エピローグ:後の祭り
〔西郷流星〕
重三さんとの戦いの折、彼からなんで戦っているかを聞いた。
宇宙に居るテロリストたち、彼らの住む梁山泊と名付けたプルトニウムを豊富に含む衛星、その核分裂のエネルギーを利用して彼ら百八人のテロリストが企む地球崩壊のシナリオ。
あたしには関係ない、そうやって火星に帰ってもよかったのかもしれない。
「だから、一億受け取ってください。霞心居士」
その日の夜が明けた頃には、もうあたしも霞心居士さんも傷の処置を終えていた。
とはいっても大きな怪我のなかったあたしと比べ、凶華さんにやられた傷やら、弾牙くんに鏡の上から叩き落された落下した衝撃やらで意識はあっても喋れる状況ではないらしいが。
「管理するだけでいいから。息子さんを生かすために使って…もう、あの子にはあなたしかいないから」
「……」
――結局、凶華さんは助からなかった。
さっき撮影担当の忍者さんたちに聞いた話だと、弾牙くんの鏡像を狙撃した時点で、エタノールと霞心居士さんのウイルスの影響で呼吸が止まっていたらしい。
「情けを受けんぞ、俺を誰だと思ってやがる! 俺は! 俺は! 俺はァアアア!」
叫んでいるのは、仁さんと戦っていた霞心居士さんが洗脳したニセモノくん。さっきビデオで見たとおりのテンションだ。
「ちょっと黙っててよ、ニセモノさん」
「俺はニセモノじゃねえ、俺は本物の…名前は思い出せないが、とにかく俺が本物だ!」
かなり支離滅裂だが、それだけ霞心居士さんの洗脳の威力の方が本物ということだろう。
「俺の忍術はウイルスだ! 脳内に腫瘍を作り、それで洗脳する」
「知ってるけど?」
「それだけじゃない! 俺は洗脳したコピーたちと脳内に腫瘍を共有することで、量子リンクによって簡単なテレパシーも使える」
もう疑う理由も別にないが、本当に霞心居士さんの忍術ってなんでもアリだ。
量子リンクというと幽鬼さんの無想剣と同じ理論だが、火星の最新コンピューターでもできないことをやってのけるのが日本の剣士らしい。
「だが、そこに寝ている男は俺じゃない、いや、俺じゃなくなったそいつには脳内に腫瘍を感じ取れないからな!」
「あー、はいはい、そうなんですか、そこのは…ん?」
聞き流そうとしたが、それはどういう意味なんだろう。
このニセモノくんにしてみれば、今あたしを騙すメリットなんて何もないし、かといってこんな勘違いをしているわけもない。
妙な疑問が絶えない。なぜ霞心居士さんは最後の最後で凶華さんを庇ったのか? 今はなぜ霞心居士さんの頭の中に腫瘍がないのか?
わからないままベッドに横たわる霞心居士さんを見れば、あたしの一撃で見事に変形した頭部が目に入った。
なんというか、完全に頭蓋骨までダメージが行き、下手したら“脳まで”ダメージを受けて、“もしかしたら”、“中身”が出るほどのダメージだったのかもしれない。
「…ま、いいか、そんなこと」
凶華さんや霞心居士さんの過去に何かあったのだろうが、どうだっていい。
「それじゃあ、あたし、行きますから」
「ん? どこに行くつもりだ?」
ニセモノくんが質問したので、あたしはテレビを点けた。
今、ほとんど全てのテレビ局はその放送をやっており、その中から目当てのシーンを探し出した。
〔おーっと! 雑賀凶華の凶弾が、飯篠土輔の頭を打ち抜いたァアアア!〕
「…これがなんだ?」
「別に? ただ“コロッセオ闘士である凶華さん”が、コロッセオ闘士である土輔さんを倒しているだけですよ?」
あたしはよくわかっていないニセモノくんをよそに、あたしは病室の窓から飛び出していた。
ソーラーパネルが引き詰められた屋根を伝って、摩天楼の中でも飛びぬけて高いタワーを目指していた。
閉鎖してあるはずの第八東京タワーの屋上には、既に集まった忍者さんや新鮮組の人たち合わせて六人、そして七台の火屯鉞刃バリヤーが搭載された宇宙バイクが有った。。
その中から、弾牙くんが付けたばかりのサイボーグの四肢であたしの方に走ってきた。
…そう、弾牙くんは生きていた。というか、甲賀の猿飛さんも生きていたし、実は忍者側は死者は出なかった。
「お姉さんもやっぱり来たんだ、嬉しいな! またお姉さんと戦えるんだ!」
「…分かってるとは思うけど…今回は仲間よ? 弾牙くん?」
残念そうに舌打ちをする弾牙くん。またあたしと戦う気だったっぽい。
「じゃあ、いいや! 絶対…お姉さんは守るからさ! 終わったら戦おうよ! 次は僕が勝つからさ!」
これは言い換えると、火星では何度も云われていた“お前を殺すのは俺だけだ”だけなのだが、弾牙くんが云うと趣が違う。
「お姉さんは…絶対に死なせないから、さ…この腕と足に掛けて、さ」
そのときになって、あたしは気が付いた。
彼が付けているのはサイボーグパーツの動きには、見覚えがあることを。
「…それ、って…?」
「え? ああ…時間がなかったし…松崎さんって人のを貰ったんだ」
「それ、だけ…?」
嬉しそうだった。新しい髪形に気が付かれた女のように。
「うん! 手足との神経を繋ぐために松崎さんの脳も欲しかったけど、霞心のおじさんがダメにしちゃっててからさ! それは幽鬼さんと蝙也さんのを貰ったんだ!」
サイボーグは鉄の部品が多いが、それと脳神経を繋ぐために培養した人口神経を使う…のだが、その代用として使える二人の脳神経も凄まじいが、そんな部品で既に動ける弾牙くんも、かなり人外だ。
そんな弾牙くんと同格として扱われているのが、今タワーの上に集まっている面々、というわけか。
勢ぞろいし、それぞれが顔を見合わせてから姿勢を正す。
「伊賀、隠衆、百地弾牙」
「伊賀、隠衆頭目、二百二十二代服部半蔵が一人娘、次代服部半蔵」
「甲賀、万衆が中忍、杉谷全銃坊」
「根来が紀伊組頭領、一十一人居士、刀心居士」
「根来が紀伊組頭領、一十一人居士、夏心居士」
「コロッセオ闘士、西郷流星」
初対面の忍者さんたちが多いが、根来の二人はやっぱり仮面を付けているし、甲賀の人は大きくて筋肉質、伊賀の選抜メンバーは未成年。
「さて…甲賀は丸橋殺害でマシンは一台、伊賀が愛宕橋と伊藤殺害で二台、根来が松崎と雑賀殺害で二台、でコロッセオ闘士も飯篠を殺しやがったから…一台、殺した雑賀も死亡しているのでマシンの使用権利は他の闘士に引きこしだ」
このアイデアは、新鮮組頭領の火門さんの発案で、試合が終わってから、検査を受けるあたしのところに直接そう伝えに来てくれた。
だから、あたしは梁山泊まで行く。どうして行くのかは…。
「用意してたバイクは七台、行く忍者は五人でコロッセオ闘士がひとり、余ったマシンは俺が使う」
この場を仕切っているのは新鮮組の近藤さん、構成員の中でも偉い人らしい。
シルエットも沖田さんや松崎さんと違ってロボット的で、両足は関節が四つあるチーターのようなもの、大きすぎる左腕は人工皮膚もなく、手作りラジオやダンボールパソコンのようにコイルや電子基盤を堂々と晒している。
「…口惜しい、このような任務でなければ、今この場でお前を殺せるというのに…」
「別に嫌ならかまわんが、俺の“コテツ”が無くて困るのはお前たちだ」
この一言に、露骨に忍者さんたちは反論を諦めた。
夏心居士さんという人も国家公務員らしく極道を嫌ってるようだけど、当の近藤さんは気にもしていない。
国防戦力である根来忍者にとっては、これから倒しに行く中国テロリストだろうと極道だろうと、国家を脅かす存在には変わりないのだから。
「…なっちゃん。邪魔ならそのときに消せばいいじゃん。今はそれよりも早く宇宙に出ようぜ…なあ、お前ら!」
空が割れた。青空と白い雲を裂いて黒装束の忍者が、凧やらパラシュートやらでばらばらと落ちてきた。
東京タワーの支柱にも形状記憶超硬合金の鏡やら迷彩柄のマントで隠れていたらしく、数十秒後にはこぼれそうな人数の忍者。
さっきまでどうやって隠れていたのか、もう当人たちにも分かっていないんじゃなかろうか。
「本当にこれで宇宙まで行けるのか?」
「マスドライバーが使える月や火星と違って、地球から宇宙に出るならこれが一番ですよ、なあ、皆の衆っ」
甲賀の…名前は覚えていないが、とにかく甲賀代表の人だ。
彼の号令に従って、ひとりの伊賀忍者が甲賀忍者の肩に乗り、その上に根来が乗る。
肩車ではない、直立不動の姿勢で中国雑技団のように飛び乗り、そのまた上に、と連続して登っていく。
三派の忍者は同じ人数ではないので、最も数の少ない根来は最初に切れて、そのあとは伊賀と甲賀が交互、最後は人数の多い甲賀だけでタワーを構成する。
「…正気か、これ?」
一番下になっている忍者さんは、数万人という人数を肩で支えてるとは思えないほど表情は冷ややか。
しかし、彼がさらに足場にしているタワーの支柱は煎餅のようにあっけなく亀裂が入っている。
「これ…下の忍者さんって、重力操作とかできる忍者さんなの…?」
「他の流派はわかりませんが…少なくとも甲賀で下を形成する皆さんはそんな小細工は使っていないはずですよ、西郷さん」
あたしの質問に、あっさりと甲賀代表の人は云いきった。
「耐えしのび、刃を下から心を用いて支えるのが我ら忍者、同じ忍者を支えられずに何が国防戦力か、同情も賞賛も遠慮も、私たちには不要」
つまるところ、根性とか気合で支えているらしい。
「じゃあ、遠慮なく行こうぜ。お前ら」
近藤さんの号令に続き、全員が宇宙服なんて着るわけも無く、酸素ボンベだけで宇宙バイクに跨ってアクセルを捻る。
宇宙バイクは真空かつ道がなくとも走れる宇宙生活での必需品。
原理的には、タイヤが高速回転することでタイヤ表面に重力子を生成し、重力子が放つ斥力によって目的の方向へと加速・移動することができる。
重力の車輪が回り、跳躍台もなくあたしたちのバイクはバッタのように跳ねた。
忍者さんたちは怯えることもなく、背中であたしたち七人のバイクを受け止め、文字通り忍者さんたちが身を挺して作ってくれた九十度の絶壁タワーを登っていく。
「すまん、背を借りるぞ。皆の衆」
『姫はお気になさらずにッ、これが我らの誇りゆえッ』
弾牙くんじゃない方の伊賀代表の女の子は、申し訳なさそうにしながらもアクセルを緩めることはしない。
「さあ、皆の衆。人類のためにテロリストたちを虐殺と行こうッ」
夏心か刀心かは分からないが、根来の人がそう云った。
あの人も霞心居士さんと同じように、根来らしく洗脳をしているのかもしれないが、とにかくあたしの心は宇宙が近づくごとに戦いへの高揚が増していった。
大地が遠のき、それに伴い宇宙が近づいていく。
結局、あたしは蝙也さんのように戦いのためだけに戦えず、幽鬼さんのように命を守るだけに戦えないし、弾牙くんのように何も持たずに戦えないし、凶華さんのように護るものもない。
だが、それでも戦わないという選択もできそうもない。
「…止まれないんだな、あたしって」
「ん? なに? お姉さん?」
「あたしって、前に進むしかできないんだな、って思っただけよ! 弾牙くん!」
そのときだった。
視界の隅に、宇宙からいくつかの影が落ちてくるのを捉えたのは。
「その通り、キミたちは止まることもできないさ! これから地球へ落ちていくだけだからね!」
胡散臭い坊主を先頭に、都合三名。
「天の間に浮く雲へと住まう入雲竜、公孫勝」
「地においてもまた然り、混世魔王、樊瑞」
「地に魁る神機軍師、朱武」
宇宙バイクもなく、宇宙服もなく、酸素ボンベも無く、布の服だけで突撃してくるそいつらは、梁山泊に住まう百八人のテロリストのメンバーたちだ。
それは何かの忍術か、それともミュータントの特異体質なんだろうか。
「いいえ、もちろん仙術です」
七人の宇宙バイクに、素手で殴りこみを掛けてきた三人に忍者さんたちも殺る気満々だ。
「さあ、張り切って行こうか!」
無重力でもすることは変わらない、人間はどこに行っても人間だ。
NEXT STAGE 宇宙
選抜七人
生存・刀心居士(根来)
生存・夏心居士(根来)
生存・杉谷全銃坊(甲賀)
生存・西郷 流星(山至示現流)
生存・服部 半蔵(伊賀)
生存・百地 弾牙(伊賀)
百八人のテロリスト
生存×百八人




