第8話 赤い土、黒い土
翌朝。
現場の空気は、昨日までとは明らかに違っていた。
俺と理香が昨晩見つけた(正確には洗い出したわけではなく、土に混じっていた)漆塗りの櫛の破片。
それを内海さんに見せると、彼の顔色が変わったのだ。
「……おい、マジかよ」
内海さんはピンセットでその破片をつまみ上げ、ルーペで覗き込んだ。
「赤漆だ。しかも、かなり高度な技術で塗られている。この地域の土着のものじゃない。交易品か、あるいは……」
「あるいは?」
「外部から持ち込まれた、特注品だ」
内海さんはゴクリと唾を飲み込んだ。
「須藤、牧村。今日の作業は慎重にいけ。昨日以上にだ。ミリ単位で削れ。この櫛が出たってことは、その下には間違いなく『持ち主』がいる」
俺たちは無言で頷き、穴の底へと戻った。
緊張感が支配する。
セミの声さえ遠くに感じるほどの集中力。
カリ……カリ……と、竹べらで土を削る音だけが響く。
深度は地表から一・五メートルを超えた。
土の色は、黒色土から、さらに粘り気のある灰褐色へと変化している。
これは「貼床」と呼ばれる、墓底を平らにするための人工的な土の層だ。
つまり、もうすぐ底だ。
「先輩、ここ」
理香が小声で呼んだ。
彼女の手元。櫛の破片が見つかった場所のすぐ近く。
土の中から、白い曲線が浮かび上がっていた。
石灰岩ではない。
滑らかで、有機的なカーブ。
骨だ。
頭蓋骨の一部。
「出ました……」
理香の声が震えている。
俺は息を止め、周囲の土を慎重に払い除けた。
丸みを帯びた前頭骨が見えてくる。
さらに掘り進めると、眼窩の窪みが現れた。
空洞の瞳が、数千年ぶりに太陽の光を浴びて、俺を見上げている。
「保存状態がいい。奇跡的だ」
日本の土壌は酸性が強いため、通常、骨は溶けてなくなってしまうことが多い。
だが、ここは貝殻などが混じったアルカリ性の土壌だったのか、あるいは粘土層がパックの役割をして空気を遮断していたのか。
とにかく、骨はそこにあった。
だが、驚くべきはそれだけではなかった。
「先輩、もう一つ……」
理香が指差したのは、最初の頭蓋骨のすぐ隣。
わずか数十センチしか離れていない場所に、もう一つの白い膨らみが見えてきたのだ。
二体。
しかも、ただ並んでいるのではない。
掘り進めるにつれて明らかになったその配置は、異常だった。
一方は仰向け。
もう一方は、それに覆いかぶさるように、横向きに埋葬されていた。
まるで、相手を庇うように。
あるいは、抱きしめるように。
「……合葬」
俺は掠れた声で呟いた。
縄文時代の合葬例は極めて少ない。親子か、兄弟か、夫婦か。
だが、これほど密着した状態で埋められている例は、教科書でも見たことがない。
源さんの話がリフレインする。
『抱き合ったまま深い穴に突き落とされ、生き埋めにされた』
「本当に、いたんだ……」
理香がポロリと涙をこぼした。
彼女は汚れた手で顔を覆い、泣いていた。
「かわいそうに。怖かったでしょうね、苦しかったでしょうね」
彼女には見えているのだろうか。
この骨が生きた人間だった頃の姿が。その最期の瞬間の絶望と、愛が。
俺は冷静に観察しようと努めた。
骨盤の形状から性別を判定する。
仰向けの個体は、骨盤が広く、華奢だ。おそらく女性。
覆いかぶさっている方は、骨太で、眼窩上隆起が発達している。男性だ。
男女の合葬。
しかも、男性の骨には、肋骨のあたりに不自然な亀裂が入っているように見えた。
死因に関わる外傷か?
「……内海さんを呼んでくる」
俺は立ち上がろうとしたが、足が震えて力が入らなかった。
ただの骨だ。カルシウムとリン酸の塊だ。
そう頭では分かっているのに、目の前の光景が発する「物語」の引力が強すぎて、俺の理性をねじ伏せようとしてくる。
これが、理香の言っていた「ロマン」なのか?
いや、これはもっと重く、苦いものだ。
俺たちはパンドラの箱を開けてしまったのかもしれない。
この村が隠し続けてきた、あるいは忘れ去ろうとしてきた、悲劇の記憶を。
風が吹き抜け、木々がざわざわと騒いだ。
まるで、二人の眠りを妨げるなと怒っているかのように。
空には、いつの間にか分厚い入道雲が立ち込めていた。




