第4話 黒羽希愛 幼少期編
こんにちは、msnoです。
第4話では 黒羽希愛の幼少期から高校受験まで を描きました。
Ametiaraの中でも一番「普通の女の子」らしい彼女ですが、刹那との幼なじみ関係や、中学での孤独、音楽への挫折が大きな背景になっています。
彼女の成長は決して華やかではありません。けれど、その普通さの中にこそ、物語に厚みを与える大切な要素があると思っています。
どうか希愛の心の揺れを感じ取りながら読んでいただければ嬉しいです。
黒羽希愛は、特別な血筋や環境を持って生まれたわけではなかった。
両親は共働き。父は地元の会社員、母はパート勤務。日々は忙しくも安定していて、希愛はそんな家庭の中で、ごく普通に育った。
だが、ひとつだけ「特別」が隣にあった。
同じ年に生まれ、同じ町内に住んでいた少女――白鷺刹那。
親同士が昔から仲が良く、年も近い女の子同士。
物心つく前から「刹那と希愛」は常にセットだった。
積み木を積めば隣に刹那がいて、砂場で山を作れば刹那が水を流す。
まるで二人で一つの遊びを完成させるかのように、自然と息が合っていた。
幼心に「自分には、ずっと一緒にいる存在がいる」と疑わなかった。
小学生になると、その関係はさらに濃くなる。
放課後、希愛はよく刹那の家に遊びに行った。
そこには、普通の家庭には絶対にない空間が広がっていた。
――「ライブハウス部屋」。
刹那の両親はかつてバンド活動をしていた。その名残で、家の一室には防音設備が施され、ギターやベース、ドラムセット、アンプまで揃っていた。
小学生にとって、それはまさに秘密基地。楽器に囲まれた異世界だった。
「今日もやろう! バンドごっこ!」
「うん!」
刹那は小さな体でギターを抱え、ぎこちなく弦を鳴らす。
希愛は玩具のドラムを叩く。リズムはバラバラ、音楽と呼ぶには程遠い。
けれど二人には、それが最高に楽しい時間だった。
刹那は、子どもとは思えないほど飲み込みが早かった。
初めて触る楽器でも、数分で音階を鳴らし、曲らしきものを作り出してしまう。
一方で希愛は、不器用だった。
ギターの弦を押さえても音が濁り、ベースを弾いても指が動かない。
鍵盤を押しても、ただの「音」でしかなく、旋律にはならなかった。
――どうして刹那は、あんなに上手いの?
――どうして私は、こんなに下手なんだろう?
子どもの遊びに、本来「上手い下手」は存在しない。
けれど大好きな幼なじみが隣にいると、どうしても比べてしまう。
それでも希愛に救いがあった。
彼女には「リズム感」だけは、誰にも負けない天性の感覚があった。
手拍子をすればテンポは乱れず、叩くドラムのおもちゃは自然にビートを刻んでいた。
刹那はそれを見逃さなかった。
「ねえ希愛、すごいよ! やっぱりドラムは向いてる!」
その一言が、どれほど嬉しかったか。
希愛は自分の居場所を見つけた気がした。
「音程は苦手でも、リズムなら私が刹那を支えられる」
その小さな誇りが、彼女の心を支えていくことになる。
しかし、二人の進路は中学で分かれた。
刹那は私立の音楽系中学校へ。
希愛は家計の事情から、公立中学校へ。
「刹那と同じ中学に行きたい」と何度も親に訴えた。
けれど母は首を横に振った。
「学校は勉強するところよ。遊ぶ場所じゃないでしょ」
その言葉は正論であり、反論できなかった。
だが希愛の胸には、深い穴が空いた。
新しい中学校での生活は、予想通り厳しかった。
クラスメイトと話すことはできる。けれど、いつも表面的な会話で終わる。
「うん」「そうだね」と相槌は打てても、自分から話題を振る勇気がない。
そんな中、希愛は図書室に足を運んだ。
静かな空間。ページをめくる音だけが響く世界。
そこで初めて、自分の心が安らぐのを感じた。
物語に没頭するうちに、彼女は「現実で話せない分、物語の中で生きられる」と思うようになった。
冒険者にも、魔法使いにも、王女にもなれる。
希愛は次第に「本の虫」と呼ばれるほど、図書室に通い詰めた。
「やっぱり音楽もやりたい」
その気持ちから、吹奏楽部の門を叩いた。
最初はトランペット。音は出ても、続けて吹けば息が苦しい。
次はサックス。指づかいが複雑で、音が繋がらない。
ホルンもフルートも同じ。何をやっても上達せず、希愛は焦った。
刹那と比べられる記憶が蘇る。
「私には才能がないんだ」
そして決定的だったのは、パーカッションを希望したときのことだった。
顧問は言った。
「黒羽は大人しそうだし、ドラムは無理だな」
理由は「見た目」。実力を見てもらう前に、否定された。
半年後、希愛は退部した。
その後は完全に図書室に籠もり、本だけを友にした。
中学三年の夏、担任に呼び出された。
「このままでは志望校に受からないぞ」
親からも「もっと勉強しなさい」と言われ、塾に通うことになった。
その瞬間、休日に刹那と音楽をすることが禁止になった。
――たった半年だけ。
そう思えば耐えられるはずだった。
けれど、その半年がすべてを変えた。
「受験が終わったら、また一緒にやろうね」
本当はそう言ってほしかった。
けれど刹那は「頑張って」とだけ笑った。
――私なんか、必要ないのかな。
――刹那は私がいなくても大丈夫なんだ。
希愛の胸に暗い影が差した。
そして半年後、無事に高校に合格しても、二人は以前のように会うことはなかった。
声をかければ、きっとまた笑い合えたはずだ。
けれどその勇気を出すことは、どちらにもできなかった。
こうして希愛の中学時代は幕を閉じた。
音楽から遠ざかり、本に救いを求め、幼なじみとの関係に距離が生まれたまま。
けれど――心の奥で、彼女はまだ知っている。
「音楽が好きだ」ということを。
ドラムを叩いたときのあの感覚は、まだ心に残っている。
その火は小さくなっただけで、決して消えてはいなかった。
いつか再び燃え上がる日を待ちながら、希愛はページをめくり続ける。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
希愛は刹那の幼なじみでありながら、音楽に対して一歩引いた立場に立たされがちな存在です。
でも、だからこそ彼女が再び音楽へと戻ってくる瞬間は、よりドラマチックに描けるはずです。
今回の話は、彼女の孤独や葛藤をじっくり描いたので少し重めだったかもしれません。
ただ、この積み重ねがAmetiara結成後にどう活きるのか、ぜひ楽しみにしていただければと思います。
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