第21話 最後の選択
その日の夕方。
骨の取り上げ作業は完了した。
空っぽになった土壙の中に、俺と理香は並んで座っていた。
作業を終えた虚脱感と、奇妙な達成感。
俺たちは、泥だらけのまま、夕焼けを見ていた。
「ねぇ先輩。私、見えた気がします」
理香が膝を抱えて呟く。
「あの日のこと」
「……俺もだ」
三千年前の、雨の日。
男は、すでに立つこともできないほど弱っていた。水銀の毒が体を蝕み、呼吸をするのも辛かったはずだ。
村の男たちが囲む。手には弓矢。目は欲望と恐怖に血走っている。
「用済みだ」
「殺せ」
「宝の地図を出せ」
罵声が飛ぶ中、男は娘に櫛を渡した。
『行け。これを持って逃げろ』
言葉は通じなくても、心は通じていただろう。
だが、娘は首を振った。
彼女は櫛を胸に抱き、男の前に立ちはだかったかもしれない。
しかし、無情にも矢は放たれた。
男の胸を貫く黒曜石の鏃。
崩れ落ちる男。
そして、ここからが「真実」だ。
村人たちは娘を引き剥がそうとしただろう。彼女は村長の娘だ。殺すつもりはなかったはずだ。
だが、彼女は自ら穴に飛び込んだ。
あるいは、毒を飲んだか、短剣で自らを突いたか。
まだ息のある男の体に覆いかぶさり、その手を握りしめた。
『離れない。絶対に』
その鬼気迫る姿に、村人たちは手出しできなかった。
恐怖した彼らは、土をかけて二人を埋めるしかなかった。
大量の朱と共に。せめてもの鎮魂と、そして封印のために。
「心中……というよりは、抵抗だったんですね」
理香が涙を拭いながら言う。
「村の理不尽に対する、命がけの抵抗。愛を貫くことが、彼女にとっての戦いだった」
「ああ。そして彼女は勝ったんだ」
俺は空っぽの穴の底を撫でた。
「三千年経って、村はダムに沈む。村人たちの欲望も、恐怖も、すべて水に消える。でも、彼女たちの愛だけは、こうして俺たちに見つけ出された。残ったのは、彼女たちの想いだけだ」
考古学とは、勝者の歴史をなぞるだけじゃない。
敗者の、声なき声を拾い上げる学問だ。
俺はずっとデータを信じてきた。でも、データをつなぎ合わせるのは、結局のところ「人の心」でしかない。
理香が教えてくれたことだ。
「先輩」
理香が俺の肩に頭を乗せた。
「ん?」
「私、先輩と一緒でよかったです」
「……なんだ急に」
「先輩が冷静に分析してくれたから、ここまで辿り着けました。私一人じゃ、ただ泣いて終わってました」
「お前が直感で掘り当てなきゃ、何も始まらなかったさ」
俺たちは互いに泥だらけで、汗臭くて、酷い格好だった。
でも、不思議と嫌じゃなかった。
隣にいる彼女の体温が、三千年前の二人と同じように、確かな「生」の実感として伝わってくる。
「……帰ろうか。内海さんが待ってる」
「はい。お腹空きましたね」
俺たちは手を取り合って、穴から這い上がった。
西日が、二つの影を長く伸ばしていた。




