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 第13話 血祭り

【84g】


 病院に併設された専用の大型駐車場。多くの観衆の前で戦いは手詰まりを起こしていた。

 弾牙は鏡に隠れつつナイフや劇薬を投げ、院内で入手した医療用火屯鉞刃で斬りかかっているが、それらの攻撃はことごとく幽鬼には通じない。

 恐るべきは伊藤幽鬼の夢想剣、攻撃を察知して火屯鉞刃で防ぎ、防げないものはその場から退避する。

 かといって幽鬼も決め手に欠ける、鏡に隠れて動き続けるという弾牙のスタンスもあるが、幽鬼には相手を殺すつもりがないのだからこういうことになる。。

 「弾牙さん、もう下がってはくれませんか? あなたの技では私の夢想剣を突破できません」

 「…そうかな」

 「あなたも猿飛さんのように、戦わなくてはいけない理由が有るのでしょうが…お願いします、諦めてください」

 「…理由? 理由って?」

 張り巡らされた鏡の中で、心底不思議そうに彼は呟いた。それに対し、幽鬼は昼頃に重三に聞いた話を思い出していた。

 「…テロリストを倒しに行く…という話を猿飛さんから伺ったのですが?」

 「ああ、そういう話も聞いたけど…お姉さんは、自分が死ぬ理由を教えてもらわないとイヤ?」

 喋りながらも機械的にナイフを投げつけ続けるが、幽鬼は振り向きもせずに火屯鉞刃で叩き落す。

 「理由があろうとなかろうと…人を傷つけていい道理がないでしょうッ!」

 「なんで?」

 そのとき、テレビ局の車が到着し、撮影を始めた。

 戦いを見世物にしようとする姿勢に幽鬼は相変わらず苛立ちを感じたが、今はそんな場合でもない。

 夢想剣で攻撃の位置は察知できるが、攻撃の密度が高すぎる、集中を削ぐわけにはいかない。

 「命は尊いものだからです!」

 「…? 尊いって…難しい言葉、わからないんだ」

 そんな問答をしながらも続く連続攻撃を、幽鬼はやはり問答をしながら受けきっている。

 幽鬼は知っている。最も恐ろしい殺人者とは、殺人に対して興奮を持つ異常者でも、殺人に対して苦痛を持つ正常者でもない。

 自他問わず命に無関心でありながら、それでも殺戮を職業とする人形。弾牙のような人外だ。

 「では、あなたはなぜ戦うのですか」

 「…戦わないで、なにをするの?」

 弾牙は他者を祝福することはない、生まれたときですら祝福されたことがないから。

 親に捨てられたことを不幸に思うこともない、最初から一秒でも愛を感じたことがないから。

 標的の首を素手で絞め殺すときも何も感じない、ペットボトルを踏み潰すようにただそういうものだから潰すだけ。

 弾牙はこれまで十九年、情熱を持つことなく惰性だけで生きてきた。他人も惰性で生きているだけだと信じたまま。

 「違う…あなたは…もっとッ、人の温かさを知るべきです」

 「…なんで?」

 「あたなの鼓動は冷たすぎる、人はもっと熱くなれる生き物です」

 その言葉の意味も、弾牙には理解できない、生まれつき暖かいという感覚を知らない。

 火星で産み落とされ、冬の便所のように寒い真空宇宙を漂い―なぜそこで死んでいたかは分からないが―忍者の斬殺死体で暖を取り生き延びた…冷たいと感じる風もないままに。

 「…じゃあ、さ、暖かくしてあげるよ」

 病的な青年が何をするつもりか、夢想剣で悟った幽鬼はその脅威から逃れるべく大きく前方に跳躍する。

 その場を離れて一拍置いてから周囲の救急車が爆発したが、幽鬼も弾牙も平然としている。

 態度を変えたのは観戦している命知らずの野次馬たちだけ…彼らも親から自分の命を暖める方法を教わらないまま大人になり、他人の命のやりとりでしか熱くなれない廃人たちだ。

 「冷たい、あなたの攻撃には血と誇りがないッ!」

 果敢に叫ぶ幽鬼に、鏡像の中の弾牙は変わらず無表情に凶器を投げる。

 どうやら手元の形状記憶超硬合金のホイルが少なくなってきたらしく、駐車してある窓ガラスや空き缶を潰して作ったインスタント手裏剣が増えてきた。

 空き缶を縦に潰してから横に裂く、慣れると空き缶一つから二十秒くらいで二つ作れる。

 「心や命を挫くことが、なぜ罪ではないと云うのですッ!」

 鏡に隠れて見えないが、観衆がざわめいた。

 観衆たちが感銘を受けようがなんだろうが、幽鬼には今はどうだっていい。今は弾牙を何とかしなければ。

 今、救えなければ、彼は戻れなくなってしまう。そんな確信めいた焦燥があった。

 「へえ…じゃあ、あなたには…心が…あるんだ」

 「あなたにだって心はあります、誰にでもッ…痛みを感じる心があるのなら!」

 「腕が落ちたときは…痛かったよ?」

 「なら、なぜその痛みが皆にあると…信じられないのですかッ! それが分からないなら…あなたはいつまでも人にはなれませんっ」

 全天に発生する破壊の気配を夢想剣によって察知し、幽鬼は身を伏せた。

 何度目かの自動車の爆破によって黒煙が上がり、それは煙幕のように周辺を包み込んでいき、視界は悪くなっているが、量子レベルで攻撃を探知する夢想剣を使える幽鬼にとってはなんの問題もない。

 目に煙が入らないように目を瞑り、ただ神経を研ぎ澄ます。

 「弾牙さん、人には命がある、命には力がある、その力を感じられないならば、あなたは…ッ!」

 返答はないが、その位置だけは感じ取れる。

 弾牙に意識がある限り、脳内では攻撃のための量子転移が行われる。

 夢想剣はその量子レベルでのゆらぎを捉えて回避行動を取れる、眼が見えなかろうがなんだろうが関係ない。

 そして、当然のように弾牙が何か投げつけたことを察し、幽鬼は叩き落すべく刃を振るった。

 光の刃は手触りもなくそれを断ち切ったが、同時に幽鬼の全身に何かの液体がこびりついた。その臭いは――血だ。

 「…えッ?」

 閉じていた目を開けてみれば、幽鬼は全身に大量の血液を浴びていた。

 自分の血ではない、怪我なんてしているわけがない、だが“自分の血ではないとしたら”、“今切り捨てたものはなんなのか”。

 先ほど弾牙が投げつけた“もの”の正体に幽鬼は口内の乾きや悪寒を感じていた。斬ってしまった、殺ってしまったと。

 「そ…んな、そんなつもりじゃ…」

 奥歯が鳴るのを止められない、自分の鼓動がうるさい、身体の震えが止まらない、足に力が入らない。

 状況ゆえに殺しても幽鬼の過失ではないし、罪もペナルティもない。それでも幽鬼は動揺していた。

 そんな最悪のコンディションでも、幽鬼の脳内量子センサー=無想剣は、弾牙の攻撃を探知した。前方からの火屯鉞刃のメスによる一撃。大丈夫、防げる、震えを押さえ込んで振り上げ…メスは幽鬼の両肩に正確に突き刺さった。

 「…あれ?」

 防げたはずだった。両腕さえあれば。

 「気付かなかったの? お姉さんの手、もうないよ?」

 見れば、幽鬼の白い手首はもうコンクリートの上に咲くように放り出されている。

 人を斬ったという衝撃は、ほんの一瞬、幽鬼から夢想剣を操る集中力を奪い、その隙を逃さずに弾牙の火屯鉞刃はその両腕を切断し、そのことにすら幽鬼は気が付いていなかった。

 「言い残すこと、ある?」

 いくら攻撃が察知できても、単純な攻撃速度、バリエーション、手数、どれを取っても弾牙の方が圧倒的に上。

 手首と剣を失い、幽鬼に相対する手段は残されていない。

 「…あなたに…本当の幸せが訪れる日を祈っています」

 「…覚えとくね」

 両腕と戦意を失った女の胸を切り開くのは、弾牙にとっては大根を切るよりも簡単だった。

 「…お姉さん、血には力があるんだね」

 弾牙は、さきほど自分が投げつけたもの――自分が使っていた輸血用パックを拾い上げた。

 もしも幽鬼が他のコロッセオ闘士のように生身の人間を斬り殺したことがあれば、見えなくともその違いには気が付き、なんということはなかったはずだ。

 もっとも、並のコロッセオ闘士の中には他人を切り殺しても自分を見失うような奴は居ないが。

 「…あと…ふたり」

 弾牙は、そのときになってやっと視線に気が付いた。

 幽鬼の死を騒ぎ立てるギャラリーではない、病院の屋上に立ち尽くす流星が、重三を場外ホームランで叩き飛ばしている光景だった。


 NEXT STAGE 屋上

 二対三


選抜七人

死亡・愛宕橋 蝙也(我流)

死亡・飯篠 土輔(天真正伝香取神道流)

死亡・伊藤 幽鬼(一刀流)

死亡・松崎 仁(人造理心流)

生存・西郷 流星(山至示現流)

生存・雑賀 凶華(雑賀流炮術)

死亡・丸橋 獣市郎(宝蔵院流槍術)


忍者三派選抜

生存・霞心居士(根来)

生存・猿飛 重三(甲賀)

生存・百地 弾牙(伊賀)


現在の賞金:一億÷二=五千万

現在時刻:二十二時二分


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