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第8話 文化祭

こんにちは、msnoです。

第八話では、いよいよ 文化祭当日 を描きました。

クラスのパンケーキ屋の賑わいから、軽音部のステージ、そして一日の終わりまで――。

悠花たちの青春の一瞬を、少しでも鮮やかに感じてもらえたら嬉しいです。

 秋の風が校舎を包み込む。

 玄関をくぐった瞬間、色とりどりの装飾と音楽に胸が高鳴った。今日は文化祭の初日。春から準備してきた行事の集大成だ。


 廊下はカラフルなポスターで埋め尽くされ、行き交う生徒や来場者の笑い声が響いている。

 クラスの仲間たちは既に教室に集まっていて、忙しそうに机を並べたり、ポスターを貼ったりしていた。


「浅黄さん、こっちお願い!」

 紫苑さんが黒板の前から声をかけてくる。

 眼鏡越しの紫の瞳は相変わらず落ち着いていて、でも今日はどこか嬉しそうだった。


「はい!」

 私はエプロンを結び直し、材料のチェックを始める。小麦粉、卵、牛乳、砂糖……全部そろってる。


パンケーキ屋、開店!


「いらっしゃいませー!」

 扉を開けた瞬間から、すぐに行列ができた。

 ふわふわに焼いたパンケーキを皿にのせ、ホイップクリームやフルーツを添える。焼き上がる甘い匂いに、教室はすっかりカフェの空気に包まれていた。


「思ったよりすごい人気だね」

 隣でゆきちゃんが笑いながら客の注文を取っている。冷静な対応はさすがだ。

「紫苑のおかげだよ。宣伝ポスターもすごく目を引くし」


 視線をやると、紫苑さんは実行委員の腕章を付けて廊下を走り回っていた。クラスの様子を見たり、来場者に案内したりと大忙し。それでも決して焦った顔は見せない。――ほんとにすごい人だなって思う。


ともちゃん乱入


 そのとき、演劇部の衣装を身にまとったともちゃんが勢いよく教室に入ってきた。

 長いマントを翻し、片手に木の杖を構えて。


「ふふ……この円環は神々が与えし聖なる甘味! 食する者は、新たなる力を得るであろう!」


「いやいや! ただのパンケーキだから!」

 ゆきちゃんが即座にツッコミを入れる。

 客の笑い声が教室いっぱいに広がり、空気が一層和んだ。


「……でも、ともちゃんがいると盛り上がるね」

 私は思わず笑ってしまった。

 ともちゃんは「さらばだ、舞台の召喚が我を呼んでいる!」と叫び、颯爽と立ち去っていった。

 あの人、ほんとに忙しいのにどこからあの元気が出てくるんだろう。


刹那の来訪


「……パンケーキを一ついただけますか」


 落ち着いた声が耳に届き、振り向いた瞬間、思わず固まった。

 銀髪が揺れ、青い瞳がこちらを見ている。――白鷺さん。


「し、白鷺さん!?」

「同じクラスではないけれど、浅黄さんのところの出し物だと聞いたので」

 涼しい顔でそう言い、財布を取り出す。


「い、いらっしゃいませ! ……チョコバナナとベリー、どっちにします?」

「チョコバナナでお願いします」


 私は慌てて生地を焼き、トッピングをのせる。

 渡した皿を受け取った白鷺さんは、ほんの少しだけ微笑んだ。

「甘さの中に熱意がある……そんな味ですね」


「そ、そうかな……」

 頬が一気に熱くなる。何を言ってるの、この人は。


 けれど、白鷺さんが去った後、胸の奥がじんわり温かくなった。

(来てくれたんだ……私のクラスの出し物をわざわざ)

 その事実だけで、文化祭がもっと特別に思えた。


喧騒の中で


 昼前には教室の外まで行列ができ、パンケーキ屋はすっかり大盛況になっていた。

 汗をかきながらフライパンを振る手は疲れているのに、心はどこか弾んでいる。


(楽しい……でも、やっぱり私の本当の居場所はステージだ)


 午後には軽音部の出番が待っている。

 パンケーキの甘い匂いの奥で、私の心臓はすでにステージの轟音を求めて高鳴っていた。



午後になると、校内のざわめきが一段と大きくなった。

 廊下を歩く生徒や来場者の足取りが同じ方向に向かっている。――体育館。


 軽音部のステージは、文化祭の目玉のひとつだった。

 部員数こそ少ないけれど、音を鳴らす瞬間の迫力はどのクラブにも負けていない。

 私もその一員として舞台に立つのだと思うと、胸が高鳴りすぎて呼吸が浅くなる。


開演前


「浅黄、緊張してるな?」

 部長の関根先輩が赤いギターを抱えながら声をかけてくる。

「は、はい……」

「大丈夫だ。俺らが合わせてやる。思いっきり弾け」


 その言葉に少しだけ肩の力が抜けた。

 横を見ると、白鷺さん――刹那は静かにベースの弦を押さえている。青い瞳は迷いなく前を向いていて、落ち着いたオーラが漂っていた。

(すごい……どうしてこんなに冷静でいられるんだろう)


「行くぞ、加隈!」

「おうっ!」

 加隈先輩がスティックを回し、ドラムセットに腰を下ろす。


開演


 照明が落ち、観客のざわめきが静まる。

 関根先輩がマイクを握り、観客席に向けて声を張った。


「よく来てくれたな! 俺たち軽音部は三年で引退だ。最後の文化祭、派手にいくぞ!」


 大きな拍手と歓声が返ってくる。

 心臓が跳ね上がる。手が震える。――でも、怖くはない。


「一曲目は、《Blaze of Dawn》!」

 カウントが始まる。

「ワン、ツー、スリー、フォー!」


《Blaze of Dawn》


 轟音が一斉に鳴り響いた。

 加隈先輩のドラムが重く刻まれ、関根先輩のギターが鋭く切り裂く。

 私は赤いギターをかき鳴らし、リズムに食らいつく。


 そして――刹那のベース。

 低音がまるで心臓の鼓動みたいに全身を揺らす。

 指先が迷いなく弦を走り、観客を巻き込むような力を生み出していた。


(すごい……!)

 息を合わせながら弾いているのに、つい聴き入ってしまいそうになる。

 でも私は前に立つギタリスト。刹那に導かれるように、音を重ねていった。


観客の熱気


 観客席が揺れていた。

 拳を振り上げる人、リズムに合わせて体を揺らす人。

 音が体育館を満たし、知らない誰かの心に届いていく。


 紫苑さんの姿も見えた。

 眼鏡の奥の瞳で真剣にこちらを見つめ、何かを感じ取ろうとしているようだった。

 その視線が、なぜか背中を押してくれる。


「――ッ!」

 私は叫びそうになる気持ちを押し殺し、ギターを強く鳴らした。

 音の波が観客席に広がり、歓声が一段と大きくなる。


曲の終わり


 最後のリフをかき鳴らし、加隈先輩のドラムが大きく締める。

 刹那のベースが低く響き、曲は鮮やかに終わった。


 一瞬の静寂。

 次の瞬間、割れんばかりの拍手と歓声が体育館を包んだ。


「ありがとう!」

 関根先輩が笑顔で手を振る。

 私はギターを抱えながら、全身が震えているのを感じていた。

 緊張でも不安でもない。――歓喜だ。


(これが……ステージに立つってことなんだ)

挿絵(By みてみん)

 息を荒げる私の隣で、刹那は涼しい顔をしていた。

 でも、その青い瞳には確かに炎が宿っていた。



ステージの後で


 演奏を終えて体育館を出ると、耳の奥がまだじんじんと鳴っていた。

 汗が首筋を伝って制服の襟に滲む。なのに、不思議と疲れはなかった。むしろ胸の奥が熱くて、まだ音を鳴らしたいくらいだ。


「……やったな」

 関根先輩がギターをケースにしまいながら、にやりと笑った。

「お前ら、初ステージにしては上出来だ。観客も盛り上がってたじゃねぇか」


「ふう……ほんとに疲れた」

 加隈先輩は椅子に腰を下ろし、スティックを回す手を止める。

 それでも目は満足そうに輝いていた。


「ありがとうございます」

 私が頭を下げると、刹那も隣で軽く会釈した。


先輩たちの言葉


「なぁ、浅黄、白鷺」

 関根先輩が真面目な声で呼びかけてきた。

「俺たちは来年卒業だ。今日が最後の文化祭ステージ。……つまり、残るのはお前ら二人だけになる」


「……」

 胸の奥がきゅっと締め付けられる。


 そんな空気を和ませるように、加隈先輩が笑いながら続けた。

「ま、廃部だけにはすんなよ? 二人で細々とカラオケ大会やってましたなんて話は笑えねぇからな」


「……っ!」

 思わず笑ってしまった。刹那も小さく唇を上げる。

 冗談めかしていたけど、その裏には確かな願いが込められていた。


「お前らなら大丈夫だ。音、ちゃんと届いてたからな」

 関根先輩の言葉が、静かに胸に残った。


クラスの片付け


 夕方になり、文化祭は終わりを告げた。

 教室に戻ると、パンケーキ屋で使った机やホットプレートを片付ける作業が始まっていた。

 紫苑さんは腕まくりをして、雑巾で机を拭いている。眼鏡の奥の紫の瞳は、相変わらず落ち着いていた。


「お疲れさま、浅黄さん」

「あ……紫苑さんこそ。ずっと走り回ってたでしょ?」

「実行委員だからね。でも、楽しかったわ」


 ゆきちゃんもゴミ袋を抱えて隣にやってきた。

「パンケーキ、売り切れだったよ。大成功じゃん」

「ほんと? よかった……」


 ともちゃんはといえば――。

 舞台衣装のまま、教室の窓際で台詞を大声で叫んでいた。

「舞台の幕は閉じても! rise again――我の物語はここから始まる!」


 拍手と笑いが教室に広がる。

「……もう好きにさせとこう」

 ゆきちゃんが苦笑し、紫苑さんは肩をすくめつつも楽しそうに微笑んでいた。


帰り道の余韻


 片付けを終えて外に出ると、空はすっかり夕焼けに染まっていた。

 廊下の窓から見える校庭には、まだ賑やかな声が残っている。


「今日は、すごかったね」

 ゆきちゃんが袋を抱えながら言った。

「紫苑の実行委員姿もかっこよかったし、悠花ちゃんのステージも。……なんか、うらやましい」


「ありがとう……でも、まだ全然だよ」

 私は赤いギターの感触を思い出しながら答える。


 紫苑さんは少しだけ眼鏡を直し、夕日を背にして言った。

「浅黄さんの音、きちんと届いてたわ。……これからも続けてほしい」


 その言葉に、胸がじんと温かくなる。


小さな確信


 夕暮れの帰り道。三人で並んで歩く影が、長く地面に伸びている。

 ともちゃんは演劇部の打ち上げに行ってしまったので、今日は静かな道のりだ。


 足元を見つめながら、私は心の中で呟く。


(まだバンドは始まっていない。でも……きっとここから始まるんだ)


 先輩たちが残した言葉。

 刹那の揺るぎない低音。

 紫苑の真剣な眼差し。


 全部が混ざり合って、未来の音がかすかに聞こえる気がした。

ここまでお読みいただきありがとうございます!


今回は、

クラスの出し物「パンケーキ屋」でのドタバタ

刹那がパンケーキを買いに来る小さな交流

体育館を揺らした軽音部のハードロックステージ

と、文化祭を通してキャラクターたちの距離感がぐっと縮まる回でした。


次回、第九話からはいよいよ 二年生編。

新入部員が入らない現実、そして紫苑の勧誘へ――物語がさらに動き出します。

引き続き応援していただけたら嬉しいです!

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