第4話 松崎仁
【沖田総治】
火屯鉞刃LEDの表札には松崎の文字が表示されており、ドアの横の郵便受けにはピザ屋や脱毛屋のチラシが溢れている。
…そもそも、この家に住んでいる人物にはピザも脱毛も不要なはずだが、そんなことはチラシ配りをする人間には関係ない、客が来ることではなくチラシを配って時給を貰うのが彼らの目的なのだから。
今日は事前連絡なしで来たが松崎さんは生来の電話嫌いで、郵便物は郵便受けに溜まったら捨てるだけなのでアポイントメントの取りようがない。
だがそれでも松崎さんにコンタクトを取ることは難しくない。会いに行く前に江戸コロッセオで行われる泥覧試合の日程を調べ、松崎さんの対戦カードがなければ必ず家に居る、それが彼なのだ。
チャイムを一度鳴らせば、何拍か置いて彼は現れた。
「こんにちは、松崎さん」
「…よお」
松崎さんの全身には抜けてゴミになるような人工体毛は一切なく、人工皮膚も汚れが目立たないように日焼けをしたような黒いものを使用。
それでもセラミック製の眼球は、ダイヤモンドよりも強く貴く光っている…私と同じくサイボーグ剣術、人造理心流剣士の松崎仁だ。
「突然の来訪をお許しください、松崎さん」
「ああ…」
「長い話になるので、外で話しませんか?」
私の誘いに松崎さんは無言でドアを全開にして室内に戻っていった。
「家の中で聞く、と?」
「…うむ」
「それでは失礼して、お邪魔します」
草鞋を脱いで上がった松崎さんの玄関には靴は少ないが靴べらの掛けられた下駄箱があり、向かって右手側のバストイレには洗濯機と乾燥機が置かれ、部屋の奥には机や冷蔵庫が見える…普通だ、フリーターかサラリーマン、ただの一人暮らし男の安アパート、そんな印象を受けた。
「冷蔵庫…なにを冷やしているんですか?」
松崎さんは無言で扉を空け、その中には紙パックの牛乳や使いかけの調味料、肉や野菜、健常者が食べるような日用品が詰まっている。
「…消化器を戻したんですか?」
「まあ…な」
説明が必要かもしれない。
私を初めとする新鮮組のメンバーが学び研鑽する人造理心流は、江戸時代から幕末にかけて隆盛した天然理心流を母体とする剣術一派。
だが、中には両腕に火炎放射器を仕込む者、胴体に核兵器を潜める者、頭部から生やした刃で斬り合う男、腕を虫のように増やす者と多様を極める。
実際には流派というより、サイボーグ戦士の総称と云った方が適切だ。
消化器は人体の中で多くのスペースを占領しており、新鮮組では弾丸を一発でも多く体内に収納する為に臓器は濃縮ブドウ糖液や小型透析機に置き換えている。
「食事を取るんですか、あなたが?」
「力が…足りんのだ」
「市販のブドウ糖液にはタンパク質やビタミンが添加されていますし、カロリーやエネルギーは足りるはずですが?」
おもむろに松崎さんは冷蔵庫から白い小さなパックを取り出した。プリンだ、プッチンとひっくり返して皿にあけて食べられるタイプのプリンだ。
松崎さんはそれを器用に右手の上にプッチンと出した。
「…なにかは判らんが、こんなものを食べていると…力が沸く、そんな気がする」
私は自分の最新人工耳を疑った。
強さのために戦闘以外の可能性を排斥した人造理心流の男の言葉とは思えなかったのだ。
私が反論を考えている刹那、彼は手の上の物を投げ捨てた。
それはまっすぐにマンションの窓ガラスに突き刺さり、それ自体とガラスのかけらを散らせた。
割ったのではない、貫いたのだ。コルクを抜いたシャンパンボトルのように正確に円筒状に。
「まさか…っ」
それはプリンだったはずだ。一般市販品の卵と牛乳の塊、食欲を失った私には感想もないメーカー品だ。
「内蔵火器を捨て去り、従来食を食べるようになってから…できるようになった」
プリンで窓ガラスに穴を開けるにはどうすればいいというのか。スピードなのかトリックなのか、私にはその原理すら判らない。
同じ新撰組内ですら、今の技術に相対できる剣士は芹沢か近藤くらいしか思いつかない。
「――プリンであれほどの威力ならば、確かに銃の類は無用ですね」
「飛び道具は刀を錆びさせる」
以前と変わらず、松崎さんはこういうときだけ舌の滑りがよくなり、口角が上がる。彼は根からの剣士なのだ、どうしようもないほどに。
「泥覧試合では銃と刀を併用して使う人間も多いようですが、それも邪道ですか?」
「…今、江戸コロッセオに居る人間で…銃士と呼べる人間はひとりしかいない…」
『雑賀凶華』
饒舌になった松崎さんと言葉を重ねるのは難しくはなかった、火屯鉞刃を使わずに江戸コロッセオで何ヶ月も生残っている銃使いは彼女以外居ないのだから。
「松崎さん、あなたは…なぜそこまで鍛えているんですか?」
「…さあな」
何年か前にした質問に、松崎さんはまたも同じ返答をくれた。
彼は戦いが好きなわけでもなく、スリルを楽しんでいるわけでもない、あくまで泥覧試合は修行のための場なのだ。
新鮮組時代から給料も生活費で使うだけで、募金するわけでも遊ぶわけでもなかったが、その生活態度が変わっていないことはテレビすらない彼の部屋から容易に窺い知れる。
己を高めることにだけしか興味のない求道者、それが松崎仁という男だった。
「…安心しましたよ、松崎さん、あなたならばピッタリだ」
私は、西郷流星に続く“ふたり目”を松崎さんに決め、資料を手渡した。
松崎さんは終始無言で表情にも動きがなかったが、時折細部を読み込んでおり、答えは考えるまでもない。
「この祭り、引き受けて貰えますか?」
「…ああ、出よう」
その回答に私は玄関まで戻り、郵便受けから取り出したチラシの番号を携帯電話に打ち込みだした。
「ピザランドさん? なんでもいいからピザとサイドメニューを高い順にバイクに詰めるだけ。一秒でも早く持ってきてくれ…ああ、酒も忘れずにな」
大飯食らいの元同僚は、私の言葉をやはり無言で聞いていた。
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