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 第11話 真昼祭り

【84g】



 猿飛重三は太陽に誘われて、体と心に重さを感じつつも眼を覚ました。

 眠る前、丸橋獣市郎に折られた骨は自らの手で、麻酔なしで切開、樹脂リベットで接合し縫合、破裂した眼球や内臓はボルタレンで痛みを止めて放置。

 そして、衰弱した体力を取り戻すために馬肉を喰ってからひたすらに眠る…そう、眠っていた。処置をしてから今まで…東に有った太陽が真上に来るまで。

 「…左足は…やはり無理か」

 完全骨折ならば繋ぎ合わせれば動きはする。だが不完全骨折の類はそうもいかない。

 全体的に脆くなっており、リベットやボルトを打ち込めばそこから割れることも有り、満足な補修はできない。

 だが、それでも重三の行動には変わりはない。満身創痍、戦う準備なし、死合うには問題あり、用意は不万全、されど行かねばならないときがある。

 「…待たせたな、伊藤幽鬼」

 背後に感じる剣士の気配。

 姿は見えないが、この気配は伊藤幽鬼だ。神道巫女を髣髴とさせる小袖に袴姿の引き分け専門の女。

 ちなみに重三は獣市郎と戦ったときのまま半裸×半裸、とどのつまりの全裸で、武器は体内に隠し持った火屯鉞刃が一本だけ。

 重三も剣は使えるが、使える程度の剣力では、一刀流を修めた幽鬼には文字通り太刀打ちできない…時間を稼がなければならなかった。

 「伊藤幽鬼、ここで戦えば一般人に被害が出るやもしれん、場所を変えるわけにはいかんか?」

 その問いかけに、静かに幽鬼は姿を現した。いつもコロッセオで着ている白装束。

 「ご安心ください、私には戦う意思はありません。私はこの戦いを終わらせるために来ました」

 「…理由を聞かせてはもらえるんだろうな?」

 伊藤幽鬼が引き分け専門に戦う穏健派のコロッセオ闘士剣士であることは周知の事実。

 そのことは重三もテレビで幽鬼の試合を見て知っているし、事前に交付された資料でも裏付けている。

 だが、忍者一人を殺せば一億円という今回のボーナス報酬は、人間の生き方を簡単に変えるだけのパワーを持つ。

 真意はこの際はどうだっていい。まずは話を引き伸ばさなければならない。

 「不毛です。研鑽練磨した剣力を暴力として戦う…何の意味があるのですか、おカネになんの価値があるのです?」

 「価値とはカネに置き換えなければ客観的とはならない。自転車操業にすらなっていない日本を護るには俺たちは極道に頼るしかないのだからな」

 「どうして…救国におカネが必要なのですか?」

 眩しいほどに純粋さだった。

 美しい花を咲かせるために雑菌だらけの肥料を撒くことを疑うような、無垢すぎる瞳。

 「…仮に…日本の領空の先…静止軌道上に、天然プルトニウムを含む…いや、ほぼ百%純度のプルトニウム小惑星があるとしたら…どうだ?」

 「え?」

 「その小惑星は日本経済を救えるマネーソースだが、破壊に使えば地球だけでなく、火星や月といった人類圏を壊滅できるエネルギー…。

  それが中国のテロリストどもに占拠され、その衛星には日本政府が設置していた高出力の火屯鉞刃バリヤーが常時展開。

  その中に突入するには、同じく高出力の火屯鉞刃バリヤーを張れる宇宙バイクが必要…判るか、宇宙に行くためには極道に尻尾を振り、カネを出させる必要がある」

 「…それで…どうして私たちを殺さなければならないのです?」

 「簡単だ。伊賀・根来・甲賀、それぞれにコロッセオ闘士を殺した数だけバイクが与えられる。そういう契約になっている。

  すでに俺は丸橋を殺しているから一台は内定だが…甲賀忍者とはいえ、ひとりでテロリストを鏖殺できるかはわからん…だから、まだお前たちを殺さねばならん…!」

 「…本当…なんですか?」

 疑うだけの頭は持っているらしい。

 平和であることが当然の権利であると思い込み、他者の犠牲の上に成り立つ平和だと気付きすらしない羊よりはマシと重三は思った。

 それと同時に、重三にとっては信じようが信じまいがどうだってよかった。伊藤幽鬼を殺す準備は整っているのだから。

 「ん…? この…気配は…?」

 幽鬼も気が付いたが、すでに逃げる時間はない。

 『お待たせしました、猿飛様ッ!』

 「待っていたぞ、お前ら」

 合唱は幽鬼の頭上、電信柱からだった。

 二十一世紀からほとんど変わっていない、コンクリートでできた本体に黒い電線。鳥たちの憩いの止まり木。

 だが、今の電信柱には鳥ではなく、柿色の忍装束に身を包んだ九人の少女が蝙蝠のように吊り下がっていた。

 「舞い散る人命、咲き誇るは刃の華。甲賀忍軍、鎌乃百合(かまのゆり)

 「繰り出す拳は無限・無間の大煉獄。六道に堕ちてゆけ。甲賀忍軍、望月六花(もちづきりっか)

 「下る天罰、下す随行者。甲賀忍軍、筧十重(かけいとえ)

 「人を穿てば穴二つ、呪いを祝え。甲賀忍軍、穴山小弧(あなやまここ)

 「伊賀から甲賀へ冴え渡る才気煥発。甲賀忍軍、霧隠才那(きりがくれさや)

 「海の底には墓標あり。甲賀忍軍、三好大海(みよしひろみ)

 「海の底には情愛あり。甲賀忍軍、三好空海(みよしくうかい)

 「爆発々々、必殺々々、稲妻重力大落下。甲賀忍軍、海野陸(うみのりく)

 「この乙女、肌を合わせば謡うその歌、四面楚歌。甲賀忍軍、根津心(ねずこころ)

 『甲賀忍軍精鋭、真田獣幽士、ここに登場ッ!』

 現れた九人は柿色の忍装束と美女であるということだけは共通しているが、手にする武器や年齢はまちまち。

 それら全員、幽鬼に対して攻撃を仕掛けるべく牙を剥いている。

 「甲賀の代表は…猿飛さん、あなただったのでは?」

 「証拠は残さんさ。今、撮影に当っていた伊賀忍者のカメラは俺が静電気で壊したし…俺たち甲賀の隠蔽工作から証拠を造れるほど伊賀は汚れてはいないからな」

 重三の不適な笑みに、幽鬼は泣き出した。

 死を目前に恐怖で泣いている、というわけではない、悠然と立って相手に対する同情で泣いているのだ。

 「本気ですか、皆さん? そんなことをしてまで…私を殺したいと云うのですか?」

 ルールを破って、多勢で自分を殺そうとする相手の荒んで追い詰められている心に対する綺麗すぎる涙だった。

 そんなもので揺らぐほど重三は人間的ではない。幽鬼を光のような純白に例えるならば、重三もまた闇のように原始的なまでの黒なのだ。

 「全ては日本と甲賀のためよ…さあ、死ぬがいい、伊藤幽鬼」

 鮮血が舞った、何の抵抗もできず、彼女は命を散らした。

 「…え?」

 突如として、彼女は電線から落ちた。

 真田獣幽士のひとりである霧隠才那は糸の切れたテルテルボウズのように裏路地に血を撒き散らした。

 「皆さん、逃げてください、狙撃です!」

 云われるまでもなく、全員が己の忍術を駆使して防御を整える。

 テロメア操作による無限再生、超電磁技術を応用した超加速、歌声の分子振動によるバリヤ、バイオボーグ技術による脳の移動。だがそれらは無駄だった。

 独力での大量殺戮(ホロコースト)を可能とする彼女たちは、絶対急所をたった一発の弾丸で打ち抜かれ、大地に散乱する九つの肉の塊と変わり果てた。

 「なんだと…」

 幽鬼は、ただひとり生き残った重三の前に立ちはだかり、火屯鉞刃を振るっていた。

 一振りするたびにするバターが蕩けるような異音がする。それは弾丸が空中で溶けるときに発生する独自の音であることに重三は気が付いていた。

 同僚の女たちに開いた穴に目を向け、重三は今現在の信じがたい状況の答えを知った。

 「この弾痕はブラックタロン…雑賀凶華か」

 「他にいないでしょう、これだけ離れた距離から…人の命を奪おうとする女なんてっ」

 着弾の入射角から、ふたりは狙撃手のいる位置を突き止めていた。それは二十キロ先の第三東京タワー、もちろん人間ができる狙撃距離ではない。

 だが、それよりも重三の脳内には別の疑問が錯綜している。

 そんな長距離の狙撃を、伊藤幽鬼はいかようにして止めているのか、そして、なぜこの女は敵である自分を守るように弾丸を止めているのか。

 弾丸を防ぐには弾道に予め障害物を置いておくしかない。

 剣で弾丸を叩き落すだけなら三派の忍者にもできる人間は多く存在するが、それは『視界の中に狙撃者がいる場合』に限られる。

 今のように、遠距離からの狙撃には対応できるはずがないし、できたとしても重三を守る必要性は全くない。

 「雑賀が…ミス待ちにでました。私の夢想剣は完璧ではないことを…雑賀は知っているようです」

 「ムソウ…ケン?」

 「僅かにタイミングをズラして三丁のライフルを使っています。夢想剣ならば察知はできますが…一本の火屯鉞刃で三発の弾丸を止めることは難しいものがあります」

 夢想剣。幽鬼が学ぶ一刀流の奥義で、重三が聞くところによると無我の内に敵意を持つ相手を断つ秘技だと聞くが、いくらなんでも視界の中に居ない相手の殺意まで読むなんてことはありえない。

 だが、実際にやれている。止めている。幽鬼は弾丸を察知している。

 量子力学的な話をすれば、人間が思考する度に異なる思考をした平行宇宙が発生する場合があり、人間の脳にはその量子レベルでの変化を捉える機能が備わっているという。

 幽鬼の夢想剣を噛み砕けば、量子レベルで人間の感情の揺らぎを察知し、それを物理的に避けている…とでも解釈するしかない。

 「…敵に助けられる覚えはないぞ」

 「助るのは私の勝手です」

 「その助けるというのがお門違いだと云っているのだ」

 そのときになって、やっと幽鬼は気がついたらしい。重三の腕がコンドームの自販機のコンセントプラグまで伸びていることに。

 「甲賀流忍術。アスファルト返しっ」

 重三の口からほとばしった雷光は、撃ち込まれた弾丸をアンテナにして蔓草のように地を這う。

 電熱は、火屯鉞刃で弾丸を溶かすのと同じような音を立て、アスファルトに大人がふたり通れるほどの穴を開け、そこに大人三人分はある重三は身体を折りたたんで入っていく。

 数秒後、銃撃が止み、攻撃の気配も無くなってから幽鬼は穴を覗き込んだ。

 中は真っ暗で見えないが、涼やかな覚えの有る風が吹き出していた。

 地下鉄だ。幽鬼が覗き込んだとき、ちょうど真下を地下鉄が通過している。

 幽鬼は淀みなく流れるメトロに重三の無事を確信し、静かに第三東京タワーを睨み付けた。


 NEXT STAGE 大病院



 三対三


 三対三


選抜七人

死亡・愛宕橋 蝙也(我流)

死亡・飯篠 土輔(天真正伝香取神道流)

生存・伊藤 幽鬼(一刀流)

死亡・松崎 仁(人造理心流)

生存・西郷 流星(山至示現流)

生存・雑賀 凶華(雑賀流炮術)

死亡・丸橋 獣市郎(宝蔵院流槍術)


忍者三派選抜

生存・霞心居士(根来)

生存・猿飛 重三(甲賀)

生存・百地 弾牙(伊賀)


現在の賞金:一億÷三=三千三百三十三万三千三百三十三円

現在時刻:十二時二十一分

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