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第16話 封印された記憶

 翌日、空は嘘のように晴れ渡っていた。


 雨上がりの現場は、水を含んで重くなっていたが、空気は澄んでいる。

 俺たちは気合を入れて穴に入った。


「今日は、あの足枷の周りを重点的に掘る」


 俺は指示を出した。


「足枷があるなら、それを固定していた何かがあるはずだ。鎖の先が何に繋がっていたのか。あるいは、他にも拘束具があるかもしれない」


「了解です!」


 理香の動きに迷いはない。移植ゴテがサクサクと土を削る。

 作業開始から一時間。


 内海さんが興奮した様子で駆け寄ってきた。


「おい、須藤! 大学から分析結果の速報が来たぞ!」


「どうでしたか?」


「ビンゴだ! 現場周辺の土壌から、通常の五十倍濃度の水銀が検出された! しかも、精製過程で出るスラグ(鉱滓)らしき微細片も混じってる!」


 内海さんは拳を握りしめた。


「ここは間違いなく、水銀朱の精製プラントだったんだ。しかも、かなり大規模な」


 やはりだ。

 この「鬼の墓」は、墓である以前に、工場だったのだ。

 技術者である男は、この場所に軟禁され、来る日も来る日も有毒な水銀蒸気を浴びながら、朱を精製させられていた。


 足枷の意味が、より重くのしかかる。


 逃亡防止であると同時に、彼を危険な作業場に縛り付けるための鎖。


「……死因は、石鏃だけじゃないかもしれませんね」


 俺は呟いた。


「水銀中毒。骨に見られた変形や、脆くなっていた部分は、長期間の水銀被曝によるものかもしれない。彼は殺される前から、もうボロボロだったんだ」


「なんて酷い……」


 理香が顔を歪める。

 その時だ。

 現場の入り口から、怒鳴り声が聞こえた。


「やめろ! 掘るなと言っただろうが!」


 源さんだ。

 その後ろには、数人の村の老人たちもいる。くわやスコップを手に持ち、殺気立っている。


「出て行け! これ以上、村の土地を荒らすな!」


「落ち着いてください! これは正式な調査なんです!」


 内海さんが止めに入るが、老人たちの勢いは止まらない。

 彼らは知っているのだ。

 本能的に、あるいは口伝として。ここを掘り返せば、自分たちの祖先が犯した「恥部」が露呈することを。


「祟りじゃ! 鬼が蘇るぞ!」


 源さんが規制線を突破し、俺たちの穴に向かってくる。

 その目は恐怖と狂気で見開かれている。


「埋めろ! 今すぐ埋めろ!」


 彼は土嚢を蹴り飛ばし、せっかく掘り出した土を穴に戻そうとした。

 パラパラと土が落ち、骨にかかる。


「やめて!」


 理香が叫んだ。

 彼女は骨の上に覆いかぶさり、土から守ろうとした。


「汚さないで! この人たちは、あなたたちの道具じゃない!」


「退け小娘! お前らには分からん! この村がどうやって生き延びてきたか!」


 源さんが理香の肩を掴み、引き剥がそうとする。


「やめろ!」


 俺は飛び出し、源さんの腕を掴んだ。


「暴力は犯罪だぞ、爺さん!」


「うるせぇ! よそ者が知ったような口を利くな!」


 揉み合いになる。

 老人の力とは思えないほど強い。

 だが、その時、俺の足が何かにつまずいた。

 雨で緩んだ斜面が崩れ、俺たちはバランスを崩して転倒した。


 ズザザザッ!


 土砂が崩れ落ちる。


「きゃっ!」


 理香の悲鳴。

 俺と源さん、そして理香は、泥まみれになって穴の底に転がった。

 幸い、骨の上ではなく、まだ掘っていない端のエリアだった。


「……痛っ」


 俺が身を起こそうとした時、崩れた土の中から、奇妙なものが転がり出たのを見た。


 それは、骨でも土器でもない。


 錆びついた、金属の塊。

 いや、違う。

 それは、もっと近代的な――。


「……え?」


 源さんの動きが止まった。

 彼の視線も、その物体に釘付けになっていた。

 泥の中から顔を出したのは、古びた「十手じって」のような金属棒と、腐りかけた木札だった。


 木札には、墨で書かれた文字が辛うじて読める。


享保きょうほう三年 あらため


 江戸時代。

 縄文時代じゃない。

 俺は思考をフル回転させた。

 享保三年。水銀朱の記録があった時期と重なる。

 このレイヤーは、縄文時代の遺構の上に、江戸時代の人間が何かを埋めた痕跡だ。


「源さん」


 俺は木札を拾い上げた。


「これ、あんたたちの先祖が埋めたもんじゃないのか? 三千年前の骨の上に、さらに蓋をするように」


 源さんの顔から、血の気が引いていく。

 彼は知っていたのだ。

 伝説の「鬼」の話が、実はもっと新しい、自分たちのひい爺さんの代で起きた「何か」と混ざり合っていることを。


 土の下には、複数の時代の罪がミルフィーユのように重なっていた。


 俺たちは、一番上の「蓋」を開けてしまったのだ。


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