第13話 雨の日の図書館
翌朝も、雨は降り続いていた。
シトシトという風情のある降り方ではない。バケツをひっくり返したような豪雨が、古い木造校舎の屋根を激しく叩きつけている。
これでは現場作業は不可能だ。ブルーシートの下に潜り込むことさえ危険すぎる。
「今日は中止だ。全員、室内待機」
内海さんの無念そうな放送が校内に響いた。
学生バイトたちは歓声を上げて二度寝を決め込んだが、俺と理香は違った。
俺たちは内海さんに呼び出され、プレハブの事務所にいた。
「現場には行けないが、時間は有効に使いたい」
内海さんは充血した目で地図を広げた。
「須藤、牧村。お前ら、町まで降りてこい」
「買い出しですか?」
「調査だ。図書館に行って、この村の郷土史を片っ端から洗ってこい」
内海さんは昨夜出土した「足枷」の写真と、「櫛」のスケッチを指差した。
「現場の遺物は嘘をつかない。だが、それを補強する『文脈』が必要だ。源さんの言っていた『鬼封じ』の伝説。それがいつ頃から、どんな形で記録されているのか。そして、この村に『鉄』や『漆』に関する記録がないか。徹底的に調べてこい」
俺たちは雨合羽を着込み、一日数本しかないバスに乗り込んだ。
乗客は俺たち二人だけ。
ワイパーが必死に雨を拭う中、バスは山道を下っていく。
「図書館デートですね、先輩」
理香が曇った窓に指で絵を描きながら言う。
「デートじゃない。文献調査だ」
「分かってますって。でも、ワクワクしませんか? 現場で出た謎を、古い書物で解き明かすなんて、探偵みたいで」
「探偵なら、もっとマシな報酬をもらってるはずだ。俺たちは時給九百円のバイトだぞ」
俺は冷たく返すが、内心では少し期待していた。
現場での「肉体労働」から解放され、得意分野である「情報の分析」に移れるからだ。
三十分ほど揺られ、町の中心部にある図書館に到着した。
コンクリート造りの、少し古びた建物。
独特のカビ臭さと、静寂。
俺たちは郷土資料コーナーに直行し、K村に関する棚を端から端まで漁り始めた。
『K村村誌』『信州の民話』『山村の民俗と信仰』……。
分厚いハードカバーの山を机に積み上げ、俺たちはページをめくり続けた。
一時間、二時間。
静かな閲覧室に、紙をめくる音だけが響く。
「……ありました」
理香が小声で呼んだ。
彼女が開いていたのは、明治時代に編纂された地誌の復刻版だった。
「ここです。『鬼人伝説』の項」
俺は覗き込む。
そこには、源さんが語った内容とほぼ同じ話が記されていた。
――村に鬼人が現れ、娘と通じ、災いをなしたため誅殺せり。
だが、その記述の横に、小さな注釈があった。
『鬼人は”赤目”にして、石を喰らい、火を吐く術を持つ』
「石を喰らい、火を吐く……」
俺は顎に手を当てて考えた。
「やっぱり製鉄だ。鉄鉱石(石)を炉に入れて(喰らい)、鞴で風を送って燃焼させる(火を吐く)。当時の村人には、製鉄のプロセスが魔法か化け物の仕業に見えたんだろう」
「赤目っていうのは?」
「高温の炉を見続けると、目は充血する。それに、外人なら色素が薄い可能性もある」
記述は続く。
鬼人が殺された後、村は一時的に豊かになったが、すぐに疫病が流行り、再び貧困に喘いだという。
そして気になる一文があった。
『村の長、鬼人の持ちたる”赤き宝”を都へ売り払い、巨万の富を得んとするも、道中で盗賊に襲われ、非業の死を遂ぐ』
「赤き宝……」
理香が顔を見合わせる。
「あの櫛のことでしょうか?」
「いや、櫛一本で『巨万の富』は大げさだ。もっと大量にあったのかもしれない。例えば、彼らが持っていた『赤漆の製品』の在庫すべてとか」
俺は別の資料を開いた。
江戸時代の古文書『山稼ぎ覚書』だ。
そこには、この村からの「運上金(税金)」の記録があった。
ある時期――およそ三百年前の一時期だけ、この村からの納税額が跳ね上がっている。
品目は『鉄』ではない。『朱』だ。
「水銀朱……?」
俺は背筋が寒くなるのを感じた。
内海さんは「この辺りに水銀朱の鉱脈はない」と言っていた。
だが、もし記録が正しいなら、この村は一時期、高価な顔料である水銀朱を産出し、出荷していたことになる。
「先輩、これって……」
「ミッシングリンクだ」
俺は声を潜めた。
「異人は、製鉄技術だけじゃなく、鉱脈探査のプロだったんだ。彼らはこの山で、鉄だけでなく、もっと価値のある『水銀朱』の鉱脈を見つけた」
「じゃあ、村の人たちは……」
「その秘密を独占するために、彼らを殺した」
ロマンチックな悲恋の物語が、音を立てて崩れ去っていく。
そこにあるのは、醜い欲望と、裏切りの血生臭い歴史だ。
俺たちは図書館の静寂の中で、過去の亡霊が囁く「動機」を聞いた気がした。




