第7話 文化祭準備
こんにちは、msnoです。
第7話では、いよいよ 初めての文化祭準備 に入ります。
クラスでの出し物決めから、軽音部での練習、そして教室での準備風景まで――。
悠花と刹那の関係が少しずつ深まり、紫苑やともちゃん、ゆきちゃんとの交流も増えていきます。
本番を前に、それぞれのキャラクターがどう動き始めるのか、楽しんでいただければ嬉しいです。
あれから半年が経った。
入学してすぐの頃は新しい環境に慣れるだけで必死だったけれど、もうすっかり学校の空気にも馴染んできた。
春に出会った白鷺さんとは、軽音部で共に練習を重ねる仲になり、先輩たちとも少しずつ打ち解けてきた。
そして夏の体育祭を終えた今、季節は秋。廊下の窓から見える銀杏並木は少しずつ色づき始めている。
――次は文化祭だ。
高校生といえば文化祭、そんなイメージを持っていたから、胸が自然と高鳴る。
クラスでの話し合い
「それじゃあ、出し物を決めようか」
担任の声で教室の空気が少しだけざわついた。
黒板には「模擬店」「展示」「演劇」などの案が並んでいる。クラスメイトが次々に意見を出し合うけれど、なかなか方向性がまとまらない。
「やっぱり定番の喫茶店じゃない?」
「それじゃ普通すぎるよ。どうせやるなら焼きそば屋でしょ!」
「片付けが大変だって去年の先輩が言ってたぞ」
わいわいと声が飛び交う。私は机に頬杖をつきながら、みんなの様子を眺めていた。
出し物を決めるだけなのに、どうしてこんなに盛り上がれるんだろう。――でも、その雰囲気が少し心地いい。
ふと視線をやると、教室の前の方で仕切っている人が目に入った。
眼鏡をかけた碧山紫苑さんだ。
紫苑さんは春からずっと優等生という印象を崩さない。成績も運動も抜群で、誰とでもそつなく会話をこなす。
でも、ただ完璧なだけじゃない。人の意見をきちんと拾い、場の空気をまとめるのがとても上手だった。
「パンケーキなら材料も簡単ですし、設備も特別にいらないと思います」
紫苑さんが静かに提案すると、教室が一瞬落ち着いた。
「机とホットプレートさえあればできます。片付けも焼きそばより楽ですし、甘いものなら女子も男子も喜ぶでしょう」
的確な言葉に、みんなが頷き始める。
「いいな、それ。見栄えもいいし」
「写真映えもしそうだね!」
「パンケーキにトッピングすれば、メニューも増やせるし」
反応が次々に返ってくる。紫苑さんは頷きながらチョークを持ち、黒板に「パンケーキ屋」と書き込んだ。
まるで教師みたいな落ち着き。
――さすがだな。
思わず心の中で感嘆した。
私だったら、こんなに堂々とみんなを納得させられない。
紫苑と実行委員
「じゃあ、出し物はパンケーキ屋に決定ということでいいかな?」
担任が確認すると、教室は一斉に「はーい!」と返事した。
「よし。それじゃあ、文化祭実行委員を誰かやってくれるか?」
その言葉に、紫苑さんがすっと手を挙げた。
「私がやります」
迷いのない声。
クラスの何人かが「だろうな」という顔をして笑う。
紫苑さんは今年の春からすでに「来年は生徒会に立候補するらしい」と噂されていた。その地盤づくりの一環として実行委員を引き受けているのだろう。
でも、義務感だけじゃないように見えた。
紫苑さんは黒板に書かれた「パンケーキ屋」の文字を見て、ほんの少しだけ微笑んだのだ。
休み時間になり、クラスはすぐに賑やかな雑談に戻った。
黒髪ショートのともちゃんが机をばんっと叩いて立ち上がる。
「パンケーキか……! その円環はまさに神々の輪。食する者は新たなる力を得るであろう!」
「はいはい、もうやめなって!」
隣のゆきちゃんがすかさずツッコミを入れる。
「ただのパンケーキだから。普通に小麦粉焼くだけだから」
「ふふ……」
紫苑さんは笑って「でも、素敵な表現ね」とさらりと受け止める。
否定せずに受け入れるその姿勢に、私はまた心を打たれた。
――あの三人、本当にいい関係だな。
窓の外では銀杏の葉が風に揺れている。
文化祭まで、あと一ヶ月。
きっと、ここから色んな物語が始まるんだろう。
そう思うと、胸の奥が熱くなった。
クラスでの出し物が決まった数日後、私は軽音部の部室に向かっていた。
古びた扉の向こうからは、すでにアンプの唸り声が聞こえてくる。
ノックして中に入ると、三年生の先輩二人がすでに待っていた。
「お、浅黄に白鷺、来たな」
ギターを肩にかけた部長・関根先輩がこちらを見て笑う。
「ちょうど文化祭の出し物の相談をしようと思ってたところだ」
「そうそう。俺らにとっては最後の舞台だからな」
ドラムスティックを回しながら加隈先輩が笑う。
「派手にいきたいと思ってるんだ」
先輩たちの提案
「派手に……ですか?」
私が問い返すと、関根先輩はにやりと笑った。
「そうだ。せっかくの文化祭だし、普通のコピーで終わらせるのはもったいない。
インストでハードロックをやろうと思ってる」
「インスト……?」
「歌なしってことだな。演奏だけで会場を沸かすやつだ」
加隈先輩がドラムスティックで机を叩きながらリズムを刻む。
「シンプルだけど、盛り上げるにはもってこいだ」
私は思わず息を呑んだ。ハードロック。
これまで兄や友人たちと軽く合わせることはあったけれど、本格的に演奏するのは初めてだ。
隣に立つ白鷺さん――刹那は、少し目を細めていた。
そしてゆっくりと口を開いた。
「……もしよければ、その候補にひとつ提案があります」
「ほう?」関根先輩が興味深そうに顔を向ける。
「父が昔バンドをやっていたのですが、その代表曲なら……わたし、何度も弾き込んできたので」
「父が?」
私も思わず聞き返した。
刹那は小さく頷いた。
「バンド名は《Silver Bullet》。ジャンルはハードロック寄りで、当時はそれなりに活動していたそうです」
青い瞳に、わずかに誇らしげな光が宿っていた。
「シルバーバレットか……名前は聞いたことあるな」
関根先輩が顎に手を当てる。
「そんな縁があるなら、やってみる価値はある。どうだ加隈?」
「俺は面白そうだと思うぞ。何より白鷺が自信ありそうだしな」
そうして、私たちは《Silver Bullet》の楽曲に挑戦することになった。
タイトルは《Blaze of Dawn》。
低音がうねり、ギターが鋭く切り込むようなイントロ。
「テンポ速いから気をつけろよ」
関根先輩がカウントを取る。
「ワン、ツー、スリー、フォー!」
加隈先輩のドラムが轟き、音が一斉に重なる。
私は必死にコードを押さえ、右手で弦を叩く。速い。けれど、 アドレナリンが全身を駆け巡る。
そして横で鳴り響く刹那のベース。
――すごい。
低音なのに主旋律のように聴こえる。彼女の指は迷いなく弦を走り、リズムを引き締めていく。
私の音も先輩のギターも、すべてが彼女のベースラインに導かれていた。
演奏を終えた瞬間、汗が額を伝っていた。
「はぁ……速かった……」
息を切らす私の隣で、刹那は涼しい顔をしている。
「白鷺、お前すげえな」
加隈先輩が感心したように言った。
「ベースがここまで前に出る曲なのに、全然ぶれない」
「……小さい頃から、ずっと練習してきたので」
刹那は静かに答える。
その横顔には、どこか誇りと寂しさが混じっていた。
私はギターを抱えながら、胸の奥が熱くなるのを感じていた。
――やっぱり、この人は特別だ。
まだ出会って半年しか経っていないのに、同じ音を鳴らすと不思議と分かる。
白鷺さんは、音楽と真剣に向き合っている。私も負けていられない。
「もう一回、お願いします!」
思わず声をあげていた。
関根先輩が笑ってギターを鳴らす。
「よし、その意気だ!」
部室に再び轟音が響く。
文化祭の舞台に立つ日が、今から待ち遠しかった。
軽音部での練習を終えると、私たちはそれぞれの岐路についた。
文化祭まで残り数週間。クラスでも本格的に準備が始まっている。
パンケーキ屋の準備
「はい、この机は向こうに運んで! 通路になるから」
紫苑さんの声が教室に響く。
いつも落ち着いているけど、こういう場面ではリーダーシップを発揮する。
クラスメイトたちも自然と動き、机や椅子が配置換えされていく。
私は小麦粉や砂糖などの材料リストを片手に、後ろから眺めていた。
「浅黄さん、そのリスト確認してくれる?」
「あ、はい!」
声をかけてくれた紫苑さんに頷く。
こうして一緒に作業していると、紫苑さんが本当に頼られているのが分かる。文化祭実行委員としての立場もあるけど、それ以上に、彼女自身の信頼感が空気を作っていた。
「ふっ……この小麦粉は、古の聖域で精錬された神々の粉末だ……!」
机に置かれた袋を持ち上げ、ともちゃんが謎のポーズを決める。
「はいはい、ただの業務用だから!」
ゆきちゃんが即座にツッコミを入れる。
「神々じゃなくてスーパーで仕入れたやつ!」
笑い声があちこちから上がる。
紫苑さんもくすっと笑い、「でも、面白い表現ね」と否定しない。
――ほんとに、この三人は絶妙なバランスで成り立っているんだな。
「そういえば、ともちゃん。演劇部の準備もあるんでしょ?」
私が尋ねると、ともちゃんは胸を張った。
「無論だ! 舞台の稽古も、クラスの使命も、どちらも全力で挑むのが我が宿命!」
「いや、だからさ……無理しないでよ」
ゆきちゃんが呆れ顔で肩をすくめる。
それでもともちゃんは机を拭きながら、舞台の台詞をぶつぶつ唱えていた。
「rise again――我の物語はここから再び始まる……!」
最後は決め台詞のように言い放ち、颯爽と教室を後にする。
「……行っちゃった」
「ほんと忙しい子だよね」
ゆきちゃんがため息をつく。
紫苑さんは少し笑って、「でも、あの子がいると雰囲気が明るくなるから」とぽつりと言った。
午後の作業が一段落し、買い出し班を決めることになった。
「じゃあ、浅黄さんと……ゆきちゃん、一緒にお願いできる?」
紫苑さんが声をかけてきた。
「はい!」
「了解」
三人で廊下に出ると、教室の喧騒が少し遠くに感じられる。
夕方の光が差し込む中、私たちはスーパーへの道を歩きながら、自然と会話を交わしていた。
「浅黄さん、ギターを弾くんだってね」
紫苑さんがふと尋ねてくる。
「うん、軽音部で。白鷺さんと一緒に」
「へえ……じゃあ、文化祭でも?」
「たぶん。先輩たちの引退だから、結構派手にやる予定みたい」
紫苑さんは感心したように頷き、「いいわね」と微笑む。
その笑顔に、私は少しだけ緊張してしまった。
隣でゆきちゃんが笑う。
「悠花ちゃん、紫苑にいじられると顔赤くなるタイプだね」
「え、ちょっ……!」
二人にからかわれながら、なんだか自然と距離が近づいていくのを感じた。
買い出しを終えて戻る頃には、もう日が沈みかけていた。
校舎の窓からオレンジ色の光が差し込み、三人の影が長く伸びる。
「今年の文化祭、きっといいものになるわね」
紫苑さんのその一言に、私も強く頷いた。
(そうだ。音楽も、クラスも――全部、ここから始まるんだ)
心の奥で小さな火が灯った気がした。
次はいよいよ文化祭本番。
どんな景色が待っているのか、胸が高鳴って仕方なかった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
今回の話では、
クラスの出し物「パンケーキ屋」
軽音部の出し物「インストハードロック」
紫苑たち三人組との準備のやり取り
と、文化祭に向けて一気に動き出す場面を描きました。
特に、刹那が父のバンド曲を提案した場面は、彼女の過去と現在が繋がる大切な伏線になっています。
次回第八話は 文化祭当日。
クラス出し物の賑わい、そして軽音部のステージ……どんな一日になるのか、ぜひ見届けてください!