第20話 繰り返された歴史
源さんは、一人で来ていた。
昨日のような殺気はない。憑き物が落ちたような、酷く老け込んだ顔をしていた。
彼は無言で穴の縁に立ち、持ってきた花を、掘り出されたばかりの骨の横に供えた。
白いユリのような花だ。
「……すまねぇな」
源さんがポツリと言った。
俺たちは警戒を解き、彼に向き直った。
「源さん、知ってたんですよね。全部」
俺が問うと、老人は力なく頷いた。
「口伝えだ。代々の村長だけが知る、秘密の歌があってな」
源さんは、低い声で歌うように語り始めた。
『赤き石、毒の水、鬼の血肉で村富むも、櫛の在り処は鬼ぞ知る』
「櫛の在り処……やっぱり、この櫛が鍵だったんですね」
「ああ。先祖たちは知っていた。殺した異人が、どこかに莫大な宝(鉱脈)を隠していることを。そしてその場所を記したものを、娘に託したことを」
村人たちは必死で探したはずだ。
男を殺した後、娘を問い詰めたかもしれない。「地図を出せ」と。
だが、娘は口を割らなかった。
あるいは、櫛の裏に刻まれていることすら隠し通した。
そして彼女は、秘密を持ったまま、男と一緒に埋められた。
「村はずっと探していたんだ。その『失われた鉱脈』を。江戸時代にここを掘り返したのも、祟り封じなんて嘘だ。本当は、その地図を探すためだったんだよ」
源さんが告白する。
三千年前の欲望が、江戸時代まで続き、そして現代の源さんたちまで縛り付けていた。
彼らが発掘を妨害したのは、先祖の罪を隠すためだけじゃない。
まだ見つかっていない「宝」を、よそ者に奪われるのを恐れたからだ。
「馬鹿な話だ……」
源さんは自嘲気味に笑った。
「そんなもん、ありゃしねぇと思ってた。ただのお伽話だと。でも、お前さんがたが、本当に櫛を見つけちまった」
彼は理香の手にある、小さな袋を見つめた。
「それが、わしらを三千年間狂わせてきた呪いの正体か」
「呪いなんかじゃありません」
理香がきっぱりと言った。
「これは、愛です。彼が彼女を守ろうとした証です。あなたたちの先祖が奪い取ろうとしたのは、富なんかじゃない。二人の絆そのものだったんです」
理香の言葉に、源さんはハッとしたように顔を上げた。
そして、深々と頭を下げた。
「……若いの。わしらは、間違っとったかもしれん」
源さんの目から涙がこぼれる。
「村を守るためだと言い聞かせてきた。だが、本当に守らなきゃならなかったのは、過去の亡霊じゃなく、今を生きるわしらの心だったのかもしれん」
俺は、掘り出したばかりの江戸時代の十手を、源さんに手渡した。
「これはあんたが持っていてくれ。村の歴史の証人として」
源さんは震える手でそれを受け取った。
錆びついた鉄の塊。
それは、村が背負ってきた罪の重さそのものだった。
「調査が終わったら、この場所はダムの底になります」
俺は言った。
「でも、彼らの魂は連れて行きます。博物館という新しい家で、今度こそ安らかに眠ってもらいます。だから、もう心配しないでください」
源さんは何度も頷いた。
その背中越しに、夏の風が吹き抜けた。
村を覆っていた重苦しい空気が、少しだけ晴れた気がした。
三千年の因果が、今ここで、ようやく断ち切られたのだ。




