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第18話 水銀の毒

 骨は語る、という言葉がある。


 だが、実際には骨は喋らない。骨が発するのは、無機質なデータだけだ。そのデータを「言葉」に翻訳するのが、俺たち考古学者の仕事だ。


 東京の大学から、正式な分析レポートが届いたのは、発掘期限の三日前だった。

 ファックスから吐き出される感熱紙には、無機質なグラフと数値が羅列されている。


 内海さんがそれをひったくるように読み、そして重く息を吐いた。


「……確定だ。須藤の推理通りだったよ」


 内海さんはレポートを机に置いた。


「男性人骨の大腿骨および肋骨から、極めて高濃度の水銀が検出された。常人の五十倍から百倍。これは急性中毒じゃない。数年から十数年にわたる、慢性的な蓄積だ」


 俺と理香は顔を見合わせた。

 水銀。

 それはしゅの精製過程で必ず発生する猛毒だ。


 硫化水銀である辰砂しんしゃを砕き、加熱し、蒸留して純粋な朱を取り出す。その工程で発生する水銀蒸気を吸い込み続ければ、体は内側から確実に蝕まれていく。


「手の震え、歩行障害、精神錯乱、そして全身の激痛……」


 俺は教科書的な知識を反芻する。


「彼は、この村に来てから死ぬまでの間、ずっとその毒に侵されながら働かされていたんだ。あの足枷をはめられて」


「酷すぎる……」


 理香が口元を押さえる。


「じゃあ、あの骨の変形も?」


「ああ。重労働による負荷だけじゃない。毒で骨が脆くなっていたんだ。それでも彼は、死ぬまで働かされた」


 俺はレポートの続きに目を走らせる。

 そこには、もう一つ残酷な事実が記されていた。


『女性人骨からは、水銀の蓄積は認められない』


 つまり、二人は同じ空間で暮らしていたわけではない。

 男は隔離された坑道や精錬所で毒にまみれ、女は安全な村の中で暮らしていた。


 二人の間には、身分という壁だけでなく、物理的な距離と、環境の断絶があったのだ。


 それでも、彼らは惹かれ合った。


 あるいは、その断絶こそが、二人の愛を燃え上がらせたのか。


「……内海さん」


 俺は顔を上げた。


石鏃せきぞくの成分分析はどうなってますか?」


 男性の肋骨に刺さっていた、あの矢じりだ。


「ああ、それも出てる。黒曜石だ。だが、産地が面白い。この近辺のものじゃない。和田峠わだとうげ産だ」


「和田峠……ここからかなり北ですね」


「つまり、流通ルートに乗って入ってきた高級品だ。村人が狩猟に使うような安物じゃない。当時としては最新鋭の武器だ」


 俺の中で、三千年前の「凶器」の正体が見えてきた。


 この村は、朱の生産で莫大な富を得ていた。その富で、外部から強力な武器を買い入れていたのだ。

 そして、その武器の矛先が向けられたのは、外敵ではなく、富を生み出してくれるはずの技術者自身だった

「使い捨てだ」


 俺は吐き捨てるように言った。


「男はもう、水銀中毒でボロボロだった。働けなくなった奴隷に、飯を食わせる意味はない。だから殺処分した。最新鋭の矢で、確実に」


 合理的な判断だ。


 当時の村のおさ――おそらく女性の父親――にとっては、それが集落を守るための最善のコストカットだったのだろう。


「でも、だったらどうして」


 理香が食い下がる。


「どうして、娘さんまで一緒に埋めたんですか? 毒にも侵されていない、健康な娘さんを」


 そこが最大の謎だ。

 処刑された奴隷と、村長の娘。

 二人が同じ穴に、抱き合って入る理由。


「……現場に戻りましょう」


 俺は立ち上がった。


「答えは書物の中にはない。あの穴の底、二人の骨の下に、まだ何かが隠されているはずだ」


 外は快晴だった。

 蝉時雨がうるさいほど降り注ぐ中、俺たちは最後の調査に向かった。

 これが最後の発掘になる。

 俺たちは、彼らの最期の瞬間に立ち会うために、スコップを握った。


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