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 第14話 終わりの祭り

【84g】


 人が死んだら星になると云いはするが、その日の空は飯篠も松崎も丸橋も蝙也も幽鬼も、誰一人居ないような真っ黒な曇天だった。

 重三の忍術によって町ひとつが停電する中、非常灯の赤い光だけが照らし出していた。

 コロッセオ闘士たちは数多の戦いの末、生き残っているのは女がふたり。だがその内のひとり、凶華は根来の霞心居士によって足腰を立たなくさせられている。

 忍者は三人とも生存しているが、その内ふたりは流星によって戦闘不能にまで追いやられ、残っているのは伊賀一人。



 「火星御留流山至示現流皆伝、西郷流星」

 「国家安全特務部隊伊賀派隠衆、百地弾牙」


 十の病棟が規則正しく乱立しているこのカオスな大病院の第一病棟屋上。

 互いに手の内は知り尽くし、弾牙の主武器である形状記憶超硬合金のホイルはほとんど使い果たし、流星の超々硬合金で出来た愛刀、蛮一文字も重三との戦いで刃の長さは半分以下。

 体力もすり減らし、既に負荷は限界を超え、肉体は万全とは程遠い状態にまで追い詰められている、だからこそ決着時。

 「…実は…同じ相手と二回戦うの、初めてなんだよね」

 「へえ、なんで?」

 「なんでっ…普通、戦った相手って殺すじゃない…お姉さん」

 「なるほどね、さすが弾牙くん」

 隣の第二病棟の大時計が、二十三時四十分を回った。

 その戦いを、今回派遣されていた収録担当の忍者たちは多角的に収録していく。

 集音マイクでは拾えない、音のない魂の咆哮を世界に響き渡らせながらふたりが走る。

 先に仕掛けたのは、弾牙。

 右腕の包帯を噛み切ってほどいて鮮血を散らせて流星に目潰しを掛ける。だが流星は構わず突撃、避けもしない。



 ――鏡使いの弾牙くん相手に視力があっても、撹乱されるだけ――

 ――うん、お姉さんならそうすると思ってたよ。なんとなく――



 声もない交流に続き、今度は流星の喉を引ききるような雄叫び、猿叫。

 それと同時に流星は愛刀、蛮一文字をブーメランのように弾牙へと投げ放った。

 もちろん弾牙がこんなアドリブ技を受ける道理はなく、安々と跳んで避けるが、その先、延長線上には非常灯があった。



 ――お姉さん、スゴイね――

 ――目潰ししたいなら、あたしがやってあげる――



 屋上から明かりが消えると同時に灯った二筋の光、火屯鉞刃の光。

 弾牙が構えているのは、先ほど幽鬼から奪い取ったサムライソード型の火屯鉞刃。

 流星が構えているのは、蝙也が弾牙に斬り殺されたときに持っていた同じくサムライソード型の火屯鉞刃。

 互いに己の武器を使い果たし、最後に頼るのは何の変哲もない火屯鉞刃。多少のカスタマイズはあるだろうがその性能に大差なし。

 振り下ろすしか技のない示現流で、超速剣術を誇っていた蝙也以上の剣力を有する弾牙をいかにして切り捨てるのか。


 ――そりゃ、振り下ろすよ――


 大上段。大きく振りかぶって火屯鉞刃で一刀両断の構えだが、この構えは超重量と超遠心力を生む蛮一文字だからこそ有効な戦術。

 だが、光の刃を発生させる火屯鉞刃ならば、どんな切り方をしても破壊力は変わらない。それが判っていても流星にできる技はひとつしかない。振り下ろし。示現流の訓練方にして奥義、蜻蛉のみ。

 「…僕が…剣の射程に入ったところで…振り下ろすってことだよね」

 「ええ、そうね。あなたなら、あたしが振り下ろすより早くあたしを殺せるかもしれないし、殺せないかもしれない」

 この泥覧試合も、残り時間は少ない。本日の二十四時、それがタイムリミットだ。

 弾牙が斬りかからなければ、このまま時間切れで命の取り合いも発生せず、ふたりとも死なずに済むが…弾牙には命を惜しむ理由はなく、もちろん火屯鉞刃を構える。

 「僕、お姉さんのこと…好きだったよ」

 「あたしも別に嫌いじゃないわ、キミのこと」

 互いの神経が集中する一点、その一瞬の機先を制した方が勝つ。これまでの長いとはいえない人生を一瞬に練りこんでいく。

 そして互いに、全く同じタイミングで息を吐き…銃声が響いた。

 隣の病棟から降り注いだ弾丸は、十二時間ほど前の真田獣勇士の少女たちと同じように弾牙の額を貫いていた。

 「…凶華さんっ!」

 ウイルスとエタノールの毒素に侵されながらも意識を保つことすら困難なコンディション、科学的には動けるはずもない肉体を魂が動かしていた。

 子の治療費を稼ごうとする母の信念が、学者たちがベッドの中で思いついたような科学の常識程度に屈するわけがないのは周知の事実。

 「これで…あたしの生存の五千万円と…ボーナス…一億ッ…ッ!」

 「凶華…さん」

 「…おばさん…限界だったんだね」

 頭を打ちぬかれたはずの弾牙は、平然と喋っていた。

 血の一滴も流れ出さず、もちろん骨も砕けない…当たり前だ。鏡に写った弾牙お得意の目くらましなのだから。

 「…ぼくの術を見分けられないなんて…本当に、限界だったんだね、根来のおばさん」

 弾牙は残り少ないホイルを隣の第二病棟の屋上まで投げつける、それはちょうど虹のように歪みのない真っすぐな橋、その橋には星ひとつない空が写りこんで真っ黒になっている。

 「じゃあ…おばさんから殺すよ?」

 弾牙は水平に張ったその橋に飛び乗り、スキーかスノーボードでそうするような、足の裏を橋から離さずない妙な歩き方で進んでいく。

 その足の裏を鏡面から離さない独特の歩き方は、二十世紀のマイケル・ジャクソンがやっていたムーン・ウォークに似ていて、スピードもその程度。

 反射的に流星も追っていこうと橋に飛び乗ったが、即座に元居た第一病棟屋上へと戻った。

 「…形状記憶超硬合金、だったよね、これは…」

 火星原産のナノマテリアル、形状記憶超硬合金、オーバータングステン・マルテンサイト。

 鏡のような形状から推測されるとおり、硬化した状態では摩擦力がなくなり、火星では溶けないスケートリンクとして使用されているほど。

 それを弾牙は早くはないが、入院患者用の擦り切れたスリッパで前進していく。

 「待って! ねえ! 弾牙くん、キミの相手はあたしでしょ!」

 何かが、何かが流星の中で叫んでいる。

 火星では、誰もが命を道具のひとつにしか見ていなかったし、それが自然であり、科学的で建設的発想だった。

 科学で自然を語るならば、最初の生命は太陽にも祝福されず、三千度の高温の中で生まれた。

 科学で自然を語るならば、すべての生物には利己的な遺伝子というものの器である。

 科学で自然を語るならば、弱者は淘汰されるのが義務である。

 科学で自然を語るならば、この銀河には、悲しんだり痛がったりする星は存在しない。

 科学で自然を語るならば、他人が他人を殺しても何のデメリットもない。

 それが科学によって自然を作り出した火星の思想、それが流星の思考だった。

 「う、あああああああっッ」

 流星は、自身でも理由がわからないまま、火屯鉞刃で橋を切り落としていた。

 別に凶華が殺されようと、弾牙の手が血で染まろうと、火星的に考えれば何の問題もないはずなのに。

 流星は、いつの間にか、誰かを守ろうとする地球的発想を得るにいたっていた。

 端が落ちた橋が落ちる。ブランコのように片側だけに支えられて鏡張りの橋は鏡張りの梯子になる。

 だが、それでも気にも留めずに弾牙は例のムーンウォークで駆け上っていく。

 「待ってッ! 止まってッ! 弾牙くんっ!」

 「…ヤだ♪」

 いつもどおりの子供っぽい笑顔だった。

 もう伊藤幽鬼のように助けてくれそうなコロッセオ闘士は居ない。

 というか、もうコロッセオ闘士は流星と凶華しか残っていないし、凶華も息子のためならいざしらず、自分の身を守るために立ち上がれるような状態ではない。

 「…止まれ、小僧ッ!」

 そんな状況でも、鏡の梯子の上に浮かび上がったひとつの壁、ズタボロのマスクにズタボロの身体を引きずり、現れたのは一人の男。

 「…なんで?」

 「小僧! 俺の女に手を出すたァ、どういう了見だ、ゴルァッ!」

 ウイルスで尖らせた皮膚をスパイクにし、霞心居士は九十度の鏡梯子に立ちはだかる。

 「…光輝…?」

 「頑張れよ、凶華。お前は…俺以外に殺されることは許さんぞ」

 霞心居士こと明智光輝は、改造人間である。

 悪の秘密結社、根来への絶対忠誠を誓うために自身のウイルス操作能力によって自らを洗脳。

 その洗脳は植物状態となった我が子を見捨て、それを守ろうとする妻の命を奪うほどに自身を根来へと心酔させた。

 しかし、西郷の攻撃によって頭蓋骨及び脳に深いダメージを負ったことで、一時的に本来の人格を取り戻したのだ。

 「二重人格ツンデレオヤジ、デレとなってここに見参ッ! さあ、弾牙ァ! インフルエンザで寝込んでなッ!」

 戦いは上を取った方が圧倒的な有利となる。

 霞心居士は全身の包帯を解き、下から走ってくる弾牙に向けてウイルスで汚染された血液を雨のように滴らせる。

 「…違う、霞心居士さんッ! そっちじゃない!」

 落下した血液を浴びたのは、例によって例の如く、鏡像に写りこんだ弾牙。

 鏡像がウイルスを浴びても掛かるわけがない。

 「…ダメだよ、霞心のおじさん…普通に戻ったおじさんじゃ…ウイルスは使いこなせない」

 「…だよな」

 戦いは上を取った方が圧倒的有利となる。

 鏡写し、弾牙は下にいるんじゃない。既に霞心居士の背後に登っている。

 「霞心のおじさんには…触らないよ」

 弾牙は火屯鉞刃を一閃し、鏡梯子の下部分を切り落とす。霞心居士のしがみついている部分を丸ごと。

 もちろん、足場ごと切り落とされたはいくら霞心居士でも落ちていくしかない。

 「…何しに来たの、おじさん」

 「あたしにキミの居場所を教えるためよ!」

 火屯鉞刃を振るう映像は鏡で作れても、映像では梯子を切り落とすなんて出来るわけがない。

 つまるところ、今、霞心居士を叩き落した弾牙は、流星の瞳に連続で写っている限り本物ということになる。

 流星は既に先ほど投げた蛮一文字を拾い上げてハンマー投げのように振り回している。

 廻る廻る廻り、そして蓄積されたエネルギーはあるタイミングで開放され、再び蛮一文字はブーメランとなり、圧倒的なスピードで弾牙へと向かう。

 「…音速…超えてないよ、それ」

 弾牙はその攻撃の弾道を見切り、鏡面を蹴ってたった一本残っている腕で器用に身体を支える。

 蛮一文字は、一瞬前まで弾牙が居た空間に轟音を立てながら突き刺さった。

 「ハズレたよ、お姉さ…」

 視線を第一病棟の屋上に戻したとき、視線を戻したこと自体が失敗であったことを弾牙は悟った。

 いない。流星がいない。さっきまでは刀を投げたはずの流星が居ない。



 ――…刀を投げたんじゃなくて…!――

 ――そ、踏ん張ってた足を離したの――



 弾牙が視線を戻したときには、鏡面に突き刺さった蛮一文字を足場にした流星が、猿のような奇声を上げながら火屯鉞刃を既に振り切り、残った腕を切り落とした。



 ――さすが、お姉さん…!――

 ――そんなに楽しそうにしないでよ――



 両腕を失いながらも、弾牙は両足だけで鏡面に張り付くが、その両足も流星の返す刃でバッサリと切断された。

 「…また戦おうねっ! お姉さん!」

 落下していく彼の表情には、恐怖も絶望もない。

 この高さから四肢がない状態で落ちても助かる自信があるのか、それとも自分の命にすら興味がないからなのか。

 「…あたし…」

 先ほどの流星の技は、技というより曲芸に近い。

 ハンマーのように振り回された蛮一文字には、ひとつ気を抜けば流星の小さな身体なんて容易く吹き飛ばすほどの遠心力が蓄積されていた。

 だから、流星は吹き飛ばされたのだ。

 異常なまでの足の力を瞬間的に解除し、刀と一緒に自分も飛んで行った。

 そして、当然のように刀だけが飛んできたと判断した弾牙は、次に何を投げてくるかを知るために屋上に視線を戻し、その隙に下から流星の一撃を受けた、というわけだ。




 第二病棟の時計がこの長かった一日の終了を零時を以って知らせた。




 NEXT STAGE 第八東京タワー


 一対三


選抜七人

死亡・愛宕橋 蝙也(我流)

死亡・飯篠 土輔(天真正伝香取神道流)

死亡・伊藤 幽鬼(一刀流)

死亡・松崎 仁(人造理心流)

生存・西郷 流星(山至示現流)

死亡・雑賀 凶華(雑賀流炮術)

死亡・丸橋 獣市郎(宝蔵院流槍術)


忍者三派選抜

生存・霞心居士(根来)

生存・猿飛 重三(甲賀)

生存・百地 弾牙(伊賀)


現在の賞金:一億÷一=一億

現在時刻:零時零分

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