第3話 西郷流星(後)
【沖田総治】
私は清掃局に属さない掃除屋を自称している。
社会的に適応できない自身の無能を棚に上げ、社会の責任だと喚いて粋がる…そんなどうしようもない粗大ゴミを片付けるのが私の仕事だ。
そんな無能は、分解清掃しなければリサイクルできない型落ち電化製品とどう違うというのだ。
ここは物理的なゴミを敷き詰めて、その上に犯罪者を押し詰めてい。東京都江頭区の人工島、第八夢の島。
我々新鮮組が、様々な事情から処分できないが野放しにできない人間を収容するために、東京都の恥ずべき豊富なゴミを集積して作られており、本土からは十キロも離れていない刑務所専用の人工島、鬼が鬼を管理する別名は鬼ヶ島。
鬼ヶ島に着き、急ぎ足で私は刑務所の管理棟へと急いだ。時間に余裕は有るがこの鬼ヶ島には仕事以外にすることがない。
「新鮮組の沖田だ、西郷流星の件で来た」
「伺っています、どーぞ」
喋っているのか欠伸なのか、寝ぼけるように受付官は私の提示した身分証を読まずに返し、入り口の扉を開けた。
ゴミと付き合っていてこうなったのか、それともゴミみたいな態度だからここの配属になったのか。
私にはこの受付官と同じ組織の構成員であることを密かに恥じていた。
塵ひとつない火屯鉞刃の柵で区切られた面会室までの真っ白の通路にも清掃が行き届いていたが、その清潔さとここがゴミの島であるという事実とのギャップが云い表せないむず痒さを生じさせていた。
先ほどの受付官よりはまだ目が覚めている看守に引き連れられて、その女は面会室に入ってきた。
「こんちは、総治さんっ」
「覚えていたか、西郷流星」
この不法滞在の食い逃げ犯、西郷流星と私が出会ったのはもう半月前。
私の部隊が到着するまで食べていたチャーハンで食中りを起こし、そのまま雁字搦めにし、病院送りとなった女だ。
「結構早く体治ったみたいだね、総治さん、具合はどう?」
「人造理心流のサイボーグ剣士を侮るな。あの程度のダメージならば三日で治る…お前のほうはどうだ。刑務所の中は慣れたか?」
「結構楽しいよ。よくわからない機械を組み立てたり、炊事場で丸一日料理したり。ゴハンの量以外は充実してる…これ、ここで作ったヤツね」
流星はどこから出したかオニギリを押し付けてきた。押し付けた小さな腕には真新しい火傷や裂傷が数多く刻まれ、そのどれもがここが鬼ヶ島であると私に実感させたが、当の西郷は金メダルを取ったばかりのアスリートのような笑顔だった。
囚人から荷物を受け私は許可されていないし、そもそもサイボーグの私は食事を取らないのだが…。
「…ありがとう」
「どういたしまして」
粗大ゴミの中には稀に新品以上に価値の高い資源ゴミが捨てられているときがある。
私の勘にすぎないが、この西郷流星という女も間違いなくそれで、探している人材の前提をクリアしていた。
「で、総治さん、傷も治ってるってことは…そういうことよね?」
「…ん」
臨戦態勢に入ったのか、獣がそうであるように西郷の毛は逆立った。
刀などは持っていないが、そんなことを理由にはしない。戦えるときに戦う、素手であろうと勝つ、そんな西郷の挑発は言葉にせずとも伝わってきた。
「あンときのケリを着けに来たって解釈でいいのようね、総治さん」
「それはない」
流星がズッコけた。
「…違うの?」
挑発した手前もあるのだろう、西郷は顔を背けてパイプ椅子に腰を下ろした。
戦い以外の経験がないのか、遊びに誘う言葉がわからない子どものようにモジモジして黙ってしまった。
「単刀直入に云う、一週間後に行われる“祭り”に参加してくれ」
「…はあ?」
「YESと云えば、恩赦扱いで出所できるぞ、西郷流星。
他にも刑務所の賃金とは比較にならない報酬があり、二十年という刑期もなくなる、どうだ?」
「いや、NOだけど」
「なぜ?」
聞き返しはしたが、私は驚いてはいなかった。なんとなくこの女ならそう答えると思っていたのだ。
「意外と刑務所って楽しいわよ、ライバルも居るし…今は西棟のコサンジョウってヤツだね」
あっさりと私たち新鮮組が苦労して確保したテロリストの名前が出てきたが、この女の言動に関して驚いていたら話が先に進まない。
「決着が着いたらどうする? 懲役二十年、ヒマだろう?」
「出たくなったら出るから良いよ」
「…この会話は記録されているんだが、それを分かった上での脱獄予告だな」
「もちろん」
「脱獄というのは云うだけで看守たちの憂さ晴らしのサンドバックにされるんだが」
「入るときに聞いたよ」
「…頼もしいな。明日の今頃まで私はこの島に居る。気が向いたら連絡しろ」
特に説明しなかったが、この島から本土を行き来する定期便は一日一本、来たら明日までは帰れないのがここだ。
「待ってよ総治さん、あたしからも質問させてちょうだい」
ドアノブに手を伸ばしたままの体勢で、私は振り返った。
「その祭りって、あんたも出るの?」
ここに来て、初めて見た西郷の本気の目だった。
闘志を燃やし、他のゴミを燃やし尽くすような愚直な眼、こんな視線を投げられる奴がゴミだと思う人間は刑務所に入れて貰ったほうがいい。
「私は運営側だからな出られないさ…ただ私と同門…人造理心流の剣士はひとり、このあと誘おうと思っているがね」
「ちなみに、その人はあなたとどっちが強いの?」
私は上着を脱ぎ、上半身を流星に見せ付けた。
かつて研鑽した筋肉はもうありはしない、今あるのは鍛造した放射能向き出しのストロンチウム合金の胴体。
体内の消化器を取り除きブドウ糖供給ボトルを詰め、省スペース化した胴体の中には可燃ガスボンベや弾丸が詰め込まれている。
「私はその男に刀以外の武器を使わせたことがないよ、私の方はマシンガンや火炎放射機を駆使したのに、ね」
「結果はもちろん、あなたの負けよね。刀だけ使っても負けるだけなら難しくないしね」
「…あまり答えたくないことを訊くな」
そう回答したあとの西郷の嬉しそうな様子を私は殉職するまで忘れないだろう。
次の定期便が来るまでに、やらなければならない仕事がある。
面会室から出た私が吐き気がするような白い通路を歩いて向かったのは、旧式化しているワイヤーエレベーター。
それは上には行けないし、地下へと降りていくだけ。降りている間、私は自分がこの第八夢の島を構成するゴミの中を進む虫か何かのようになったように感じる。
そして、いつ水圧で潰れるかもわからない地下にある虫の巣では、虫たちが自分の巣を食いつぶしていた。
エレベーターの真ん前に陣取り、その虫食い作業を見物する男…新鮮組の近藤は降りてきた私に軽く手を振った。
「近藤さん、お久しぶりです。 最近どうです?」
「最高だ。太陽さえ見えればな」
地下では、我が新鮮組が囚人たちを使って小遣い稼ぎをしている。
この第八夢の島はもちろん埋め立てられたゴミで構成されており、その中には再利用できるものも多く、囚人に発掘させている。
「っつーか沖田、何しに来たんだ? お前、ここ嫌いだろ? 」
「私にはあなたがゴミの分別していることの方が信じられませんよ。
子どもの頃から私は、あなたがタバコの箱を分別しているところも見たことがありませんからね…今日は局長命令で、取ってこなくちゃいけないゴミがあったんですよ」
私は資料を近藤さんに手渡そうとしたが、それが無意味であることを思い出した。
近藤は、字を読めない。
「…局長から、囚人の引渡しの要求です。囚人番号でいうと“て・20319”百池弾牙」
「ああ? 伊賀忍者のガキか? 他の忍者にしろよ、あいつは仕事の覚えもいいし、今、うちの稼ぎ頭で…」
「きょ・く・ちょ・う・の、命令ですっ」
不満そうな表情で近藤さんは、ビームで広範囲に声を拡散する火屯鉞刃メガホンを手にし、それを見た私は脳内回路の操作で人工耳を閉じる。
《弾牙ァー、すぐにこっちに来い! さっさと来い! 作業は中断していい! その辺りもほったらかしで! 今すぐ、来いッ!》
地声の時点で大きい近藤さんの声が火屯鉞刃メガホンを通されれば、無改造の人間の鼓膜は耐えられない大音量になる。
現に間近にいた囚人たちはもれなく耳を塞いでいるが、それでもなお、耳から血を流している。
「近藤さん、その忍者の耳まで潰さないでくださいよ。こっちで使うんですから」
「…大丈夫だよ、僕は」
その声は、私の背後…私が降りたエレベーターの中から聞こえてきた。とっさに振り返ると、そこには青年、写真の男に間違いなかった。
「おじさんのそれ、、食べないなら…ちょうだい」
間違いなくエレベーターには私以外に乗っていなかったし、近藤さんと喋っている間も近づいている姿は見なかった。
何が起きたのか判らないままの私をよそに、近藤さんは私の手から西郷のオニギリを奪い取り、その青年に投げてよこした。
伊賀は“あのイベント”のために、この男の釈放を要求していたが、本当にいいのか、この男を解き放っても。
「近藤さん、こいつは…どんな男なんですか?」
「戸籍上の名前は百池弾牙、現在十九才だが…もしかしたらハタチかもしれないな。十九年前、火星から送られてきたゴミの中で、俺が見つけた。
火星では使い道がないクズ素材でも、地球ではレアメタル扱い、ってのも多いからな…知ってるだろ?」
もちろんその計画は知っている。当時はまだ力があった日本政府が失業者対策でやっていた企画のはずだ、だが、だからこそありえない。
「ちょっと待ってください、あの計画では…ゴミは全て真空保存されて送られてくるはずではッ?」
火星と地球では大気の組成が異なり、その工程で金属の腐食を防ぐための処置。
だが、その中に人間が居たとしても、人間は完全真空には耐えられない。
「だが…現実にそいつは生き残っていた。どうやったのかは誰にもわからない…弾牙自身も覚えていないんだからな」
伊賀忍者の最終兵器…いや、最終兵士 それは今、オニギリを貪っている。
「…これ、美味しい…」
無邪気な笑顔を向ける彼に、私は捉えどころの無い感情を抱いていた。
「すぐに伊賀の服部半蔵が迎えに来ます。それまでに帰り支度を済ませてください」
「お前も休めよ沖田、今日は上で一番良い部屋を取ってやるからよ」
今の私は、確かに疲れている。
大人しく向かった部屋は予想通りだった。
最初から期待はしていなかったが、この鬼ヶ島刑務所には来客用の部屋こそあるが、その内装はホテルとかそういう次元ではなく、畳に机、テレビが置いてある少し広い民宿といったところだろう。
テレビを付けて見るが、うるさいだけだ。
サイボーグ化して食欲も性欲もなくなり、私のような仕事が最大の趣味という人間が暇潰しとしては睡眠はなくならない方が都合がいい。
睡眠に関する機能は現代科学でも謎が多く、半ばブラックボックス化し、現実が素晴らしくとも辛くとも、それでも脳は夢を見たがる。
私は睡眠用のスイッチを押す。人工の自律神経系を柔軟化して緊張をほぐし脳をリラックスさせて眠るのだ―…
…何時間眠ったかは分からないが、うるさかった。
「総治さん、さっきの祭りだけど、まだ参加できる?」
彼女に起される前に私は目を覚ましていた、頭の中に走った信号の痛みによって。
緊急事態が発生すれば全自動で脳髄に幻肢痛と同じ原理の痛みが走り、即座に起床できる。
とても楽しい夢を見ていた気がするが、それを思い出すよりも目の前にいる客人が来てくれた事が何より嬉しかった。
「…コサンジョウとの決着は?」
「もうやったよ、急ぎでね」
鳴り響く騒音の中、西郷はギプスの付いた足首、そして頬から首に掛けて一直線に走る生傷を見せ付ける。
「…結果は?」
「答えたいことを訊いてくれるわね」
先ほどとは真逆の立場の、真逆の回答。同じ笑顔。
「で、参加できるの?」
「参加はできるが…ちょっと待っていろ、あまりにもうるさいからな」
私は騒音を止めるべく部屋に備え付けられた黒電話型アンティーク無線機の受話器を上げ、この刑務所の責任者に繋がせる。
保留ボタンを押すのを忘れるほどに混乱しているらしく、所長に繋がるまでにその混乱がよく聞こえてきた。
「所長か? 新鮮組の沖田だがサイレンを止めさせろ、脱獄囚は私の目の前に居る。
…捕まえたかだと? ああ確保した。この西郷との戦闘で死傷者は?…わかった…手助けは不要だ。サイレンを止めて通常業務に戻るように部下に指示してくれ…お前の質問に答えるほど暇ではない、切るぞ」
数十秒後、やっと脱獄を伝えるサイレンが鳴り止んだ。西郷流星はサイレンなんて関係ないとばかりに冷蔵庫からコーラを取り出し、栓を歯で開けて飲んでいる。目の前に栓抜きが有るにも拘らず。
「クアあ、コーラはペプシだよね、やっぱり」
「…一言、参加すると云ってくれれば、すぐにでも出したんだがな?」
「あなたのケータイ知らなくてさ、電話もないし…それよりも総治さん、あなた、あたしにあの質問してないわよね?」
幼く温和な彼女の言葉に、私は覚えがなかった。
彼女から私に質問すべきことならば思いつくが、彼女のことは資料で読み込んでいるのだが。
「あたしがフリーかどうかよ。彼氏とか、気にならない?」
「いや、別に」
「…ああ、もう、そういう…総治さんって彼女居ないでしょ? あたしはお断りだもん」
いきなりこの女は何を云い出すのか、そもそもサイボーグ手術の際に生殖器も取り外した私には性別すら無意味なんだが。
「総治さんが訊かないから答えちゃうけど、あたし彼氏募集中…後継者も欲しいし、結婚を前提に、ってヤツね。あと強い人限定」
「…それなら、最初から私は既に候補落ちですがね」
弾丸を跳ね返されて負けたことを持ち出し、その言葉に彼女は抑えもせずに笑った。
「そうだね、そうじゃなきゃ…ああ、そうだ、沖田さん、火星で行方不明になった子供の行方とか、知らない?」
「…いえ、知りませんが、なぜ?」
「ちょっとうちの馬鹿親父がさ、生まれたてのあたしの弟を賭け事に使って、しかも負けてさ」
「…何年前ですか?」
「十九年前。奴隷市に流れたまでは突き止めたんだけど、そのあとがよく判らなくて。そのあとはよくわからなくってさ」
とある可能性が脳をよぎる。
私の第六感はそれが事実だと確信しているが、私はサイボーグだ。
そんな非科学的なことがあるわけがない、確率的にも現実的にも。
「知りませんね、申し訳ありませんが」
「まあ、そりゃそうだよね、ありがとね」
そんな直感を押さえ込むようにして、私はこの西郷流星という女に期待を寄せていた。
刀が無くともいつでも入獄でき、いつでも脱獄できる火星育ちの女ならば間違いない、組長の勅令には応えることができそうだ。
NEXT SAMURAI 松崎仁