言と同時に、ザルツァ一家、父と二人の息子は火屯鉞刃の武具を構えて走り出している。



 うおおおおおおおおおおおヲオおおおおお!

 ザルツァと観客の雄叫びが重なる。

 歴史的な話をさせてもらえば、騎士というのは馬の速さと高さ利用し、敵を駆逐する職業軍人を指す場合が多い。

 侍以上に騎士という職業は定義が曖昧なのでイコールではないが、少なくともザルツァ一家の先頭に立っている双子の息子の弟の方は例外ではなく、その戦術を使っていた。

 鋼鉄馬の下半身が生み出す跳躍力を利用した突撃戦術、相手の攻撃は盾で防ぎ、接近して槍で刺し殺す。

 雑賀も弾丸を叩き込んでいるが、馬形のサイボーグ部分は弾丸を通さず、上半身は火屯鉞刃の盾で弾丸を蒸発させて防いでいる。

 〔さあ、雑賀凶華は戦いは全てカネのためと断言するマネーファイター、重火器を使う選手も多い中で火薬代を節約するために使う火器はほぼ拳銃のみ。倹約家の死神、雑賀凶華!〕

 「いけェッ! そのクズをブチ殺せッ! ザルツァッ」

 「吉村さまの仇を討ってぇーッ!」

 「銃使いのクソ女になんかにデカイ顔をさせるんじゃねーっぞッ!」

 多角的に三人に襲い掛かられ、追い詰められているというのに雑賀への激励はほとんど聞き取れない。

 雑賀が逃げ回る一分ほどの間にその風潮は強くなり、これ以上のヒールとしての証拠はないだろう、ブーイングがヒートアップする。

 「…あーあ…損しちゃった」

 サイボーグである私の改造された耳で辛うじて聞こえるような小声だった。

 周囲の熱気に掻き消されて隣にいても聞きとれないような声で、今押しているザルツァの富籤を買ったはずの西郷はそう云った。

 「凶器を持った三人で詰めに入って一分でしょ、それを凶華さんはステップワークだけでなんとかしてるもん」

 「…あ」

 云われて見てみれば、雑賀は繰り出された槍を紙一重で避けつつ、残りのふたりをその向こう側に置くように移動している。

 これでは攻撃しているひとりが邪魔で残りのふたりは何もできず、一対三ではなく、一対一×三にしかなっていない。

 決して早く動いているわけではない。だがDFやMFたちをひとりで抜きさってハットトリックを決めるサッカー選手のような動きで、雑賀は上半身やジャンプも駆使して三人を操っている。

 「だが…ザルツァ一家には火屯鉞刃の盾がある。火屯鉞刃のない雑賀には突破する方法はない」

 「盾が邪魔なら、捨てさせれば良いだけなんだよね」

 この絶叫と歓声の中で、生身の西郷には私の言葉が聞こえたのだろうか? その答えが出るより前に西郷の予言通り、ザルツァ弟が盾を取り落とした。

 〔…うそ〕

 実況の無意識の呟きを無視し、弟はそれでも馬上槍を繰り出すが、雑賀はその動きを見切っているように避け、槍型の火屯鉞刃を空中へと蹴り飛ばした。

 ザルツァ一家の兄と父が何かを叫びながら走ってくるがもう遅い、すでに雑賀はナイフを抜き放っている。そして。

 〔うおぁあああああ~ーッ! 雑賀のダマスカスボウィがザルツァ弟の首を引き裂いたぁああー!〕

 大振りで奇妙な柄が浮かび上がった雑賀の象徴的ナイフ、それがダマスカスボウィ。

 その切れ味は手首の使い方ひとつで鉛筆削りから牛の解体までできる優れもの、もちろんザルツァ弟はは喉を鉛筆のように削り取られ、牛のように息絶えた。

 「バカヤロォーッ! なんで盾なんて落とすんだよ!」

 観客の誰かが場内全員の気持ちを代表して言い切る中でも、やはり流星の意見は違った。

 「アレは頑張った方じゃないかなア、もう意識もなかっただろうに」

 「意識が…無かった?」

 弟の死によって生じた観客たちの一瞬の沈静を縫うように、私たちは会話していた。

 「あれ鉛の弾丸だろうし、火屯鉞刃の盾は鉛だろうとなんだろうと蒸発させる…んでしょ? だったらその気化した鉛はどうなんの」

 蒸発した鉛は、もちろん気体だから比重の違いから拡散して空気と一緒になって呼吸で…やっと意味がわかった。

 「鉛中毒、ですか」

 鉛は本来食品などにも微量に含まれていて少量ならば無害だが、蓄積されると重大な健康障害を発症する。

 ドイツの偉大な音楽家、ルードヴィッヒ・ベートーベンの死因もこれではないかという意見は未だに根強く、彼の難聴の原因のひとつとする研究者も居る。

 「…ならば、雑賀が連射していた理由は…」

 「もちろん、鉛を“投与”するためでしょ。総治さんもだけど、サイボーグの人って呼吸が大雑把なのよ。だから彼を狙ったんでしょ」

 西郷の解説を聞き終わる頃には、既に観客席は威勢を取り戻し、雑賀殺害への大合唱が再開しており、今更ながら私は気が付いた。



 雑賀の全身に備え付けられていたはずの拳銃の多くがコロッセオ内に投げ捨てられており、残りのふたりを鉛中毒で倒すには弾丸が足りないであろうことを。





 それを知ってか知らずか、発狂したように…本当に息子の死によって狂ったのかもしれないが、ザルツァ父が叫びながら盾を投げ捨て馬上槍だけで雑賀へ斬りかかって行く。

 〔無謀だァァー、自ら盾を投げ捨てて生き目を潰したぞー! ザルツァ一家家長、アインラッド!〕

 「ううん、それで良い、それがBESTッ。頭は構えた槍で防げるし、胴体や手足なら数秒ならシャウト効果でカバーできる」

 「STERァーBEェNッ!」

 なんと云ったかは判らないが、雑賀への呪いの言葉であることは理解できる。

 気迫に押されたのか雑賀も何歩か下がるが、それよりも早く興奮した馬のような突撃が雑賀を襲う。

 思うに一家の中で弟だけが下半身を改造していたいのは、この突撃力を得るだけの筋力を持ち合わせなかったからではなかろうか。

 この父親の速度とキレは、サイボーグ化した息子に勝ることはありえても、劣ることはありえない…それほどまでにすばらしい攻撃でも、雑賀は止めた。

 「貴様がそれを…使うなぁァーッ」

 受け止めたのは、その辺に落ちていた火屯鉞刃の盾…もちろん、ザルツァ一家の弟が持っていたビームシールドだ。

 形見を使われて、さらに父は熱くなっていき、馬上槍の柄を操作して槍を収束させる。薄く伸ばした盾よりも収束した槍の方が強い、ちょっとした算数だ。

 弟の敵を討つべく繰り出された兄の執念を込めて盾を貫き、雑賀の脇腹の辺りを掠めた。

 「っち…」

 鍔のない盾と槍だが、その攻防は鍔迫り合い。雑賀とアインラッド、お互いに火屯鉞刃の出力を微調整して動きを封じあっている。

 一対一ならばこのまま時間切れだが、これは変則マッチだ。

 「今だ、ツバイラッド! 俺が抑えている間に…こいつを刺し殺せ!」

 観客の間にざわめきが起こる。

 「違う、逆だ。離れろ親父、そこに居ちゃダメだ。ここからじゃ間に合わないんだ…」

 「何を云っている、今動けるわけがないだろうっ、だから早くお前が…」

 「…悪いわね、あたし、父親っている人種には手加減できないんだ?」

 おそらく、ザルツァ父は最後まで自分の死因を判らなかったことだろう。

 火屯鉞刃の武器は重量が持ち手の部分しかなく、空き缶よりは重いが中味の入ったジュースより軽く、先ほど雑賀が蹴り上げた三男の槍は未だに空中に有った。

 雑賀に落下地点に誘導され、動きを封じられ、結果としてザルツァ父の身体は昆虫標本のように落下してきた槍に焼かれた。

 「…息子さん…どうするの…?」

 喉を裂かれて死んだ弟、槍で貫かれた父を見て、兄は雑賀凶華には火屯鉞刃では勝てないということを思い知ったのだろう、槍と盾を投げ捨て、背中に担いでいたライフルを構えて見せた。

 「あ、ああああ嗚呼ァアアアぅっ」

 だが、彼が引き金を絞る間もなく、雑賀凶華の手元の拳銃が火を吹き、ザルツァ兄は額から血を吹いて倒れ伏した。

 あっさりと、ほとんど何もできずに。

 「――失敗したわね。時間がまだ二分以上もあるのに」

 〔キ、キマッタァーッ! 雑賀凶華の勝利です、試合時間は二分十七秒、オッズは画面をご確認ください〕

 そういって東京ドーム時代から使われている江戸コロッセオモニターに事細かな倍率表が提示されるが、私は賭けていないので関係ない。

 「あー…大損だよ、もう」

 西郷は手元の富籤を破り捨て、雑賀を祝う紙吹雪のように撒き散らす。

 〔外国の視聴者には悪いけど、花咲か爺さんっていう話があるのよ。ジャパニーズ・ストーリー。

  色んなことが有ってタダで拾った犬の死骸が小判になるんだだけど、アレよ。あたしにとっては同じ。死骸がお金になる〕

 投げ捨てた銃を回収しながら百勝を記念するインタビューに雑賀は言い切り、私たちは出口へと向かいながらそれを聞いていた。

 〔小判が欲しければあたしを殺しにいらっしゃい、あたしは犬よりしぶといけどね〕

 いつの間に食べたのかフランクフルトの串や枝豆の皮をゴミ箱に投げ込み、西郷は残っていたコーラを一気に飲み干した。

 「総治さん。例の祭りに参加する七人…絶対入れるべきよ。凶華さんともうひとり」

 「…もうひとり、ですか?」

 「凶華さんの戦跡って、今日勝ったから百三十八勝無敗一分でしょ? そんな死神相手に…死なずに引き分けた野郎を、ね」

 「それでしたら、この人ですよ」

 私が云いながら指差したのは、江戸コロッセオ中の売店に並んだポスター。

 それは雑賀を相手取って戦い、唯一生き延びた戦士のピンナップ写真やフォトデータだ。

 「…マジで?」

 「マジですよ。雑賀と一対一で戦い、一分間の試合で攻撃を受けなかった…小娘です」



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