第4話 君の直感
発掘調査というのは、一言で言えば「土木作業」だ。
ただし、ブルドーザーやショベルカーといった文明の利器は使えない。
使うのは、移植ゴテ(園芸用の小さなスコップ)、竹べら、そして己の筋肉のみ。
なぜなら、俺たちが探しているのは、機械で掘れば一瞬で粉々になってしまうような、脆く儚い過去の痕跡だからだ。
「うぅ……腰が……」
作業開始から二日目の昼下がり。
俺は深さ一メートルほどの穴――トレンチ(試掘溝)の底で、ゾンビのような声を上げていた。
直射日光が容赦なく降り注ぐ。気温は三十度を超えているだろう。
全身の水分という水分が汗となって噴き出し、作業着は雑巾のように重くなっていた。
「だらしないですねぇ、先輩。まだ二時間しか経ってませんよ」
隣のグリッド(区画)では、理香が信じられないほどのハイペースで土を削っていた。
彼女は麦わら帽子に首タオルという、完全に「農家の嫁」スタイルだったが、その手つきは繊細かつスピーディだ。
「お前……なんでそんなに元気なんだ」
「愛ですよ、愛! この土の下に、彼らが眠ってると思えば、疲れなんて吹き飛びます!」
理香は移植ゴテを器用に操り、地面の表面を数ミリ単位で削ぎ落としていく。
ガリ、という感触と共に、土の色が変わる瞬間を見逃さない。それが遺構を見つけるコツだ。
「須藤、牧村、どうだ? 何か出たか?」
上から内海さんの声が降ってくる。
「ダメです。関東ローム層の赤土ばっかりで、遺物包含層に当たりません」
俺が首を振ると、内海さんは渋い顔をした。
「おかしいな。地形的にはこの辺りが一番怪しいんだが……牧村ちゃんはどうだ?」
「土器片が数点出ましたけど、細かいですね。生活面(生活していた地面)というよりは、流れ込んだ土砂って感じです」
この現場は、縄文時代後期から弥生時代にかけての集落跡だと推測されている。
山の中腹にある平坦地。水場も近く、日当たりもいい。人間が住むには絶好のロケーションだ。
だが、今のところ決定的な遺構――住居跡や墓などは見つかっていない。
ハズレを引いたか。
考古学ではよくあることだ。三週間掘って成果ゼロ、なんてこともザラにある。
俺としては、何も出なければ図面を書く手間が省けてラッキーなのだが、内海さんの殺気立った顔を見る限り、そうも言っていられない。
「場所を変えるか……」
内海さんが腕組みをして、次の指示を出そうとした時だった。
「待ってください」
理香が手を止めた。
彼女はトレンチの隅、崖に近い際どい場所に視線を固定している。
「どうかしたか?」
「ここ……なんか、違います」
理香は移植ゴテを置き、素手で地面を撫でた。
「違うって、土の色か?」
俺も覗き込むが、周りと同じ赤茶色の土に見える。硬さも変わらない。
「いえ、温度というか、気配というか……。ここだけ、土が『柔らかい』気がするんです」
「気がする、で掘るわけにはいかんぞ。工期がないんだ」
内海さんが諭すように言う。
だが、理香は引かなかった。
「お願いします。あと十センチ、いや、五センチだけでいいんです。ここを掘らせてください」
彼女の目は本気だった。
あの、実習室で「忘れられるのが嫌だ」と語った時と同じ、切実な光。
内海さんは俺を見た。「お前の後輩だろ、なんとかしろ」という目だ。
俺はため息をつき、自分のスコップを持った。
「分かりましたよ。俺が掘ります。牧村の勘違いだったら、今日の夕飯の皿洗いは全部お前な」
「交渉成立です!」
俺は指定された場所へ移動し、ガリガリと土を削り始めた。
一センチ。変化なし。
二センチ。ただの赤土。
三センチ。石ころが出てきて邪魔をする。
「ほら見ろ、何もな……」
俺が諦めて顔を上げようとした、その瞬間だった。
――カツッ。
コテの先に、今までとは違う感触が伝わってきた。
石ではない。もっと粘りのある、吸い付くような硬さ。
そして、削り取った土の色が、鮮やかな赤から、ドス黒い黒へと変わった。
黒色土。
有機物を多く含んだ土。つまり、かつてそこに植物や、あるいは「何か」が埋められ、腐敗した痕跡。
「……ストップ」
内海さんの声が低くなった。
「須藤、貸せ」
内海さんが飛び降りてきて、俺の手から竹べらを奪い取る。
慎重に、黒い土の輪郭をなぞっていく。
丸くない。四角くもない。
それは、長楕円形。人間一人が、足を伸ばして横たわれるくらいの大きさ。
土壙。
つまり、墓の穴だ。
「ビンゴだ……」
内海さんが呻くように言った。
「土壙墓だ。しかも、かなりデカい。この位置、この深さ……間違いない、この遺跡の主役級だぞ」
現場の空気が一変した。
周りで作業していた学生や地元の人たちが、わらわらと集まってくる。
俺は呆然とその黒いシミを見つめ、そして隣にいる理香を見た。
彼女は「ほらね?」と勝ち誇った顔をするでもなく、ただ静かに、その墓の輪郭を見つめていた。
まるで、久しぶりに友人に再会したかのような、穏やかで、少し寂しげな表情で。
「言ったでしょう、先輩」
理香が小さな声で言った。
「呼んでるんです。見つけてくれって」
俺の背筋に、冷たいものが走った。
偶然だ。そう思いたかった。
だが、数千年の土の厚みを透過して、正確にこの場所を言い当てた彼女の「直感」は、もはやオカルトの領域だ。
この時の俺はまだ知らなかった。
この墓の中に眠っているのが、単なる一体の骨ではなく、考古学の常識を覆すような「異様な姿」をした二人であることを。
「よし、全員作業中止! この土壙の検出に全力を注ぐぞ!」
内海さんの号令が飛ぶ。
俺は震える手で、再び移植ゴテを握り直した。
ただの土木作業は終わりだ。
ここから先は、過去との対話が始まる。




