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第17話 鉄の楔

 現場は静まり返っていた。 


 俺が拾い上げた「十手」と「木札」。

 それは、江戸時代の役人が使っていたものだ。

 つまり、この場所は江戸時代にも一度掘り返され、そして「検分」された後、再び埋め戻されたのだ。


「……どういうことだ」


 内海さんが降りてくる。


「江戸時代に、ここで何があったんだ?」


 俺は木札の文字を読み解く。


「『水銀朱の密売発覚につき、坑道を閉鎖し、関係者を処罰する』……そう書いてあります」


 密売。


 俺の中で、全ての線が繋がった。


「そうか。伝説はミックスされてたんだ」


 俺は源さんに向き直った。


「三千年前、ここに技術者が来て、水銀朱を作っていたのは事実だ。彼らは村人に殺され、埋められた。それが第一の悲劇」


 俺は骨を指差す。


「そして江戸時代。村人はこの古い鉱脈を再発見した。そして、幕府に隠れてこっそり朱を掘り出し、密売して利益を得ていた。だが、それがバレて役人が来た」


「……!」


 源さんが震えている。


「村人はどうしたか。密売の証拠を隠すために、坑道を埋め、役人を騙したか、あるいは……」


 俺は十手を見た。

 この十手がここにあるということは、役人もまた、ここで殺され、埋められた可能性がある。


 「鬼の祟り」という伝説を隠れ蓑にして、村人は二度も、この場所に罪を埋めたのだ。


「違う! わしらは……わしらの先祖は、村を守るために……!」


 源さんが泣き崩れた。

 それが答えだった。

 村を守るため。貧しさから逃れるため。

 その正義の下に、どれだけの犠牲が払われたのか。

 三千年前の異人も、江戸時代の役人も、そして現代のダム建設反対運動も。


 すべては「村を守る」という大義名分が生んだ呪縛だった。


「源さん」


 理香が泥だらけのまま、源さんに近づいた。


「もう終わりにしましょう。隠さなくていいんです。この人たちは、祟り神なんかじゃない」


 彼女は骨の方を向いた。


「見てください。こんなに優しく抱き合ってる。恨んでなんかいない。ただ、悲しかっただけなんです」


 源さんは恐る恐る骨を見た。

 二体の骨は、争う様子もなく、ただ寄り添っていた。

 その姿は、罪の証拠というよりは、許しの象徴のように見えた。

 老人の目から、涙が溢れ出した。


「……すまねぇ。すまねぇ……」


 彼は地面に頭を擦り付けて謝罪した。

 誰に対してか。先祖にか、骨にか、それとも自分自身にか。

 その時、雲間から太陽が差し込んだ。

 強烈な西日が、穴の底を黄金色に照らす。


 骨の胸元にある赤い櫛が、宝石のように輝いた。

 まるで、長い長い役割を終えて、ようやく眠りにつけることを喜んでいるかのように。


「……見つけたな、牧村」


 俺は理香に言った。


「ええ。見つけました」


 理香は泣き笑いのような顔で俺を見た。


「これが、彼らが生きていた証です。もう誰も、彼らを『鬼』なんて呼びません」


 俺たちは勝利したのだ。

 過去を歪めようとする力に。忘却という暴力に。

 俺の手の中にある移植ゴテは、ただの道具ではない。

 時間を超えて、真実を掘り出すための鍵だった。


「よし、記録をとるぞ! 日没まで時間がない!」


 内海さんが声を張り上げる。

 俺たちは再び動き出した。

 源さんは、若者たちに支えられて穴を出て行った。その背中は、憑き物が落ちたように小さく見えた。


 俺と理香は並んで、最後の仕上げにかかった。


 二人の骨についた泥を、丁寧に、優しく払い落としていく。


「先輩」


「ん?」


「私、考古学やっててよかったです」


「……奇遇だな。俺もだ」


 俺は素直に認めた。

 この瞬間、俺の中で何かが変わった。

 冷めたデータ至上主義の殻が割れ、その下から熱い何かが顔を出した気がした。


 俺たちの夏は、まだ終わらない。


 この発見を論文にし、世に問い、そして博物館のケースに収めるまでが、俺たちの戦いだ。


 だが、今はただ、この静かな夕暮れの中で、数千年の愛に触れていたいと思った。


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