私は悪"役”令嬢
定番のお題を書いてみようシリーズ第3弾
「ヒルダ──いや、ヒルデガルド・アースキン侯爵令嬢! 何故ここに呼ばれたかは分かっているな!?」
ヒルダが部屋を訪れるなりロラン王子は開口一番そう言った。
今彼女たちがいる場所は王城内に与えられた王子の執務室。とは言えまだロラン王子に重要な仕事は任されておらず、執務と言っても回覧されてきた決済済みの書類に目を通す程度のもの。棚を見ればそれらしい資料が置かれてはいるが、王子本人は一度もそれに目を通していないことをヒルダは知っていた。
椅子に座ることも許されず、王子の前に立たされたまま詰問されたヒルダは嘆息を堪えて言った。
「いいえ。ロラン様からお話があるとだけ聞かされ一方的に呼び出されましたので何も」
嘘である。ヒルダは呼び出された理由を理解していたが、建前として知らないフリをした。
部屋の中には今、三人の人間がいた。ヒルダことヒルデガルド・アースキン侯爵令嬢。その婚約者でこの国の第一王子ロラン。そしてもう一人は王子の横でその肩にしな垂れかかるように立つエヴァンジェリン・セシル男爵令嬢なる少女。
平然としたヒルダの態度に王子は苛立ちを噛み殺し、精一杯冷静さを取り繕って言った。
「……分からぬというなら教えてやろう。貴様、私がこのエヴァと親しくしていることに嫉妬して、彼女に対し執拗な嫌がらせを繰り返してきたそうだな?」
「嫉妬と、嫌がらせですか……」
ヒルダがチラとエヴァに視線を向けると、エヴァは怯えた風にそっと王子に身を寄せた。王子はそんなエヴァの手を優しく握り「大丈夫だ。ヒルダには何もさせぬ」と囁いた。
そんなやり取りをヒルダは冷めた目で見つめて言った。
「文脈からするとそちらの女性がロラン様の言うエヴァ様なのでしょうが、つまりロラン様は私が嫉妬するようなことをその方としておられたと?」
「そんなことは言っておらん!!」
顔を紅潮させて机を叩く王子に、ヒルダは「じゃあどういうことかしら?」と内心首を傾げた。
全く表情を変えないヒルダに王子は奥歯をギリと噛みしめて続けた。
「私が言っているのは、貴様が勝手な思い込みと誤解でエヴァに嫉妬し、嫌がらせをしてきた罪を認める気があるのか、ということだ!!」
人目も憚らずベタベタして今も実際に親密そうな態度を取っておきながら思い込みと誤解とは何のことだろう、とヒルダは内心呆れていた。
とは言え、それをこの場で指摘しても話が進まないので、形式に沿って疑問を口にする。
「嫌がらせと言いますと、具体的には?」
「惚ける気か」
王子はふんと鼻を鳴らして言った。
「エヴァの教科書を破り捨てたこと、ドレスにインクをかけて台無しにしたこと、学園の噴水に突き落としたこと……貴様の悪行はここで全てを語るには枚挙にいとまがない」
多忙な学園生活を送りながらそれほど沢山の悪行を行ってきたとは、王子の言う「ヒルダ」という女性は相当に勤勉な人物だったのだな、とヒルダは感心した。
「惚けたところで無駄だぞ? 貴様がエヴァに嫌がらせをしているところを目撃した者が複数いるのだからな」
「ヒルデガルド様! どうか罪をお認めになって下さい! 認めて謝ってさえ下されば私は……」
「おお、エヴァ! あれだけ酷い目に遭わされておきながら何と慈悲深い……!」
目の前で繰り広げられる三文芝居をヒルダは冷めた気持ちで見つめていた。
王子は暫しエヴァと見つめ合い二人きりの世界に入っていたが、ヒルダの冷え冷えした視線に気づいてハッと我に返る。
「……それでヒルダ。自らの罪を認め、エヴァに謝罪するつもりはあるか? 今更謝ったところで貴様の罪が許されるものではないが、素直に認めるのであれば優しいエヴァに免じて情状酌量の余地がないわけで多少の恩情は考えてやらんでもないぞ?」
「そうですね……」
ヒルダはそこで少し考えた。ここで認めようが否定しようが結果に大きな違いはあるまいし、どうでも良いことではあった。だがまぁ、今更半端な慈悲など示されても面白くない。ヒルダはそう判断すると口元に薄ら笑いを浮かべて言った。
「たった今ロラン様が仰った罪とやらには心当たりがありませんが、目撃した方がおられると言うのならそうなのかもしれません」
「何……?」
心当たりはない、だがそうなのかもしれない。否定にも肯定にも、勿論謝罪にもなっていない言葉に、王子は訝し気に顔を歪めた。
ヒルダはそこで『悪役令嬢』らしい露悪的な表情を浮かべて言った。
「目障りなゴミがあれば破り捨てることも払いのけて突き飛ばすこともありましょう。ひょっとしたらその時どなたかを一緒に払ったのやもしれませんが、所詮取るに足らない塵のこと。一々記憶に留めておく理由などございませんわ」
『!?』
ヒルダの暴言に王子とエヴァが呆気にとられる。王子は直ぐに表情を怒りに染めて言った。
「貴様……! エヴァに対する暴言、もはや許してはおけん!!」
「ではどうなさいますか?」
余裕たっぷりのヒルダに、王子はとうとうその言葉を言った。
「エヴァに対する罪を以って貴様との婚約は破棄する!! その上で貴様は学園を除籍処分とし、蟄居を命じる!!」
ヒルダは内心、物語のように国外追放や投獄、貴族位の剥奪なんてことは流石に言い出さないのだなと、少し残念に思った。
とは言え、今の王子の発言も十分にアウトだ。
「確認ですが、王家と我がアースキン侯爵家の婚約は王命によるものです。また貴族に対する司法権は我が国においては国王陛下のみが有すものであり、殿下と言えども例外ではありません。今の発言は国王陛下の許可を得ておいでなのですか?」
「っ!」
ヒルダの言葉に王子は一瞬ひるむが、すぐに反論した。
「貴様の悪行を知れば父上とて必ず処分に同意して下さる!!」
「……つまり、まだ国王陛下はこのことをご存じではない、と?」
「それがどうした!? 多少順番が前後しただけで、大した問題ではない!!」
ヒルダは王子に最後通告の意味を込めて確認した。
「それが陛下の王命に反し、王権を侵すものであるということを理解した上での発言なのかと聞いています」
「っ!」
王子は淡々とした態度を崩さないヒルダに反発して、その言葉を口にしてしまった。
「だから何だ!? 俺は王子だぞ!! いずれこの国の王になる男だ!! 貴様ごときが賢しげなことをほざくな!!」
その場に沈黙が流れ、ただ王子の荒い息だけが響いた。
「──だ、そうですよ? 陛下」
ヒルダの声に応じて一人の男が部屋の中に入ってきた。
「な、父上!?」
王子の顔が驚愕に歪む。その人物はこの国の王でありロラン王子の父である国王アーレスその人だった。
豊かな美髯を蓄えた王は四人の近衛兵を引き連れてロランの前に進み出ると、冷たい目でギロリと彼を睨みつけた。
「……ロラン。随分と面白いことを言っていたようだな? いつからお前は私の王権を代行できるほど偉くなったのだ?」
「ち、違うのです! 私はただ──」
「言い訳無用!! 話は全て聞かせてもらったわ!!」
「!?」
王に一喝され、王子がビクリと震えて押し黙る。
王はそんな息子を失望の目で見つめると、ヒルダに向き直り深々と頭を下げた。
「……ヒルデガルド嬢。この度は愚息がご迷惑をおかけし、誠に申し訳ない」
「とんでもございませんわ」
ヒルダは落ち着いた様子でそれに返礼する。王子はその様子を見て言った。
「父上! そんな女に頭を下げる必要などありません! その女は権力をかさにかけてエヴァを傷つけた悪女なのです!」
王は王子の言葉を無視し、今度は王子の横に佇む少女に向き直って言った。
「そちも、長期に渡る任務、ご苦労であった」
「もったいないお言葉です」
「──え?」
そのやり取りの意味が分からず、王子は呆気にとられた面持ちで王とエヴァを交互に見つめた。
いつも自分の横で柔らかく微笑んでくれたエヴァが、見たこともない大人びた表情で父親に傅いている──何故だ?
「…………?」
困惑で呆然自失となった王子に、王は呆れを隠そうともせず言った。
「……まだ分からんのか」
「何、を……?」
「彼女は貴族などではない。いや、エヴァンジェリン・セシル男爵令嬢などという人間は最初からどこにも存在せん」
「…………は?」
意味が分からず、王子は呆気にとられた。
「彼女はお前の護衛の為に学園に潜り込んでいた暗部の人間だ」
「────」
王子は今度こそ絶句した。そしてエヴァに縋るような視線を向け、彼女が王の言葉を否定しようとしないのを見て絶望に顔を歪める。
「わ、私を騙していたのか、エヴァ……?」
「…………」
沈黙は何より雄弁な肯定だった。
「どうして──」
「いい加減にせい!」
「!」
一喝されて再び王子が黙り込む。王はそんな息子の情けない様子に嘆息して言った。
「……どうしても何も、私の命令に決まっておるだろうが」
「な、ならば父上。どうして彼女にこんなことをさせたのです!?」
「こんなこととは?」
「っ」
冷静に問い返されて王子は言葉に詰まった。その息子の姿に王は鼻を鳴らす。
「ふん。彼女に気のあるそぶりを見せられ、すっかりその気になってしまった、か?」
「…………」
顔を紅潮させる王子。王は淡々と、容赦なく王子の行状を言葉にしていった。
「碌に素性も調べようとせず下級貴族の娘に篭絡され、言われるがまま婚約者を排斥しようとするとは、報告を受けた時はここまで愚かだったとはと耳を疑ったぞ」
「…………」
「ああ、どうしてこんなことをさせたのか、だったな。そんなこと決まっているだろう。お前が私の後を継ぐに足る人間かを確認するためだ」
「! 私を試したのですか!?」
「お前が日頃から信じるに足るだけの行動を示していれば、私もこんなことをせずとも済んだ」
王子は愕然とするが、王の目は冷ややかだった。王は改めて王子に向き直って告げた。
「王になろうという人間が色に溺れて道を踏み外し、信じるべき人間を見誤るなど言語道断。望み通りヒルデガルド嬢との婚約は解消した上で貴様は廃嫡とする!」
「そんな──!?」
「親として最後の慈悲だ。表向きは病による療養の為ということにしておく。このような醜態、王家としても表に出せるものではないからな。俗世から離れ、余生を心穏やかに過ごすがよい」
「!」
王の宣告に王子が目を見開いて言葉を失う。王は近衛兵に命じた。
「連れていけ」
「ま、まって下さい、父上! そうだ、ヒルダ! 君からも父上に──っ!?」
王子は最後まで抵抗し騒いでいたが、近衛兵は容赦なく王子を拘束し、何処かへ連れて行った。
執務室に静寂が戻り、王は改めてヒルダに謝罪する。
「……ヒルデガルド嬢。改めて貴女をこのような茶番に付き合わせてしまい、申し訳ない」
「いえ。全ては婚約者として殿下を窘めることができなかった私の不徳の致すところです」
ヒルダは心にもないことをもっともらしく口にした。そもそもロラン王子の振る舞いを最初に問題視し、父親を通じて王を動かしたのはヒルダ自身だ。王がここまでするとは予想外だったが、ヒルダに不満などあろう筈がなかった。
「侯爵家には後日正式に謝罪とお詫びをさせていただく。また、貴女の若い時間をあやつとの婚約で縛り付け無駄にしてしまったこと、ロランの父として謝罪させてほしい」
「…………」
ヒルダは王の謝罪を今度は無言で頷き受け入れた。
王は更に続ける。
「もし貴女さえよければ、第二王子のレイウスの婚約者として貴女を迎えたいのだが──」
「ありがたいお言葉ですが、お気遣いは無用に願います」
王の提案をヒルダはキッパリと謝絶した。
「レイウス殿下には既にマリンドルフ伯爵家のご令嬢が婚約者としていらっしゃいます。私がそこに割り込んではいらぬ不和を招くだけでしょう。そのようなことは私も父も望んではおりません」
「そうか……」
断られて王は少しだけ残念そうに引き下がった。
アースキン侯爵家としては確かに未来の王妃の座は魅力的だが、あまり欲張っても良いことはない。今回の一件で王家と、またマリンドルフ伯爵家に貸しを作ることができたのだからそれで十分だとヒルダもアースキン侯爵も考えていた。
ただあまり一方的に貸しばかり作っても王を警戒させることになるので上手くない。ヒルダはふと思いついた風を装って言った。
「そうですわ、陛下。代わりと言っては何ですが、そちらの女性を当家に譲っていただけませんか?」
「!?」
突然話を振られ、それまで沈黙していたエヴァ役の女性が目を白黒させる。
「彼女を、か……? まぁロランの護衛の任も不要となったし、特に機密に触れさせてきたわけではないから構わんが……何故また?」
不思議そうな顔をする王に、ヒルダは少女らしい笑みを浮かべて言った。
「彼女には色々と助けてもらいましたから、できることなら是非仲良くしたいと思っていましたの」
「?」
嘘ではない。急遽悪役令嬢役を務めることになり、上手く王子の前で演技ができずにいたヒルダをエヴァ役の彼女は上手くフォローしてくれた。
また報告によると王子は当初、卒業パーティーのタイミングでヒルダを断罪し、大々的にエヴァとの婚約を発表しようとしていたらしい。流石にそんなことをさせて王家に泥を塗らせるわけにもいかず、彼女が上手く王子をコントロールして防いでくれたそうだが、ヒルダも大切な卒業パーティーで晒し者にならずに済んで助かった。
共にあの王子に苦労させられた者同士、色々と話をしてみたいこともあった。特に自分の演技は彼女から見てどうだったかとか。
王は「どうする?」と確認するようにエヴァ役の彼女に視線を向ける。
ヒルダは彼女に言った。
「ね、どうかしら? もし貴女さえ良ければ、私とお友達になって下さらない?」
「────」
エヴァ役の名も知らぬ女性はその言葉に一瞬目を丸くし、そして笑顔で頷いた。




