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第5話 錆びついた関節

 朝、目が覚めた瞬間、俺は自分が人間ではなく、錆びついたブリキのおもちゃになったのかと思った。


 指先から首筋、背中、腰、太ももに至るまで、全身の筋肉という筋肉が悲鳴を上げている。


 特に腰の痛みが酷い。まるで腰椎の隙間にセメントを流し込まれ、そのまま固められたような感覚だ。


 寝袋から這い出そうとするだけで、「ぐうっ」と情けない声が漏れる。


「おはようございまーす! 先輩、生きてますかー?」


 教室のドアがガラリと開き、理香が飛び込んできた。

 彼女はすでにジャージに着替え、タオルを首に巻き、元気いっぱいに両手を広げている。


 朝の光を背負ったその姿は、この薄暗い廃校舎において唯一の光源のようにも見えるが、二日酔いならぬ「筋肉痛酔い」の俺には眩しすぎた。


「……死んでる。あと三百年くらい寝かせろ」


「ダメですよ。内海さんが校庭でラジオ体操の準備してます。遅れると朝飯抜きですよ」


「鬼か……」


 俺は呻きながら身を起こした。

 時計を見ると、午前五時半。


 考古学の朝は早い。日中の炎天下を避けるため、作業は日の出とともに始まり、夕方には終わる。サマータイムなどというお洒落なものではなく、単なる生存戦略だ。


 校庭に出ると、冷やりとした山の空気が肌を刺した。

 霧が立ち込め、周囲の山々は水墨画のように霞んでいる。


 作業員たちが眠そうな顔で整列していた。地元のシルバー人材センターから派遣されたお爺ちゃんたちと、俺たち学生アルバイト。平均年齢六十五歳オーバーの混成部隊だ。


「よーし、今日も掘るぞ! ラジオ体操第一、用意!」


 ラジカセから軽快なピアノ音が流れる。

 俺はギシギシと鳴る体を無理やり動かした。前屈運動をするたびに、ハムストリングスが断裂しそうな痛みが走る。


 隣では理香が、小学生の手本のような完璧な動作で跳躍運動をこなしていた。


「お前、筋肉痛じゃないのか?」


「全然? 私、こう見えて体力には自信あるんです。高校時代は陸上部でしたから!」


「……無駄にハイスペックだな」


 羨ましいを通り越して、憎らしい。

 朝食は、地元のお婆ちゃんたちが作ってくれた握り飯と味噌汁。

 質素だが、労働の前の体には染みる。

 それを胃に流し込むと、すぐに現場へ移動だ。


 俺たちが挑むのは、昨日見つけた謎の「巨大土壙どこう」。


 理香の直感が引き当てた、あの黒い土のエリアだ。


「よし、須藤と牧村は昨日の続きだ。土壙の輪郭ラインを確定させて、掘り下げろ」


 内海さんの指示が飛ぶ。


「了解です」


 俺たちは自分の持ち場――グリッドへと降り立った。

 昨日よりも少し深くなった穴の中は、湿気と土の匂いが濃い。

 俺は移植ゴテを握り、慎重に土を削っていく。

 発掘とは、ただ掘ればいいわけではない。


 重要なのは「層位そうい」だ。


 土は時間の経過とともに降り積もる。新しい土が上に、古い土が下に。その重なり(レイヤー)を読み解き、一枚ずつ丁寧に剥がしていく作業だ。


 もし間違えて深く掘りすぎてしまえば、それは「歴史の改竄かいざん」になる。一度掘った土は、二度と元には戻らない。リセットボタンのない不可逆の破壊行為なのだ。


「先輩、土の色が変わりました。もっと黒くなってます」


 理香が声を上げる。


すみだな。焼けた痕跡がある」


 俺は土を指で摘み、鼻に近づけた。焦げ臭い匂いはしないが、土の中に微細な炭化物が混じっている。


「何かを燃やしたんでしょうか?」


「住居跡なら炉の跡かもしれないが……ここは墓だろ? だとしたら、埋葬の儀式か何かで火を使った可能性がある」


「儀式……」


 理香の手が止まる。彼女の想像力がドライブし始めた証拠だ。


「故人を送るための送り火でしょうか。それとも、穢れを払うための炎?」


「さあな。今の段階じゃ妄想の域を出ない」


 俺は冷たく切り返すが、内心では少し脈拍が上がっていた。


 炭の混じった土。


 これは、ただの埋葬じゃない。


 通常、縄文や弥生の墓は、ただ穴を掘って埋めるだけの簡素なものが多い。これほど丁寧に、何らかの手順を踏んで埋められた形跡があるということは、埋葬された人物が「特別」だったことを意味する。


 村長か、シャーマンか、あるいは――。


「痛っ」


 不意に指先に痛みが走った。

 土の中に隠れていた鋭利な石片で、指を切ったらしい。

 血が滲み、黒い土の上に赤い滴が落ちる。


「先輩! 大丈夫ですか?」


「かすり傷だ。気にするな」


 俺はタオルで指を拭った。

 その時、ふと奇妙な感覚に襲われた。

 自分の血を吸った土が、まるで生き物のように脈打った気がしたのだ。


 熱中症か。それとも寝不足か。

 俺は首を振り、再びコテを握り直す。

 太陽は中天に昇り、影を短くしていく。

 セミの声が脳内に反響する中、俺たちはひたすら三千年前の地面と向き合い続けた。


 それは地味で、過酷で、果てしない作業だ。


 けれど、土を削るたびに、確実に「何か」に近づいているという予感だけが、俺の体を動かしていた。

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