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第12話 村の沈黙

 翌日、現場の空気は最悪だった。

 源さんの騒ぎはすぐに広まり、手伝いに来ていた地元のお年寄りたちが一斉にボイコットしたのだ。


「祟りがある」


「あの場所には近寄るな」


 そんな噂が、限界集落の狭いコミュニティを駆け巡ったらしい。

 現場に残されたのは、内海さんと、俺と、理香。そして数人の学生バイトだけ。


 圧倒的な人手不足。


 ダム工事の期限は刻一刻と迫っている。


「……参ったな。これじゃ間に合わんぞ」


 内海さんがヘルメットを地面に叩きつける。

 重機を入れたくても、精密な調査が必要な人骨が出ている以上、手掘りしかできない。


「俺たちだけでやるしかないですね」


 俺はスコップを握った。


「徹夜してでも終わらせましょう。ここまで来て、中途半端に埋め戻すなんて絶対に嫌です」


「須藤……お前、いつからそんな熱血キャラになったんだ?」


 内海さんが呆れたように見る。

 熱血じゃない。執着だ。

 俺はこの骨に魅入られている。

 俺と理香は、再び穴に入った。

 今日は下半身の掘り出しだ。


 静寂の中、土を削る音だけが響く。村人たちの敵意ある視線を遠巻きに感じながらの作業は、精神を削る。

 だが、その孤独が、俺たち二人の距離を縮めていた。


「先輩」


 理香が小さな声で言う。


「村の人たち、なんであんなに怒るんでしょうか。昔の話なのに」


「昔の話だからこそ、だ」


 俺は手を動かしながら答える。


「地方の歴史ってのは、アイデンティティそのものだ。『自分たちの先祖は英雄だった』と思いたい。鬼退治の伝説は、彼らにとって誇りなんだよ。それを『実は金目当ての強盗殺人でした』なんてひっくり返されたら、たまらないだろうさ」


「真実を知るのが、いつも正しいとは限らないんですね」


「ああ。考古学は時々、残酷な告発者になる」


 その時、俺のコテが何かに当たった。


 男性の足元。

 脛骨けいこつのあたりだ。

 土を払うと、骨に奇妙な変形が見られた。

 骨が太くなっている。いや、盛り上がっている。

 骨隆起こつりゅうき

 筋肉が骨に付着する部分が、過度な負荷によって発達し、骨が変形する現象だ。


「……すげぇ筋肉だ」


 俺は呟く。


「この男、相当な重労働をしていたぞ。ただの戦士じゃない。毎日毎日、重い荷物を背負って、山道を歩き回っていたような痕跡だ」


「荷物?」


「例えば、鉱石とか」


 製鉄技術者説が、また一歩現実に近づく。

 彼は村のために、鉄の原料となる重い石を運び続けていたのだ。

 その代償として、骨が変形するほどに体を酷使して。


「働き者だったんですね」


 理香が骨に触れる。


「村のために尽くして、愛する人を守って……それなのに殺されるなんて」


 彼女の目から、また涙がこぼれ落ちた。

 その涙が、土に吸い込まれていく。


「ん?」


 俺は理香の涙が落ちた場所を見て、違和感を覚えた。

 男性の足首のあたり。

 土の色が、そこだけ微妙に違う。

 赤っぽいサビのような色。

 俺は慎重にその周辺を掘った。

 現れたのは、鉄の輪だった。


 錆びつき、ボロボロに腐食しているが、それは明らかに「足枷あしかせ」の形状をしていた。


「……嘘だろ」


 俺は言葉を失った。

 足枷。

 それは、彼が「自由な技術者」でも「客人」でもなかったことを示している。

 彼は、奴隷だったのだ。

 あるいは、逃げ出さないように拘束された囚人。


「そんな……」


 理香が口元を押さえる。

 美しい櫛を贈り、愛を育んだ男。

 その足には、重い鉄の鎖が繋がれていた。

 彼は村のために働かされ、逃げることも許されず、最後には用済みとして殺された。


 そして、娘は――。


「心中じゃない」


 俺の中で、パズルのピースがカチリと音を立てて組み換わる。


「これは処刑だ。男は殺された。そして娘は……自ら選んだんだ」


「選んだ?」


「彼と一緒に逝くことを。足枷をはめられた彼を置いて逃げることはできたはずだ。でも、彼女はここに残った。冷たい土の中で、彼を抱きしめることを選んだんだ」


 戦慄が走った。


 それは悲劇なんて生ぬるい言葉では表現できない。

 狂気にも似た、壮絶な愛の形。

 村人たちが恐れるのも無理はない。この墓には、数千年の時を経ても消えない、ドロドロとした執念が渦巻いている。


 風が止んだ。


 穴の中は、真空のような静寂に包まれた。

 俺と理香は、言葉もなく二体の骨を見つめ続けた。

 その時、俺は初めて、理香の言う「想い」というやつの正体に触れた気がした。


 それはロマンチックで綺麗なものじゃない。

 重く、痛く、そしてどうしようもなく熱い、命の塊だ。


 遠くで雷鳴が轟いた。

 二度目の嵐が、近づいていた。


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