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一話

短編と同じ内容です。


「いいじゃないですか、平和な世界でまったりと暮らすのも」


 ずずっーと音を立ててオレンジジュースを飲みほし、佳也子はへらへらと笑う。


「俺もそうしたいところだが、お前が母親だということだけは許せん」


 俺は小さな両手でジュースのコップを握りしめ、つるつると逃げるストローを口で追いかける。




「えへへっ。お母さんですよ私は」


 佳也子は俺のコップに入ったストローをひょいと掴み、俺の口許へと持ってくる。俺は素直にそれを口の中へと入れる。一口ジュースを啜ったあと、中身をこぼさないようにゆっくりとテーブルの上に置く。




「お前は単なる雑用係りだ。それ以上でもそれ以下でもないっ」


 きっぱりと言い切る俺に佳也子はぷぅと頬を膨らませる。それが25歳になる女の顔かっ。


「ひどいですよぉ。瞳くんは今は魔王様でもなんでもないんですから。私が産んだ子供なんです」


 めっと叱りつけるように俺のおでこを軽く佳也子が叩く。


 その仕草が非常に腹が立つ。




 俺、笠原 瞳。4歳になったばかりの保育園児だ。


 前世は別の世界の魔王だった。そしてこいつは単なる雑用係の低級魔族だった。


 前世など思い出さずにいられたなら、それはそれできっと平凡でこんなムカつくことはない日常を送っていたはずだ。




 俺が前世の記憶を取り戻してしまったのは、ほんの数日前のことだった。


 出来るなら思い出したくもなかった。




 その日俺は年少組の遊戯会の練習をしていた。俺はヒラメの絵が描かれた画用紙でかかれたかぶりものをして、ひらひらと舞台のそでで華麗に踊っていた。




「可愛いっ!」


 くりくりとしたつぶらな瞳はやや蒼みがかり、さらさらの茶色の髪が踊るたびに揺れる。口はぷっくりのあひる口。保育園の保育士のお姉さんたちの視線を一身に集め俺は小さな手足を音楽に合わせて踊る。




 それが気に入らなかったのかタイのお面をかぶった悪戯っ子達がどんと大きく俺を突き飛ばす。


 俺はぐらりとバランスを崩し、そのまま頭から舞台のそでに置かれていた椅子に向かってぶつかった。




 頭に強い衝撃を受けた俺は気が付いたら、前世の記憶を取り戻した。


 記憶と共に取り戻した俺の魔力に感化され、母親である佳也子も引きずられるように前世を思い出した。




 頭にできたたんこぶはまだズキズキと痛いが、それ以外の外傷は特に負わなかったのは不幸中の幸いだ。


 それから俺は頑張って4歳児のふりをして生きている。


 200年以上生きた記憶があるだけになかなかの羞恥プレイだ。せめておむつが外れた後でよかったと自分を自分で慰めている。




 ピンポーン。


 玄関のチャイムが鳴ると佳也子は慌ただしく玄関へと走っていく。


 時間は夜の7時ちょい過ぎ。親父が帰ってきたのだろう。俺はそのまま椅子に座ってテレビのチャンネルを変える。




 本来なら俺を養ってくれている親父を出迎えに出るべきだが、絶対に行きたくはない。


 何故って?それはいまだに新婚気分でいるあの二人のイチャイチャを見たくないからだ。


 何が悲しゅうて雑用係のラブシーンを見なくてはいけないのだ。




 俺はじっと情報番組を眺める。


 この世界はあちらと違い科学が発展した世界だ。様々な技術や情報が垂れ流しされている。


 俺はもの覚えが非常に良い今の時期に出来るだけこちらの世界の情報や技術を覚えようと考えていた。




 記憶を取り戻して早3日。


 読み書きや計算など貪欲に知識を吸収する。今度の人生こそは勝ち組に乗りたいからだ。


 勇者に滅ぼされた前世など負け組以外でもなんでもなかった。


 我が人生に悔いなし!と大往生したいものだ。




 勉強は意外と楽しかった。


 例えば向うの世界では当たり前に使っていた雷の魔法だったが、どういう原理で雷が作られるのかすら知らなかったが、理解してしまうとなかなかためになる。




「ただいまぁ、瞳くん。パパですよぉ」


 判っとる。


 親父はテレビを見ていた俺の前に回り込み、抱き上げると顔をくっつけて頬ずりする。


 ひげがジョリジョリと当って痛い。




 俺は力の限り抵抗して、親父の顔を剥がして「パパ、おかえりぃ」と笑顔を見せる。


 養ってもらっているので、機嫌を取っておく必要があるのだ。


 親父はだらしなく笑うとまた俺に頬ずりしようとする。一度目は我慢するが二度目は我慢ならんっ。




 俺は体全体に魔力を込め、親父の顔を押し戻す。


 ぐぐぐっと簡単に親父の顔を押し戻すと、難なく親父の腕から抜け出してぴょんと床に着地する。




「もうねるぅ」


 佳也子に向かってそう声をかける。風呂も食事も終わった俺は後は寝るだけだった。


 勿論ねるつもりはないがな。




「待って、瞳くんっ」


 親父が必死に俺を呼びとめる。


「ほら、瞳くんが欲しがってたスマホだよ」


 親父はいそいそと鞄からプレゼント用に包まれた箱を取り出す。




 普通の親は4歳児にスマホを買い与えるなどということはしない。4歳児に使いこなせるわけがないからだ。


 だが俺の父親はある意味変わっている。見かけは普通のどこにでもいるやさ男なのだが、実は頭がかなりいい。中学生くらいの年には博士号をとり、30にもならないうちに立派な研究所の所長様だ。


 自分が変わっていたから、変わっている自分の子供の言動に不思議と不安を感じないらしい。




 おかげで家ではあんまり猫をかぶらずに済む。


 俺はスマホが入った箱を受け取ると、リップサービスとして「ありがとう、パパ大好きぃ」と笑顔を振りまいておく。


 再びデレデレとした親父に捕まえられる前に俺はさっさとリビンクから逃げ出した。








「佳也子、最近おかしくないか?」


 俺は前を向いたまま隣を歩く佳也子に話しかける。


「ん?何がぁ?」


 佳也子は何度も俺と手を繋ごうと手を伸ばしてくるが、俺はそれをぱしりと手で振り払う。


 今は保育園から家まで帰っている最中で、のどかな住宅街を歩いているところだ。




 まだ4時前で、閑静な住宅街には人通りが少ない。


 だから余計に俺たちをつけて後ろを歩く人影が気になる。どうも素人らしく尾行に不慣れな様子だ。


 これはいわゆるストーカーだろうか?




「次の角を曲がったら隠れるぞ、いいな」


 俺は佳也子にそうきっぱりと言い切ると、佳也子は曖昧に頷く。佳也子はつけられていることに全く気が付いていないようだった。




 隠れると決めていた角を曲がった瞬間、俺たちはこっそりと電柱の看板の影に身を隠す。


 しばらく待つとブレザーをきた女子高校生らしき女が角を曲がってくる。


「え? あれ?」


 俺たちを見失ったことに驚いた女はキョロキョロと周りを見回す。




 女子高校生のストーカーかよっ。


 きりっとした少し太めの眉に気が強そうな瞳を持った女だった。体は華奢でほっそりとしており、身長は標準でいうといくらか低め。艶やかな黒髪を結い上げられ、キョロキョロと動くたびにポニーテールの後ろ髪が揺れる。




 そのまま女は不思議そうに道を先へと進んでいく。俺と佳也子はこっそりと女の後ろに回り込む。俺はジェスチャーで佳也子にその女に話しかけるようにと指示を出す。




「えっと、ちょっとそこの子ぉ」


 佳也子は気が抜けた声で女に話しかける。


 女ははっとしたように俺たちを振り返る。




「僕達に何の用ぉ?」


 俺はわざとらしくたどたどしい声をだして小首を傾げる。


「……そ、そんな可愛い声を出しても騙されないわよっ!」


 女はきっと俺をにらみつけ、びしっと指さす。


「あんた魔王でしょ!」




 俺は目を細めてじっくりと女を眺める。


「なんかばれていますよ!」


 佳也子がわたわたと挙動不審に手足を動かす。


 アホか、この女は!俺はじろりと佳也子を睨む。馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、ここまでとは……。




「やっぱり、魔王だったのね。何か悪巧みしてるんじゃないでしょうね!」


 佳也子の慌てっぷりに核心を得たのか、女は毅然とこちらを見下ろす。


 何か見覚えあるぞ。この正義感を振り回したような言動。




「……お前勇者だな? 性転換したのか?」


 俺はゆっくりと目の前の女に尋ねる。


「仕方ないでしょ、好きで女に産まれわけじゃないんだから! 男に産まれたあんたには私の苦労なんてわからないんだわっ!」


 毎日おかまの気分よっと叫ぶ女、いや勇者は顔を真っ赤にして怒鳴る。




 知るか、そんなもん。


「そんなことよりもお前何で前世で俺を倒した?」


 正直悪いことなんて何もした覚えはない。不意打ちの様に突然城に勇者こいつが現れて、いきなり剣を振り下ろしてきたのだ。




「魔王といえば悪に決まっているじゃないの!」


 キッと俺を睨んで勇者が答える。


「だから具体的に悪って何をしたんだって聞いているんだよ」


 俺は腕を組んでイライラと目の前の勇者をじっと見上げる。




「それは……」


 ぐっと勇者が黙り込む。


 何だよ、理由ないのかよっ。そんなんで俺殺されたのか?




「ほらっ、あれじゃないですか?」


 隣で佳也子がわたわたと手を振りまわしながら俺に言った。


「そっ、それよっ!」


 勇者はびしっと佳也子を指さす。


 あれって何だよ?




「魔将軍のプリンを食べちゃったことですよ。かなり怒っていましたよ。もうムカムカプンプンでしたよ!」


 俺は白けた目で佳也子を眺める。


 佳也子はまるで幼稚園児のようにムカムカプンプンと大きく手を振ってジェスチャーを繰り返している。




 ……お前黙っていろよ、少しの間。


 勇者の方はさっと顔を青ざめて、だらだらと冷汗を垂らしている。


 そりゃそうだろう。プリンが俺を倒した理由だとさっき宣言したのだから。




「お前ら、正座っ!」


 俺は沸々とした怒りのままにそう叫ぶと、二人は道端にさっと正座で座り込む。


「佳也子はうるさいから黙れ。勇者ももう今更だからあんまりぐだくだ言いたくないが、もう少し考えて動け!単なる難癖だぞ、お前がやったことは!」




「……すみませんでした」


 素直に勇者が頭を下げる。


 正直意外だ。周りが見えない正義馬鹿かと思っていた。




「聖なる剣に選ばれて、魔王を倒してこいと言われました。使命だからだと。あの時は何にも考えていませんでした。すみません」


 額を地面にこすりつけて勇者が泣きそうな声で謝る。




 人通りが少ない道ではあるが、全く人がいないわけではない。


 幼稚園児に向かって女子高校生と若い女が土下座している姿にぎょっとした通行人がポケットから携帯を取り出し、写メをとってから慌てて走って逃げていくのが見えた。




「……ともかく、ここは人目がある。家に帰ろう」


 俺は逃げ出した通行人のポケットに小さな雷の魔法を放ってから、二人に声をかけた。


 二人はすごすごと俺の後をついてくる。


 厄日だ。


 俺は可愛らしい顔をひくりと引きつらせた。








「みてみて、これ可愛いでしょ?」


「わぁ、猫さんですね。可愛いです」


 きゃっきゃっきゃと勇者と佳也子が俺のアルバムを見ながら楽しそうに騒いでいる。


 俺はさっとアルバムを取り上げる。




「瞳くん、何するのぉ!」


「ひどいっ!」


 二人がぎゃあぎゃあと文句を垂れる。


 女が二人もいるとうるさくてかなわない。俺は二人を無視して、ソファに座りおやつのホットケーキに手を伸ばす。




 あれから何でか勇者がうちに遊びに来るようになった。


 何でも前世の借りを返したいそうだ。


 正直迷惑以外の何物でもない。




 暇があると二人でお遊戯会のDVDや昔のアルバムを取り出して鑑賞している。


 何の悩みもないやつらは呑気でいいよな。


 俺は二つの手書きの招待状を並べて、じっとそれを見比べている。




「なあに、それ?」


 佳也子がそれに気が付き近寄ってくる。


「クリスマスパーティの招待状?」


 勇者が置いていたカードを取り上げ中を検分する。


 こら、人のものを勝手に見るんじゃない。




「ふぅん。どっちも女の子からかぁ。やるなぁ、瞳くん」


 ニヤニヤと佳也子は笑う。


「同じ日だからどっちいくのか悩んでいるのね。なるほど」


 勇者が俺の悩みに気が付きぽんと手を叩く。




「で、どっちが可愛いの?」


 ツンツンと俺をつつきながら佳也子が楽しそうに尋ねる。


「俺が一番可愛い」


 ふんっと俺は胸を反らして答える。




「あー、でたでた。俺様降臨ですかぁ」


 ふぅと佳也子は溜息をついて大げさに肩をすくめる。


 事実なんだから仕方ないだろう?




「正直、顔はあんまり覚えていない。こっちが金持ちの娘で保育園では嫌われ者。こっちが庶民の娘で保育園では人気者。人脈をとるか、将来のコネを取るか悩ましいところだ」


 ふぅと俺は溜息をついて答える。




「黒い、黒いわぁ。全く幼児らしくない」


 勇者はじっと俺を見下ろしてぷるぷると震える。


「昔はママと結婚するのぉ!とか言って可愛かったんだよ」


 佳也子は遠い目で俺の黒歴史を語る。そんな物心ついていない言動をいつまでも覚えているなっ!




 結局ギリギリまでどちらに行くべきか俺は悩んだ。


 でもそれは無意味だった。何故なら俺はクリスマス会の前日に見知らぬ男に薬を嗅がされ、誘拐されてしまったからだ。




 目が覚めると薄暗い広い場所で俺は横になっていた。


 はて、ここはどこだろう?


 俺はすぐに人の気配がないことに気が付くと、光の魔法を撃ちあげる。魔王だからって光魔法が苦手じゃないんだよ、別に。




 俺がいた場所は広い寂れた倉庫の中だ。埃だらけの段ボールがごちゃごちゃと置いてある。


 確か保育園から帰る途中で、佳也子が醤油を買い忘れたといってスーパーに走って戻っていったのを覚えている。スーパー前で俺は堂々とさらわれたのか。


 阿保か、犯人。監視カメラかなにかに映ってるだろう、絶対。




 といってももう日がとっぷりと暮れているようだ。上手く逃げ切ったのかな。


 ゴソゴソと保育園の水色のスモックをさぐるが、スマホは取り上げられているようで、ポケットの中には何も入っていない。




 足はビニールテープのようなもので縛り上げられいたので、魔力を足に込めてそのまま無理やり引きちぎる。


 さて、なんで俺は誘拐されたのだろうか。


 思い当たるのは親父の研究関係か、俺が可愛いからの2択だ。


 後者だと変態に遭遇することになるからできれば前者であって欲しい。




 俺はすくっと立ち上がると、そのまま体を宙に浮かせる。埃っぽい倉庫の中をそのまま歩く気になれなかったからだ。スモックと半ズボンは埃で少し汚れてしまっている。帰ったら佳也子に洗ってもらわないと駄目だな。




 天井付近までそのまま空を飛び、俺は出口を探す。


 するとギシギシと何かを押す音が聞こえてきた。音がする方向を見ると扉を開けて誰かが入ってきたようだ。俺はすっと倉庫を支える柱の陰に隠れる。



「何だこの明かりは?」


「大変だ、餓鬼がいない!」


 倉庫に入ってきたのは二人の男だった。一人はスカジャンにジーンズの茶髪でチャラチャラした若い男。もう一人は安物のグレーのスーツを着た男だった。


 サラリーマンとヤンキー?どういう組み合わせだ。


 雰囲気からいって誘拐の理由は前者のようだった。俺はじっと二人の様子を見守る。


「とにかく探せ!俺はそろそろ取引の時間だから手が離せない」


 サラリーマンはそういうと持っていたカバンからノートPCを取り出す。


 どうやらネットを経由して親父から何らかのデータを受け取るようだ。


 ヤンキーのほうは、焦ったように腕を振り上げる。何する気だ?


 じわじわとヤンキーの体に魔力が流れ込むのに俺は気が付いた。


 青白い魔力で全身を包むと、ヤンキーは自分の影に向かって腕を振り下ろす。


 影の中からボコボコと中型犬のような影が複数生み出される。


 シャドウハウンドだ。


 影犬達がくんくんと俺が寝かされていた場所の匂いを嗅ぐ。


 俺はその隙に扉から倉庫の外に出る。街灯の薄明かりで海の近くの倉庫であることが判る。


 東京湾の近くだろうか?




 俺は倉庫から少し離れた場所に着地して追手を待ち受ける。


「ギャウギャウッ!」


 影犬達がけたたましく鳴きながら倉庫の中から出て来る。俺を見つけると奴らは俺を取り囲みウゥーと低い声で唸る。


 やや遅れて飼い主であるヤンキーが俺の前に姿を現した。




「よお、久しぶりだな」


 俺はじっとヤンキーを見上げて軽く手を上げる。


「はぁ? 勝手に抜け出んじゃねぇよ、この餓鬼!」


 ヤンキーが俺に向かって怒鳴りつけるが、俺は平然と相手を見続ける。




「いつからお前は悪事に手を染めるようになったんだ? シャッカイ」


 俺の投げかけた言葉にぴくりとヤンキーいやシャッカイは体を強張らせる。


「……誰だ、お前?」


 警戒心を露わにシャッカイは俺をにらみつける。




「忘れたか? お前の主を」


 俺はニヤリと笑う。


 幼い俺の姿ではそれほど迫力は出ないので、代わりに魔力を込めて闇魔法を自分を中心に数メートル飛ばす。


 ぐにゃりと影犬達の形が崩れそのまま崩壊する。




「まっ、魔王様!」


 シャッカイは俺に気が付くとその場に跪く。


「すみません。俺頭悪いし、食うのに困って……。ほんと、スンマセン!」


 まぁこいつが頭が悪いのはよく知っている。前世では結局門番止まりだったしな。




「悪事はもう止めろよ? うざい奴まで転生してるからな」


 俺はそう言ってシャッカイに自宅まで送るようにと指示を出す。シャッカイは素直に俺の言うことを聞いて、すぐに車を持ってきた。取り上げられたスマホを返してもらい、家に電話をする。




「あ、瞳くん? 今どこ?」


 息子が誘拐されたわりには呑気そうな佳也子の声が聞こえてくる。


「知らん。今から帰る。ところで親父は何かデータを渡したりしてないだろうな?」


「大丈夫。瞳くんなら絶対無事だって言っといたから。ハッキングデータってのを送りつけるって言った。あ、晩御飯は七面鳥だよっ!クリスマスケーキが待っているから、早く帰ってきてね」


 佳也子はそれだけ言うと電話を切る。




 4歳児のどこをどう考えたら大丈夫なんて判断できるのか謎だ。


 俺は待たせていたシャッカイの車に乗り込む。


 クリスマスケーキは苺だけのやつがいいな。他の果物が入っているのは俺は苦手だった。








「ちわーっす。掃除に来ました」


 朝も早くからシャッカイがペコペコと頭を下げて玄関から上がってくる。


 結局俺はあの後親父から借金をして、それを元手にシャッカイに馬券を買わせ競馬で荒稼ぎをしてきた。ある意味八百長だ。なにせ走る馬に商談を持ちかけたのだから。




 シャッカイの借金と馬への貢物、それとシャッカイの生活費を捻り出した。


 今はシャッカイはハウスキーパー見習いとして俺の家に丁稚奉公に来ている。


 あのサラリーマンは親父の逆襲にあい、あえなく捕まった。研究所に出入りしている企業の一人だったそうだ。




 親父の名義で田舎に広い家を買った。


 なにせ魔王だと思いだしてから、やたらと前世にかかわる奴らによく出会う。


 シャッカイのように面倒をみてやらないといけないやつがこれからも出て来るかもしれない。そいつらが住めるように広めの家だ。




 俺は保育園のスモックを一人で着つけると、子供用の椅子に座る。


 親父が「一人で服を着れるなんて、瞳くんも成長したなぁ」と嬉しそうに俺の頭を撫でる。


 俺はあひる口をぶぅと膨らませる。せっかく綺麗にといた髪がぐちゃぐちゃだ。




「今日はパンケーキだよ。シャッカイも食べるでしょ?」


 佳也子は朝食をキッチンから運びながら、入ってきたシャッカイに声をかける。


「あ、俺も手伝う」


 シャッカイはいそいそと佳也子の手伝いを始める。


「ん?」


 俺は佳也子の体から別の魔力の気配を感じ、首を傾げる。


 じっと俺が佳也子の腹を見ていると佳也子はへへと嬉しそうに笑う。




「瞳くんも気が付いた? 新しい家族が増えるみたいだねっ。それも魔力持ち。誰が産まれるのかなぁ。楽しみだなぁ。瞳くんもついにお兄ちゃんだねっ」


 佳也子はへらへらと笑う。




 家族と言われてもピンと来ない。昔はずっと一人だったのだから。


 願わくば俺の知らない誰かであってほしい。




「おはよう!」


 家を出ると勇者がにこにことポニーテールを振りながら笑顔で出迎える。


 どこからどうみてもストーカーにしか見えない。


 わざわざ学校に行く前に俺の家に寄る事態がおかしい。




「お姉ちゃん、おはようぉ」


 俺は近所の人の手前にこやかに勇者に笑いかける。


「くぅ、今日も可愛いぃ!じゃ、また後でね!」


 勇者は手を振って学校へと走り出す。



「一度しめときますか?」


 シャッカイが勇者の背中をじろりと睨みながら俺に尋ねる。


「悪いことはしちゃだめだよ」


 俺は小首を傾げて笑顔でシャッカイに向かって言う。


 変に暴走勇者を刺激するなっていうのっ!


 俺が魔法を使えるように、あいつも聖剣を体から取り出せるらしい。


 俺の心の声が聞こえたのかシャッカイは「スンマセンッ」とペコペコと頭を下げる。




 今日は保育園で乾布摩擦がある。正直寒い中に何がやりたんだか俺には判らない。


 ああ、早く大人になりたい。


「瞳くん、行こう」


 無駄に元気な佳也子が俺に向かって手を差し伸べてくる。


 人目があると俺が保育園児の振りをしていることを判っていてやっているのかと勘繰りたくなる。


 俺は佳也子の差し出した手に自分の小さな手を重ねる。

 佳也子の手は暖かかった。

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