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 第9話 裸祭り


 【84g】



 「おい、代わりを急げ」

 わんこそばを頼むように気軽に明るく獣市郎は言い切ったが、ここは蕎麦屋ではないどころか食べ物屋でもない。

 この商売が失業者対策として東京都で法的に認可されてから早くも干支は二周半。

 ノンキャリアの若者が高給取りとなれるこの一帯、その通称はネオ吉原遊郭。

 アダルトな読者にはこれで伝わるだろうし、それ以外には深く説明してはならない、そういう歓楽街。

 その店内個室にて、獣市郎の巨体は見合うだけの下の大槍を振りまわし、ノックアウトされた男娼・遊女を量産している。

 「食放題(バイキング)コースなんぞ…男のやることではないのう」

 獣市郎の熱い野性は自身を暖めるより早く相手の身体を溶かしてしまう。

 溶かされた身体はふやけたプリン、男女を問わず半数が気絶し、残る半数が目覚めながらも夢見心地。

 「…つまらんのォ」

 獣市郎にとっては遊郭での交合も電子ゲームの一人遊びと大差ないらしい。

 退屈そうに裸体布団に寝そべり、周りの裸体たちは飢えるように獣市郎の全身に自分たちの全身をあてがうが、獣市郎の大槍は一向に反応しない。

 「おのれらの芸は飽きた、暇潰しにもならんわ」

 そんな罵倒のような言葉も何処吹く風、裸体の固まりは獣市郎だけを欲してすがりついたが、その中で一対、溶けていない豪腕があった。

 「それならば、これでどうだ?」

 深くて力強い壮年男性の声に続き、二本の腕が獣市郎に抱きついた。首に。

 「…ッァッ…?」

 裸で裸を攻め、正確に頸部に肘と腕を差込む文字通りの裸締め。

 そういうサービスを提供する店もこのネオ吉原には存在するが、こんな殺しのプロがそういうサービスを提供する店が存在するわけが無い。

 「抵抗できるならばやってみるがいい…首だけでなく両肩の関節も同時に極めているがな」

 その声が云うとおり獣市郎の腕はほとんど動かず、周囲の裸体たちも未だに正気を取り戻しておらず、まだ獣市郎の全身にこびりついている。

 そのまま逆流した血圧に耐え切れず、顔面中の毛細血管が次々と断絶。

 獣市郎の眼は充血し、口や鼻からは色々と入り混じった汁が垂れる。

 助っ人が来るような状況ではないし、獣市郎は手も足も出ない。そんな状況に気付きもせず、男女は状況を理解しないまま下半身にすがりつき、ヒートアップする。

 それはそうだ。獣市郎の大槍は首から血液が押し戻されているせいか、かつてないほど膨張しているのだから。

 どんどん大きくなる。五才児並に…いや、なんといえばいいやら、五才児のモノという意味ではなく、五才児の身長並に肥大化していた。

 「…はッ!?」

 忍者が気付いたときにはもう遅い。

 鉄の棒のようになった下半身の肉槍をピストン運動で耳の横を通して忍者の顔面につき立てる。

 溜まらず忍者が離れたところで投げ捨ててあった大槍を拾った…念の為断っておくが、ここで云う大槍はホンモノの大槍のことで、獣市郎のヘリコプター火屯鉞刃だ。

 「槍を使って長いが…下の槍で目玉を潰したのは初めてじゃのォウ」

 「…俺もだ。そんなもので攻撃できるとは」

 そういった男の顔面は額から頬にかけて左半分が大きく陥没し、左目は完全に押し潰されている。

 声よりは若く三十台、ガラスのように磨き上げられたその身体は他人を慰めるためでなく明らかに他人を殺すためだけに研鑽されている。

 「中々興奮する技だったがの、ここからはもっと面白い遊びをするとしよう」

 「望むところ。場所を変える」

 人が多すぎて戦いにくいという認識に違いはないらしく、獣市郎はプロペラ状の火屯鉞刃で遊郭の壁を器用に切り開き、ふたりの全裸マッスルは、大街道に飛び出した。

 悲鳴が上がる。普通の悲鳴から、男娼とは造りが違うふたつの裸体へのピンクなものも含めて。

 「皆の衆ゥ、場所を開けてくれたまえっ、ここに居るのは江戸コロッセオで勇名を浮かせる丸橋獣市朗ッ! ここにて私、猿飛重三と斬り結ぶッ!」

 ここに来て、やっと獣市郎は自分を殺そうとした男の名前を知った。

 もっと前に顔合わせの段階で名乗られては居たが、そんなことを覚えているわけもない。

 それに名前よりも大事なことがいくつかある、それは未だに重三が全裸だということ。

 「…猿飛よ、お前の得物はどうする。忘れたなら持って来るまで待っても良いぞ」

 「心配無用、私の武器は目の前のこれよ」

 重三がビルドアップポーズを取れば大胸筋が、大臀筋が、ひらめ筋が、上腕筋が、煮えたぎるように揺れる。

 「相手にとって不足なし。ならば儂は遠慮なく、空を自由に飛ぶぞ」

 「ご自由にどうぞ」

 予告どおり、獣市郎は飛んだ。上にではなく前に。

 二十一世紀的IHミキサーとでも云うべきか、獣市郎の大槍の刃の超速回転は歯車的小宇宙。

 空気との反発による浮力として使えば揚力は五十貫を超える獣市郎を持ち上げ、それが横への移動へ使われた今、アスファルトをえぐりながら進む猛牛のごとき突撃力を実現していた。

 回転刃は確実に重三を捉え、手応えも無く切り裂いた…はずだった。

 「…いい手品じゃのう、タネも仕掛けも判らんが」

 光刃に断てないものは光と影と心のみであるはずだが、すり抜けたはずの重三の身体には傷一つない。

 獣市郎の槍の故障ではない…現に逃げそびれた…というか駐車してあったトラックは原型を留めず粉微塵。

 「必殺武器を封じたままで攻撃することもできるが、それは男の戦い方ではない。解説させろ」

 「解説させてやろう」

 「メルシィ。サンキュー…俺の身体は筋密度による天然ヴァンデグラフ発電機であり、その電力を呼吸法によって超伝導体となった血液を通して表皮に送電、ファラデーケージ化しているのだよ」

 「なるほど。さっぱり判らん」

 「それはそうだろう。説明している俺もよくわかってないんだから。とりあえず静電気を操る。それこそが我が忍法」

 意訳すれば、月光に心を動かされることがあっても、月光は辻斬り魔にはなりはしない。

 表皮に這わせた電力を電磁シールド代わりに使って拡散すれば、火屯鉞刃の光もただの懐中電灯に成り下がる。

 とはいえ、それには視認によって火屯鉞刃の出力を推察し、共鳴させられる電磁バリヤーの電気抵抗数(オーム)に調整しなければならず、機械以上の精度を必要とされる。

 つまり、とにかく難しい技なのだ。

 「理屈はわからんが、火屯鉞刃は通じないというわけじゃのう」

 「いかにも」

 「…こう、地味な芸じゃのう」

 必殺武器が封じられた男の発言とは思えないセリフだった。

 封じられた男は焦りもせずに平然とタケコプターから火屯鉞刃発生器を取り外し、二十一世紀の剛速球投手・田中将大ばりのフォームで振りかぶる。

 「ピッチャー、丸橋獣市郎、投げるぞォ」

 「…背番号も無いピッチャーか」

 「ハダカは男のユニフォームじゃァッ」

 「同感だ」

 それと同時に剛速球は投げ放たれた。

 マウンドとバッターボックス以上の距離があり、野球のボール以上に重く、野球選手以上の反射神経を持つ重三が逃げられないわけがなく、あっさりと殺人球(デッドボール)を避ける。

 だが、重三は驚愕したことだろう。躱したそのとき、目の前から獣市郎の巨体が消えたのだから。

 「そ~らーを自由にっ飛ばせてやりたいのォウっ♪」

 見失うはずがなかった。数十秒前の両目があった重三ならば。獣市郎の下の大槍による目潰しで隻眼となり左側が死角になっていなければ。

 「はいっ、鉄パイプ~♪」

 振り上げた無刃の槍は重三の下顎を捉えて大地から引き離す。

 飛んだ。重三が飛んだ。

 立った。クララじゃなくて獣市郎の下半身が立った。

 獣は唸る。ただの鉄の棒きれに成り下がったタケコプターを振り回し、火屯鉞刃以上の輝きをその瞳に携えながら。

 棒振り上げ、棒横薙ぎ、棒突き抜け、棒突き落とし、棒柄返し…宝蔵流にある技や型、我流も含めて獣市郎の腕は止まらない。

 「はいっ、はいっ、はいっ、はいっ、はいっ、はいっ、はい、ハイィッッ!」

 今、重三はケンダマやピンボールと同じだ。上下を行き来させられ続けるが、それでも地に伏すことは許されない。

 「オルァっ、せい、ドォっ、ヲをっ、トォ、フンっ、ぜえっ、ドルォ、ぜりゃァッ、ケェっ、蛾ァ、是ァ、オラオラオラオラオラ男ラオ羅男羅男羅男羅男羅男羅男羅男羅男羅男羅男羅男羅男羅男羅ッッ!」

 全裸のジャグラーと化した獣市郎の連続コンボ。

 止まらない、歩いたり呼吸するのと同じような要領で、技が繰り出され続ける。

 夜が明け、空が白くなる頃、終了を告げる一言が獣市郎の口を吐いて出た。

 「…飽きた」

 息の一つも切らさず、獣市郎は呟きボールになっていた男を投げ捨てる。

 アスファルトに叩きつけられながらも、その男は立ち上がってみせた。

 「――よく生きてるのう、あれだけ食らって」

 「瓦三十枚を割る突きを受けても倒れない。格闘家とは、男とはそういう風にできている」

 精神論的に云えばその通りなのだが、科学的には限界がある人間の肉体。重三の骨格はゴム人形のように捩れて立ち上がることもままならない。

 「さて…それで次は何を見せてくれるのだ、猿飛よ?」

 「…静電気とは、その静けさ故に地面に触っていればそのまま地面に逃げてしまうと聞く」

 「…それが?」

 重三の眼には明確に死を見据えていた。

 自身のではない、目の間の好敵手の、だ。

 「お前の負けだ、丸橋獣市朗」

 いきなりだった。獣市郎の膨れきった生殖器は射精でもするように内側から青い炎を吹いた。

 火炎放射器のような、激烈・強烈な青だった。

 「人体自然発火現象。十八世紀から伝統のある古典的な怪奇現象。その原因は様々だが、そのひとつが静電気着火よ」

 大槍自体が炎になったような奇妙な光景だった。他部位に延焼するでもなく、ただそれだけが燃えている。

 「嬉しいのう、立てなくなっても儂のを立たせるとは…じゃがのう!」

 燃え盛る自分の下半身を雑巾でも絞るように捻り、獣市郎は燃え盛るそれを引き裂いた。

 勃起によって血袋となっていた大槍を引き裂いたことで、ジェット水流のような出血は炎を押し流すように消し去った。

 傷への苦痛からか、勝利の確信か、性的なものか、とめどない興奮を内包した獣市郎の雄叫びがネオ吉原に響き渡る。

 「さあ、どうするッ! どうするゥ! 重三ッ!」

 何かのサバトなのだろうか。観客となっていた遊女や男娼たちのボルテージも燃え上がり、そして獣市郎の頭部も出火した。

 「そこを燃やすだけだが?」

 重三が静電気を振り絞って放った二度目の人体発火。獣市郎の口や目からも炎が出る、断末魔すら焼き尽くす業火。

 ただ死んでやる獣市郎ではない、先ほどの男根と同じく対抗策は有る。出血部位の近くを引きちぎり、血流で鎮火するのだ。

 火傷なんて気にして入られない。獣市郎は早急に火元の近くに手をやり、一気に引きちぎって思惑通りの大出血。数秒後には消火完了。

 ――男根と頭部のない獣市郎の全裸死体を夜明けの光が照らし出していた。


 NEXT NINJAMAN 霞心居士

 四対三


選抜七人

死亡・愛宕橋 蝙也(我流)

死亡・飯篠 土輔(天真正伝香取神道流)

生存・伊藤 幽鬼(一刀流)

生存・松崎 仁(人造理心流)

生存・西郷 流星(山至示現流)

生存・雑賀 凶華(雑賀流炮術)

死亡・丸橋 獣市郎(宝蔵院流槍術)


忍者三派選抜

生存・霞心居士(根来)

生存・猿飛 重三(甲賀)

生存・百地 弾牙(伊賀)


現在の賞金:一億÷四=ひとり二千五百万円

現在時刻:四時三十三分


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