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第6話 語られる鬼の哭き声

 正午。

 待ちに待った昼休憩の時間だ。

 俺たちは現場の脇にある木陰に座り込み、泥だらけの手を洗って弁当を広げた。


 内海さんが手配してくれた、地元の仕出し弁当。中身は煮物や漬物が中心の渋いラインナップだが、塩分を欲している体には、醤油の濃い味が極上のご馳走に感じる。


「うめぇ……里芋が五臓六腑に染み渡る……」


 俺が里芋の煮っ転がしを噛み締めていると、横で作業していた地元のお爺さんが話しかけてきた。


「兄ちゃん、精が出るねぇ」


 日に焼けた皺だらけの顔に、人懐っこい笑みを浮かべている。


 げんさん、と呼ばれている古老だ。この村で生まれ育ち、八十年近くこの山を見てきた生き字引のような人である。


「ありがとうございます。源さんも、その歳でよく動けますね。俺なんて腰が砕けそうです」


「はっはっは。土いじりは慣れたもんだ。それに、自分の先祖様の墓かもしれんと思えば、粗末にはできんからな」


 源さんは自身のタバコに火をつけ、煙を吐き出した。

 その紫煙の向こうで、理香が興味津々に身を乗り出す。


「ねぇ源さん、聞いてもいいですか?」


「あん? なんだいお嬢ちゃん」


「この場所のことです。『鬼の墓』っていう伝説があるって聞いたんですけど、本当なんですか?」


 その言葉が出た瞬間、源さんの目が細められた気がした。


 タバコの火先がジリ、と音を立てる。


「……どこで聞いた、その話を」


「大学で調べてきたんです。昔、村に鬼が来て、恋をして、殺されたって」


 理香は遠慮を知らない。その純粋な好奇心は、時に土足で人の心に踏み込む危うさがある。

 俺は少しハラハラしながら様子を伺った。

 源さんはしばらく沈黙していたが、やがてふぅっと煙を空に逃がした。


「伝説、ちゅうほど立派なもんじゃねぇよ。ただの昔話だ」


 源さんは語り始めた。

 それは、村に伝わる古い言い伝えだった。

 昔々、この山奥に、目の赤い大鬼が迷い込んできた。

 鬼は言葉が通じなかったが、不思議な術を使って、土から赤い石を取り出し、硬い道具を作る方法を知っていた。


 村の若者たちは鬼を気味悪がったが、村一番の美しい娘だけが、鬼に優しく接し、食べ物を分け与えた。

 やがて二人は心を通わせ、鬼は娘のために、見たこともない美しいくしを作って贈ったという。


「ロマンチック……!」


 理香が目を輝かせる。

 だが、物語の結末は残酷だ。

 ある日照りの年、村の作物が枯れ果てた。

 祈祷師は「鬼の祟りだ」と告げた。


 村人たちは鬼を捕らえ、生贄として殺すことに決めた。

 娘は鬼を助けようとしたが、叶わず、二人は抱き合ったまま深い穴に突き落とされ、生き埋めにされたのだという。


「それからだ。この場所を掘ると、地中から呻き声が聞こえるようになったのは。だから村の衆は、ここを『鬼の墓』と呼んで、近寄らなかったんだ」


 源さんはタバコを携帯灰皿に押し付けた。


「ダムになるからって掘り返してるが……本当は、触っちゃいけねぇ場所なのかもしれんよ」


 重い沈黙が流れた。

 夏の強い日差しの下だというのに、肌寒さを感じるような話だった。


「……製鉄技術者説、当たりかもしれませんね」


 俺は小声で理香に耳打ちした。


「赤い石っていうのは褐鉄鉱かってっこうのことだ。この辺りで取れる。よそ者が技術を持ち込んで、何らかの理由で迫害された。それが伝承のベースになってる」


「先輩、夢がないです」


 理香はむくれたが、その顔色は少し優れなかった。


「でも、生き埋めって……もし今掘ってるのがその場所だとしたら」


「ただの伝承だ。史実はもっとドライだよ。疫病か、部族間抗争か。そんなドラマチックな心中事件なんて、そうそうあるもんじゃない」


 俺は努めて合理的に振る舞おうとした。


 考古学は科学だ。伝承フォークロアを鵜呑みにしてはいけない。

 だが、源さんの最後の言葉が、妙に引っかかっていた。


『抱き合ったまま突き落とされた』


 もし、その記述だけが真実だとしたら?

 俺たちが今掘っている、あの大人二人が入れるサイズの長楕円形の穴。


 あそこに埋まっているのは、果たして何なのか。


「さぁて、午後も頑張るべぇ」


 源さんが腰を叩いて立ち上がる。

 俺も慌てて弁当箱を片付けた。

 現場に戻る道すがら、理香が無言で俺の袖を引っ張った。


「先輩」


「ん?」


「私、やっぱり見つけたいです。その二人」


「……まだ二人がいると決まったわけじゃないぞ」


「いますよ、絶対。だって、悲しすぎますもん。誰にも知られずに、冷たい土の中でずっと一緒なんて」


 彼女の横顔は、いつになく真剣だった。

 俺は何も言えず、ただ黙って頷くことしかできなかった。


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