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 第8話 鏡祭り

【西郷流星】


 あたしが振り向いたとき既に彼は遺体となっていた。

 そして、彼が畳に倒れ伏した頃には…彼女は、笑っていた。


 「なにをしているのですっ、雑賀凶華っ」

 「ああ、銃が暴発した。ただの整備不良よ」

 「戯言をっ。どうしたら後頭部に押し付けた状態で暴発するというんですかっ」

 吼えた(ひと)は雪のように真っ白な着物、声もとても綺麗だったけど…その叫びは吹雪のように獰猛だった。

 真っ赤な返り血の似合ってる方の(ひと)の方は、血液と同じように妙な温もりがあった。

 「だけど…あんたにとっても都合が良いでしょ?」

 「なにを…っ」

 「もし忍者たちがフヌケでひとりも殺せなかったら、ファイトマネーは一億÷七…千四百万くらい? だけど飯篠が死ねば千六百万まで底上げよ?」

 「あなたはおカネなんかのために…飯篠さんを殺したというんですかッ、あなたは、あなたという人はッ」

 「暴発だと云ってるでしょ。事故だって」

 ふたりとも真っすぐだ。だからお互いにぶつかり合う。

 見守る他の参加者――もちろんあたしも含めて――たちは、他人ごとのように見守る中、ふたりだけが一触即発の緊張感の中に居た。

 だが、勝手に参加者だけで話を進めていれば止めに入らなくちゃいけないのが運営の新鮮組のみなさん。

 「あー、別に良いよ。事故なんだろ? ちゃんと今のも録画できてたし、こういうファンキーなのも盛り上がる。だけどさぁ」

 火門さんを含む四人全員、懐から愛用の火屯鉞刃を覗かせる。

 柄だけで一mはある大型のもの、光刃の発生装置が二股になっているもの、そして“一見”しただけでは普通の火屯鉞刃にしか見えない芹沢火門さんの刀。

 「シナリオを変えるのはここまでにしろ。そうじゃねえと次の企画は新鮮組によるコロッセオ闘士の斬殺ショーだ」

 「――そっちの大会も呼んでちょうだいね、一番隊から十番隊、全隊長を倒して十億出るなら悪くない」

 「…今のは聞かなかったことにしといてやるぜ、行くぜ、野郎ども」

 号令に付き従い、新鮮組の人たち、そして参加者の皆さんも屋敷から立ち去っていく。

 あたしも出て行こうとしたとき、ふと振り向けば土輔さんの遺体の前で屈んでいる人が居た。

 弔っているのかとも思ったが違う、記録映像で見たタスマニアデビルがちょうどこうだったかもしれない、美味しそうな部位を探し出す能力がある。

 その人は身包みから火屯鉞刃を取り出し、続いて財布は現金を抜き取ってから死体に戻した。

 「臨時収入があったから飯ぐらい奢るぜ? 流星ちゃん?」

 枯れ木のようなと形容するのがベターなのかもしれないが、私が最初に抱いた彼への思いは『スゴイ』だけだった。

 野太い血管が浮き上がった今にも折れそうな細い四肢、だがそれは切断に筋力を必要としない火屯鉞刃を扱うには理想的な身体。

 ただ軽量化に軽量化を重ね、俊敏さだけを追求し肉を抜いた身体…名は体を表す、蝙蝠のような剣士、愛宕橋蝙也だ。

 「ゴチになります」

 そのとき、何の気なしにあたしもタガが外れている人間なのだと実感した。

 目の前で死体から現金を抜き取ったことも、そもそも自分のために他人の頭を打ち飛ばす人間を見ても、畏怖も嫌悪もない。

 無法の火星で育ったということもあるかもしれないけど、あたしは凶華さんや蝙也さんにはむしろ親近感すらあった。

 「さてと…もう五十八分。急ぐぜ? 花火に巻き込まれたくないからな」

 「? 花火?」

 「…本当にマニュアル読んでないのかよ…走るぜ」

 蝙也さんは火屯鉞刃で壁を壊し、あたしに続くようにジェスチャーしてから跳び出した。

 あたしもそれに続くが、蝙也さんの駆け足には信じがたいものがあった。

 ビーム兵器しか持たない蝙也さんより、質量の有る蛮一文字を持つあたしの方が重量的なロスがあるとはいっても、蝙也さんの速度は見たことのないものだった。

 右足を前に出せば次に着地するのは一メートル先、次に足を出せば着地するのは二メートル先、次に出せば四メートルと一歩の歩幅が伸びていく。

 蝙也さんは十歩も掛からずに屋敷の外へと飛び出したが、あたしはさらに数秒を費やしていた。

 「今が…なんだ、まだ五十八分か、余裕を持ちすぎたかな」

 息も切らさず、蝙也さんは今出てきた屋敷を指差し、カウントダウンを始める。そして蝙也さんがゼロの宣告と同時に屋敷が爆ぜた。

 夜風を抱き込んで、爆風があたしたちの頬を撫でる。立派だったお殿様でも住んでいそうな豪邸は、剣士の命のように燃えている。

 「さあ、深夜零時…あと二十四時間、着いてこいよ?」





 「とりあえず、俺は俺が明日まで生き残る単生に全財産…流星、お前はどうする?」

 「そうね、あたしは…デミグラスと和風おろしバーグの八百グラム、チキンドリア、あとはポタージュスープのM、ドリンクバー付きでいいわ」

 何回来ても地球のファミリーレストランには胸が躍る、腹が鳴る。

 他の食べ物やさんにはない、スタイリッシュさがある。

 まあ、スタイリッシュだとしてもナニするわけじゃないし、蝙也さんはあたしの注文にカプチーノだけ加えてウェイトレスさんに伝えた。

 「――さっきの花火は開幕を告げる余興だろうな。一般告知は今始まったところだ」

 蝙也さんの連れてきてくれた二四時間営業のファミレスのモニターには、あたしたちの名前とめまぐるしく動くグラフが表示されていた。

 「なに、それ」

 「今日一日の試合を収録しながらオッズを集計して金を稼いでんのさ。んで明日は試合自体を有料で放送する。

  この選手は生き残るだろうっていう単生(たんしょう)、最終的にどっちが何人生き残るかっていう賭け方もある…何時間以内で死ぬとかって細かい賭け方もできる」

 モニターの読み方もよくわからないけど、とにかくあたしが死んだら儲かると思っている人が少なくないことは判る。

 「ところで、忍者、ってなに?」

 回線が重いと呟いていた蝙也さんは、質問の意図を聞き返すように首をかしげた。

 「日本の人じゃないの、お前」

 「火星生まれで。日本っていうか地球に来たのも初めてです」

 「なんつったら良いかな、忍者ってのは新日本帝国の国防戦力なんだよ、噛み砕いて云うと」

 「…? 日本って国防って…自衛隊とかいう軍隊があったんじゃ?」

 「経済破綻した日本は元々少なかった自衛隊も維持できなくなった…っていうか、旧日本は憲法上軍隊持てねえから」

 あたしの住んでいた火星、ケルベロスとエリシウムの間辺りにあるドームでは人種に拘るほどの余裕はなかったが、それでもあたしは爺ちゃんに日本の話はよく聞いてたけど…よく分からない話だ。

 「…憲法って国民の生きる権利を認めているんじゃ?」

 「認めてるよ」

 「国民の生きる権利があるのに、軍隊で国防する権利はないんですか」

 「そうだよ」

 「じゃあ、親や先祖が築いてきたものを踏みにじられて、友人や兄弟の夢を壊されて、恋人や姉妹がレイプされても何もしないんですか」

 蝙也さんはあっさりと首肯してくれた。随分シンプルで複雑なルールだこと。今日一日この話をしていても、頭の悪いあたしには理解できるとは思えない。

 「まあ、そんなわけで最初から国防するには少なすぎる人数だったのを、ひとりずつにカネを掛けて全員が一騎当千、っていうのが自衛隊の方針だったわけだ」

 それは火星でも聞いたことがある。平均的な自衛隊員は他国の特殊部隊員と遜色のない戦力があると推察する専門家も少なくないとか。そんなスペック比べなんて戦ってみなければ判らないし、それを判りたいからあたしは人斬りなんてやっているわけだが。

 「不思議だよなァ。同じホモサピエンスなのに各国家でこんなに国の有り方が違う。不自然ここに極まる、って感じだ」

 「自然じゃないといけないんです?」

 「…それは自然の方がいいだろ? 生茂る大自然、動物たちの生命の営み…」

 そういって蝙也さんは白く、鋭利な歯…牙を覗かせた。生まれつきか尖らせているのかは知らないが、吸血鬼のように尖った歯だった。

 「人間は不自然すぎる。過度の森林伐採、生態系の恣意的な改変、過度な放射能…自然環境をこれだけ破壊しながら、まだ火星や月を地球化してる始末…」

 「…その火星で生まれてるんですけど、あたし」

 だよな、と蝙也さんは驚きもせずに頷いた。

 「科学ってヤツは生産的過ぎるんだよ。何をしても破壊といっしょに何かを生産するし、自然ってヤツはもっと…混沌としているべきだ」

 …ん?

 「自然は良い…知ってるか? 霊長類は例外なく同族を殺す習性があるんだよ。

  他の雄猿が生ませたガキを殺したり、他の縄張りの同族を拷問したり…それが霊長類だ。

  人間もその習性があるのに、文明と科学が邪魔をする。俺は平等とか平和とか、そういう不自然な状態が嫌いなんだよ」

 興奮する蝙也さんは、勢いに任せてノートパソコンを倒した。

 表示されていた“お気に入り”の表示スペースには、森林復活などの自然回復法人が、胡散臭いほど大量に表示されていた。

 「…つまるところ、動物になりたいもんだから、蝙也さんは動物園みたいな檻の中…コロッセオで戦ってるわけですか?」

 「――いいや、逆だよ」

 そのとき、テーブルとテーブルの間の狭い通路を歩いてくる、可愛いミニスカートのウェイトレスさんが持っているデミグラスとおろしバーグ。

 ここで『可愛い』が付くのはミニスカートでもウェイトレスさんでも構わないが、あたし本来の意図としては、当然ハンバーグに付けている。

 「ねえ、それ、このテーブル?」

 あたしの質問には、嬉しいことにウェイトレスさんは頷いてくれた。

 料理を落とさないように胸を揺らしてテーブルに向かってきてくれた健気なウェイトレスさんだが、その笑顔が突然曇った。その健康的な白い太ももに、曇った不健康そうな白く五指が食い込む。蝙也さんだ。

 「お、お客様、は、離してくださいまし…料理が…」

 「江戸コロッセオ以外が動物園なんだ。人間が互いを見世物にして何も生み出さない」

 太股に食い込んだ爪が柔肌に傷を付け、痛みに屈みこんだウェイトレスさんの乳房に蝙也さんはもう片方の手を掛けるが、それでも彼女は健気にハンバーグを落とさないように持っている。

 「引ん剥いて見世物にしてやろうか? 伊賀忍者」

 「――大丈夫、自分で脱げる」

 その寝ぼけたような声は、明らかに男のものだった。

 続いてウェイトレスさんの口から、何かが蝙也さんに打ち放たれた。

 蝙也さんは半秒前まで太股と胸に減り込んでいた両手でその棒手裏剣を受け止め、両手が離れたと同時にウェイトレスも大きく後ろに跳躍して逃れている。

 もちろんその手にハンバーグを乗せたまま。

 「…毎度毎度、そいつはどんな仕組みになってんだ」

 「僕も…よく知らない」

 蝙也さんがメジャーリーガーのキャッチボールのように投げ返した棒手裏剣を、ウェイトレス=伊賀忍者はハンバーグを盾にして受け止める。

 温和すぎるふたりに、他のお客さんや店員さんも何が起きているのか、付いていけていないらしい。

 「二対一で殺したんじゃボーナスの一億は出ない、譲ってもらうぜ? 流星ちゃん?」

 あたしがどうぞ、と手を差し出すとそこに伊賀忍者が棒手裏剣は刺さったままのハンバーグを投げて寄越した。

 「食べながら…見…る?」

 ウェイトレスの口から二本の腕、続いて頭と肩、お次は胴体。

 足まで脱皮するまでに三秒と掛からずに出てきたのは数分前に屋敷で出会った喪服の青年。

 空気の抜けた風船のようにしぼんでいるウェイトレスのときは女の声に女の身の丈だったが、現れた弾牙さんは男の中でも長身といえる。

 スーツのポケットにウェイトレスの“皮”を折りたたんでしまい込み、入れ替えに取り出したふたつの紙箱。ラップかクッキングシートをホイルした箱のように見える。

 何が出るかと見ていれば、スルスルと伸びていくのは銀色に光る紙…アルミホイルにしか見えない。

 「…眠い」

 ホイルをヌンチャクのように振り回し、椅子やモニターに引っかけっていく。よく見なくともそれは銀色に輝いいており、それを弾牙さんはシワひとつなく張り巡らせていく。

 こっちにも飛んできたが、あたしと蛮一文字はハンバーグを落とさないように避ける。

 何をしたいのかは分からないが、とにかくあたしはハンバーグ食いながら見物するだけだが、当人である蝙也さんまでそんなわけはない。

 「退屈なんだよ、他人の準備動作ってのは」

 蝙也さんが飛び掛り、アルミホイルで周囲と自分自身をグルグル巻きにした弾牙さんに向けて火屯鉞刃の刃を振り下ろす。

 火屯鉞刃は光熱によって手応えもなく弾牙さんを切り裂いた…はずだった。

 「鏡?」

 切り裂かれたのは鏡だけで血飛沫もなく、ただ氷のようにアルミホイルが舞う…いや、あの光は…っ

 「あれは…形状記憶超硬合金(オーバー・タングステン・マルテンサイト)ッ!?」

 「…? なんだそれ、流星ちゃん?」

 今までの諸々の解説の代わりとばかりに、あたしは食べかけのハンバーグを床に置いて自分の知る限りの情報を思い出す。

 「えーっと…あたしの蛮一文字に使われてる超々硬合金オーバー・タングステン・カーバイトと同じく、火星特産の合金です。

  形状記憶超硬合金は、強度では超々硬合金に劣りますが、ある特性があります」

 ――ここで『その特性とは?』とか聞いて欲しかったんだけど。

 蝙也さんの視線の先では狭いファミレスの中とは思えない光景が広がり、あたしに言葉を掛けられる状況でもない。あたしは反応を待たず続きを口にした。

 「形状記憶超硬合金は特定の温度以外では非常に硬くなりますが、ある一定の温度になると絹布のように柔らかくなります」

 「…なるほど。絹みたいに柔らかくして投げて固めるだけ…ね。それで“こういう”風にしちゃうんだ」

 釣り下がる百地弾牙さん、宙に浮く百地弾牙さん、半身しかない百地弾牙さん…周囲を見渡せば、弾牙さん祭り。

 弾牙さんだけじゃない、あたしもいれば蝙也さん、遠慮もせずに携帯電話でシャッターを切っている他のお客さんも大量増殖。

 鏡は全てを映し出す、全てを写す鏡をも別の鏡が映し出し、その鏡をやはり別の鏡が映していて…あたしは…。

 「…キレイ…」

 お客さんの誰かがそう呟いた。

 夢幻にして無限、さっきまでの大衆食堂からは変わってそこは鏡の国となり、あたしはその光景にサラダバーのお代わりも忘れて見惚れていた。

 鏡に写った弾牙さんの手元にはあたしが今使っているものと同じフォークやナイフを蓄えている。

 どこにいるかはわからないけど、重心からして高めに投げようとするその構えは長身細身、蝙也さんをターゲットに据えているのは間違いなかった。

 「…避けないでね」

 「避けるわっ!」

 実際には一本ずつフォークかナイフを投げているだけなんだろうけど、視覚的には鏡に写った無数の弾牙さんが同時に投げて居るようにしか見えない。

 他のお客さんやふたりが目まぐるしく移動しており、あたしにはあたし以外のホンモノを鏡像の中から見つけ出す方法は思いつかなかった。

 そんな鏡の大迷宮でも、張った本人である弾牙さんには蝙也さんの位置は判っているらしい。

 なぜかといえば、弾牙さんが投げた三本目と十八本目のナイフは、いつの間にか鏡像の蝙也さんの肩と腰に突き刺さっているからだ。

 「なんで…弾牙さんに蝙也さんの場所が…っ?」

 「さあな。自分で張ったんだ、何か対策があるんだろうが…ッチ、俺にも手があるぜ」

 蝙也さんは面倒そうに舌打ちしてから火屯鉞刃を懐にしまい込み、もう一回舌打ちする。

 そして楽しげに身体をゆすり、立て続けに舌打ちし、口笛まで吹き、カラカラと下駄でタップダンス、両手で指を鳴らすスナッピング。

 舌打ち、口笛、下駄、左右の指、全てが異なった拍子で鳴り、音楽というより、何か、空想上のモンスターの鳴き声に聞こえた。

 鏡に映っている弾牙さんは意にも介さずに寝足りないような目とおぼつかない手先で、どうやら厨房から取ってきたのだろう、火屯鉞刃の包丁を構えている。

 「みんな、聞こえるっ? 伏せてっ、次は火屯鉞刃をくるよ! 身体を小さくして、丸まって!」

 懇願や罵声が聞こえるが、それでもあたしの声にしたがってみんな身体を小さくしたのが鏡越しに見えた。

 もちろん、あたしも食べ終わった食器をそのままにし、その場で姿勢を低くして勝負を見守る。

 「…そういうの…云った方が良かったんだ」

 「無関係の人を巻き込みたくないならね」

 「次は気をつけるよ…覚えてたら」

 全く気をつけず、弾牙さんは投げる、投げる、無造作に包丁を投げ続ける。

 包丁はあっさりと形状記憶超硬合金の鏡を蒸発させ、お客さんや店員の悲鳴に包まれるが、当の蝙也さんはまだ口笛やスナッピングを演奏中。

 その間も火屯鉞刃の包丁が降り注いでいるが…あたしはあることに気が付いた。

 「…一本も…蝙也さんに…当たっていない?」

 自分の奏でる曲で踊るように…というより、たんぽぽの綿毛が風に身を任せるように鏡に映る様々な角度の蝙也さんは最小限の動きで、しなるように避ける、避ける、避ける。

 気がつけば、あたしにはお客さんたちの悲鳴が、蝙也さんの踊りに対する喝采のように聞こえていた。

 それから何秒が経っただろう、蝙也さんの動きが止まったのは弾牙さんの手元には一本の刃物がなくなってからだった。

 「…セイフティ外した火屯鉞刃はなんでも蒸発させるから、投げた先に誰かいれば立派に殺人犯だぜ?」

 「…それが?」

 何が悪いのか、そう云わんばかりの応対だった。

 先ほど土輔さんを事故と言い切って殺した凶華さんとは別の何かを感じた。

 凶華さんは自分の目的のために明確な悪意を持って土輔さんを射ち殺したが、この弾牙さんは善でも悪でもなく、他人の命にただ興味が無いんだ。

 「あんた…コロッセオ闘士になった方がよかったな 向いてると思うぜ?」

 「…そっちも…忍者に向いてる…それだけのエコロケ…使える人は伊賀にも少ない…」

 蝙也さんは云い終わると再び口笛を吹き始めたが、下駄でのタップやスナッピングは行わず、その両手には先ほどしまった火屯鉞刃が握られていた。

 「少なくてもいるのかよ、苦労したんだぜ? これ覚えるの」

 エコーロケーション…あたしも火星で使い手に出会ったことがある。

 火星ほどじゃなくとも地球にも山はあるし、ヤマビコという現象は知っていると思う、ヤッホーと叫べばヤッホーと帰ってくる、アレだ。

 声は人間と山との距離によって返ってくる時間が異なるが、逆に考えれば声が返ってくるのに掛かる時間によって対象物との距離を図れる。

 蝙蝠(コウモリ)は同じ原理で暗闇であろうとも前方の障害物を確かめられるし、犬でも使えることが報告され、優れた聴力があれば人間でも修得することができる。

 「お前の鏡も苦労して覚えた技だっただろうに…無駄な努力だったなァ、弾牙ァっ」

 この技術は盲者が用いることが多いが、健視者でももちろん使える。指や口笛など複数の音源を使用する戦闘用のソナーとして。 あたしにはどの蝙也さんが本物かは判らないが、全ての蝙也さんは火屯鉞刃を青眼に構え…おそらく、弾牙さんを見つけて跳んだ。鏡全体に赤が広がった。

 「…いいよ、別に」

 その赤は血ではない。火屯鉞刃同士が激突したときに発生する光のドップラー効果による赤。蝙也さんの光刃による文字通りの一閃を弾牙さんは逆手に持った火屯鉞刃の包丁で受け止めていた。

 「…な…っ?」

 「別に苦労なんか…してないからさ…」

 云うまでもないが、剣は片手で振るより両手で振ったほうが早く正確になる、それは万国共通、地球でも火星でも月でも常識だったはずだが、蝙也さんが両手で打ち下ろした戦刀は、弾牙さんの片手振り調理用包丁に容易く止められていた。

 火屯鉞刃の出力でも取り回しでも蝙也さんの刀の方が圧倒しており、それでも、それでも弾牙さんは表情も崩さずに受け止めた。

 「…ねえ、そっち、遅くない?」

 「が、アアアアアアアッッ!」

 蝙也さんは一度刃を引き、続けざまに火屯鉞刃を繰り出していく。そのスピードは決して遅いわけではない。火星でもあれほどの使い手はそうは居ないだが、弾牙さんはそれ以上の速さで受け、何合か交えた後、二本の刃が噛み合って動かなくなった。

 鉄剣ならば鍔迫り合いと云うのだろうが、これは火屯鉞刃なので光迫り合いとでも云うのだろうか。蝙也さんには蹴り技もあるが、刀と刀が噛み合った状態で足を地面から離せば重心が崩れて斬り殺される。

 両手持ちの蝙也さんに比べて――鏡越しだからどちらの腕かはわからないが――片手で包丁を握る弾牙さんの逆の手は開いている。

 「…くそ」

 弾牙さんは例の形状記憶超硬合金のケースを指先で操り、こよりを結うように尖らせた。

 「ガっーあぁ、くそおおおおッ、負けたァー…」

 軽い調子で喋りかけていた蝙也さんとは懸け離れた、泣きそうなほどの叫び声だった。死にたくないだけなら、あたしに助けを乞えばいい。だが蝙也さんは死にたくないのではなく負けたくないのだ。生きたいという“自然”すぎる感情よりも、蝙也さんは弱肉強食という文明的な発想をしていた。

 「…じゃあね」

 弾牙さんの無感情な声に続き、蝙也さんの首が胴から離れたのが周囲に映し出され、その像を飛沫が曇らせる。

 さっきまで伏せていた客のケイタイのフラッシュだけが、跳ねられた首を照らしていた。

 「…次は…キミ?」

 喪服の黒についた赤を拭いもせず、弾牙さんはあたしを指差す。四方八方の鏡越しに無数に増えながら。

 どうやらあたしの位置や反射も計算に入れているらしく、背中や上から見た鏡はひとつもなく、全てがあたしに向いている。

 「そうだけど…弾牙さん? あなた、年齢はいくつ?」

 「…十九だけど」

 十九才。生きてればあたしの弟と同い年くらいか。

 「あたしはね、もう二十五なの。アダルトなお姉さんなの。キミとか呼ぶの、やめてよね」

 彼は驚いたそぶりもなく、少し考えてから不慣れに頭を下げた…頭下げてもあたしより目線高いんだけど。

 「…ごめんなさい、お姉さん」

 「判ればいいの、弾牙くん」

 鏡の中の弾牙くんは、蝙也さんの持っていた火屯鉞刃を拾って構えた。

 蝙也さんとの戦いを見た限り、弾牙くんには例のアルミじゃないアルミホイル以外には武器を持ち合わせていない、と見た。

 伊賀流のルールか何かなのか、単にファミレスに張り巡らせるほどのアルミホイルを隠し持つために他に持てなかっただけなのか、そこまでは判らないが。

 「まあ…そんなことはどうだっていいわね。別に」

 弾牙くんは、いつの間にかどの鏡にもその姿が映らなくなった。

 逃げ去ったわけじゃない。あたしから姿を隠しながらフォークやナイフを調達しているだけだろう。

 あたしには蝙也さんのようにエコーロケーションはないし、弾牙くんの攻撃が始まれば避けきる自信は無い。

 「…お姉さんは…ソナー…ないんだね」

 やはりバレている、だがそんなことはどうだっていい。あたしは刀に巻きつけていたブルーシートを剥ぎ取り、刀を露出させる。超々硬合金で作られた刀身は鏡よりも深く鈍い光を放ち、独特の鉄臭さを漂わせる…蛮一文字は今日も変わらず、あたしの全身をその重量で釘付けにする。

 「うわ、大きいっ」

 蝙也さんの死を見て落ち着いたのか、いつもの殺し合いだと認識し、周囲のお客さんたちは平静を取り戻してビール片手に料理を食べながらの観戦ムードに入っていた。

 「アホか。火屯鉞刃が強いのはビームはビームじゃないと止まらないってだけじゃない。実体剣だと重量分動きが遅くなる。接近戦では速さ=戦力…クソ重い砲丸投げで二十五メートル投げたら奇跡だが、野球で二十五メートルなんて弱肩だ。あんな大きさだったら、まともに振り下ろしたら二ノ太刀は上げられないよ」

 あたしも異邦人だが、江戸はそういう町だということは判る。刀に狂う、とうきょう状態。

 「おじさん、いい解説、ありがとっ、でもね!」

 「え、俺!?」

 「でもね、山至示現流では、重い方が速いのよっ!」

 蛮一文字の空気抵抗を取り除くタービュランサー、遠心力を生む長尺と長重量、そしてあたしのカラダ。あたしを幼児体系に留めている、物心を付く前からつけ続けた高密度筋肉…それら一点、一撃に注ぎ込まれるためだけに。

 「流星ちゃん、振り上げましたぁっ」

 左耳の辺りまで、蛮一文字を振り上げる。数十秒与えれば、弾牙くんはあたしを殺せる数の飛び道具を揃えるだろう。

 「脂臭いこの店で、それだけ胡散臭いのは…キミだけなんだよっ、弾牙くんっ」

 鏡張りの迷宮に隠されて彼の姿は見えないし、もちろんエコーロケーションなんてあたしにはできない…それでもあたしは音を出した。蝙也さんとは違ってリズムも無く、ただ大きいだけの金切り声。

 肉体のリミッターを外すべくあたしは叫ぶ。相手を威嚇し、肉体のリミッターをシャウト効果で叩き壊すために。それが山至示現流奥義、猿叫(えんきょう)に身を任せ、あたしは蛮一文字を畑を耕すくわや何かのように振り下ろす、手応えはない。

 「…へえ、お姉さんの技…そういうの…なんだ」

 「ええ、ちょっといいでしょ?」

 「うん…ちょっとだけね」

 いつも手応えはないのだ。巻き藁を斬っても、コンクリートを斬っても、火星で巨大化繁殖したクマムシを斬っても。

 その強度と重量、音速並の速度で振り下ろされる蛮一文字は、ファミレスの机やカーペットに床、形状記憶超硬合金の鏡、人間を切ったとしても手応えはいつもの空気抵抗だけだ。

 上段からの振り下ろし。地球が重力で引っ張ってくれる一撃。刀が重ければ重いほど、扱いにくければ扱い難いほど。OTCの刃の切っ先は人間が知覚し、躱せる速さではない。弾牙くんの腕を肩口から切り飛ばしていたことを、あたしは割れた鏡の中から覗く弾牙くんの姿を視認して知った。

 「…なんか、動けないや…俺の…負けだね」

 手首の血管を切っただけで死んじゃうのが人間、それが科学。

 血管をもろもろ巻き込んで肩から切り捨てれば、失血でショック死してもおかしくない。

 それで意識を保ち、自分の足で立っているだけ、弾牙くんは超人的体力と人外的根性の持ち主だと云えるだろう。

 「この場はね。次に期待するわ」

 「…殺さない…の?」

 無邪気な顔で、随分とトンチンカンなことをいう弾牙くん。

 「あのねえ、なんであたしがそんなことしなきゃならないのよ?」

 「…試合中だし…一億円のボーナスとか…さっきの人のカタキ討ちとか…」

 なんだその理由。そんなことで戦う人間は居ないって。今、この勝負はあたしの勝ち、それなら他になにをしろっちゅーんじゃ。

 「…あなたも死にたいわけじゃないでしょ?」

 「…どっちでもいいんだけど」

 「あー、どっちでもいいが一番困るのよ? ハッキリなさい」

 青白い顔で少し考えてこんで、ガクンと首肯してから、

 「…じゃあ、生きたい…かな」

 「ン――素直でよろしい」

 そのとき、ちょっとだけ弾牙くんが笑った気がしたけど、見間違いかも。

 弾牙くんは受身も取らずにこけしみたいに倒れこんで、表情は一瞬しか見えなかったから。

 「えーっと…スイマセン、地球でも救急車呼ぶときって一一九番ですか?」

 結局のところ、あたしは救急車が来るまでの間、弾牙くんの後片付けとして鏡を壊しまくっていただけだった。


 NEXT NINJAMAN 猿飛 重三

五対三


選抜七人

死亡・愛宕橋 蝙也(我流)

死亡・飯篠 土輔(天真正伝香取神道流)

生存・伊藤 幽鬼(一刀流)

生存・松崎 仁(人造理心流)

生存・西郷 流星(山至示現流)

生存・雑賀 凶華(雑賀流炮術)

生存・丸橋 獣市郎(宝蔵院流槍術)


忍者三派選抜

生存・霞心居士(根来)

生存・猿飛 重三(甲賀)

生存・百地 弾牙(伊賀)


現在の賞金:一億÷五=ひとり二千万円

現在時刻:零時七分


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