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第25話「大学編序章 ― 再会の旋律 ―」

高校を卒業し、それぞれの春を迎えた悠花・刹那・希愛・紫苑。

ついに4人は同じ音楽大学へ進学し、

新しい環境、新しい仲間、新しい音と向き合う日々が始まります。


大学では専攻も時間割もバラバラになり、

これまでのように毎日一緒にいられるわけではありません。

でも、“4人で音を作りたい”という気持ちは変わらない――

そう思っていた矢先、

授業や実技を通して、それぞれに新しい才能が見え始めます。


一方で、紫苑の母・碧山凛子という強烈な存在が、

大学という新しい世界にも影を落とし始めていました。


大学編の幕開け。

“4人の音”が再びそろうまでの物語がここから始まります。

四月。

 大学の校門前には、満開の桜が風に揺れていた。

 白い花びらがひらひらと舞い落ち、石畳の道に薄い桃色の絨毯を敷いている。


 悠花はギターケースを背負いながら、小さく深呼吸した。

 高校とは違う空気――

 少し背伸びをした世界の匂いがした。


(今日から、また四人で始められるんだ)


 胸の奥がわずかに高鳴る。

 そのとき、背後から軽い足音が聞こえた。


「悠花」

「刹那!」


 振り返ると、銀色の髪が朝の光を受けてふわりと揺れていた。

 刹那は淡いブルーのストールを巻き、大学生らしい落ち着きのある服を身にまとっている。


「ついに入学だね。なんか、不思議な気持ち」

「ええ。でも……嬉しいわ。高校と違って、また新しい世界が広がるもの」


 刹那が小さな笑みを見せる。

 その横顔は、大人びて見えた。


「希愛はまだかな?」

「慣れない電車に緊張してるのかもね」


 そう言った瞬間――

 校門のほうから、黒髪のハイポニーテールが揺れる姿が見えた。


「……おはよう」

「希愛!」


 希愛はスティックケースを肩に掛け、少し照れたように歩いてくる。

 落ち着いた表情の中に、ほんの少しだけ誇らしげな色が浮かんでいた。


「迷わなかった?」

「……大丈夫」

 希愛は淡い紫の瞳で周囲を見渡す。

「……大学って、すごいね。音楽できそうな人ばっかり」


 その言葉に悠花と刹那はくすっと笑った。


「紫苑はまだかな?」

「紫苑だったら早く来ててもいいはずだけど」

「たぶん、別の入口から来るんじゃない?」

 刹那がそう言った瞬間だった。


 桜並木の間から、緑色のショートヘアが風に揺れながら現れた。

 眼鏡の奥の淡い紫の瞳が、三人を見つけてふわりと緩む。


「おはよう、みんな」


「紫苑!」

「やっと四人そろったね」

「……この日をずっと待ってた」


 希愛の言葉に、紫苑は少しだけ照れたように微笑んだ。


「ここからは大学生ね。

 専攻は違っても、またみんなと一緒に歩けるのが嬉しいわ」


 朝の光が四人を包む。

 春風が髪を揺らし、桜が舞う。


 4人は自然と並んで歩き出した。

 大学の広いキャンパスへ向かって。



 最初に目に入ったのは、大きな講堂だった。

 クラシックのリサイタルや定期演奏会で使われるという重厚な建物。

 ガラス扉の向こうには、調律されたグランドピアノが輝いて見える。


「……すごい」

 希愛がぽつりと呟く。


「ここ、紫苑のお母さんも演奏したことあるんだっけ?」

「ええ。小さい頃に何度も連れてこられたから……懐かしい場所ね」


 紫苑の声は穏やかだが、その奥に少しだけ重たい影が混じっていた。

 悠花はそっと紫苑の横に立つ。


「紫苑、またここからだよ。

 クラシックも大事だけど、うちらの音も一緒に作ろうね」


 紫苑はわずかに驚いた表情を見せ、そして柔らかく微笑んだ。


「……うん。ありがとう、悠花」



 入学式のあと、4人は掲示板の前に集まった。

 そこには専攻ごとの時間割と教室が貼り出されている。


「ギター専攻は……この棟か」

「私はベースとアンサンブルで別棟だわ」

「ピアノ科は……別の階ね」

「打楽器専攻は、地下スタジオ……距離あるね」


 地図を見ながら、四人は少し戸惑う。


「大丈夫かな、これ」

「高校と違って、同じクラスって感じじゃないんだね」

「私たち……またバラバラになっちゃう?」

 希愛の声が不安で少し揺れる。


 悠花はすぐにその手を握った。


「大丈夫。また集まればいいだけだよ。

 どんなに離れても――また音で繋がれるんだから」


 その言葉に三人は顔を上げた。


「そうね」

「うん」

「……ありがとう」


 それぞれが違う棟へ向かいながらも、

 四人の背中からは同じ光がにじんでいた。


 新しい世界へ踏み出した、その最初の一歩。

 しかしここから、少しずつ“距離の変化”が始まることになる。



 大学生活が始まって数日。

 四人の時間割は想像以上にバラバラだった。


 悠花はギター専攻らしく、午前に個人レッスン、午後は空きコマが多い。

 希愛は地下のスタジオで、毎日ドラム実技がびっしり。

 紫苑は特別クラスのため、海外講師のレッスンや別棟の専用室へ行くことも多い。

 そして刹那は――

 ベース専攻でありながら、“アンサンブル必修”のせいで最も忙しそうだった。


(大学って、こんなに時間が合わなくなるんだ……)


 悠花は昼休み、校内のベンチで風に揺れる桜を見つめた。

 LINEには「今日の夕方なら空いてる?」という四人のメッセージが並ぶが、

 時間が合う日はほとんどなかった。


「……まぁ、最初は仕方ないよね」


 そう呟いたそのとき――

 向こうから駆け足でやってくる銀髪が見えた。


「悠花、ちょっとだけ時間ある?」

「刹那? なにかあったの?」


 刹那は息を整えながら、少し困ったように笑った。


「アンサンブルの授業で……ちょっと歌うことになってしまって」


「歌う!? 刹那が!?」


「そう。別に主旋律じゃないけれど……

 先生が“音の質を確認したいから”って」


 刹那は少し肩をすくめたが、

 その頬は緊張でほんのり赤い。


「……聞いてくれる?」

「もちろん!」


 悠花についてアンサンブル室に入ると、

 中には小さなステージとスタンドマイクが置かれていた。

 ドラム、ベース、ピアノ、ギター、そしてボーカル用の譜面台。


「じゃあ、白鷺さん。ここの8小節だけ歌ってみてください」

 教授が楽譜を渡す。


 刹那はそれを受け取り、譜面を目で追った。

 ほんの短い、しかしメロディラインが綺麗なフレーズ。


「えっと……では、失礼します」

 刹那はスタンドマイクの前に立つと、

 背筋を伸ばし、軽く深呼吸をした。

挿絵(By みてみん)

 その瞬間、空気が変わった。

 悠花は思わず息を呑む。


(……声を出す前なのに、刹那の“空気”が変わった……?)


 そして――


♪「La――……」


 一音目が教室に響いた瞬間、

 空間が静まり返った。


 透明で、凛としていて、

 どこか深い哀しみを孕んだような、

 でも温度を持った声。


 ただの“学生の歌声”ではなかった。


 教授が目を見開く。


 悠花も、言葉を失う。


 刹那の声は、メロディをなぞるだけでなく、

 音の奥にある“感情の線”まで描き出すようだった。


 8小節が終わったとき、

 教室はしばらく静まり返ったままだった。


「……白鷺さん」

 教授の声は低く震える。


「君、声楽の経験は?」

「いえ。母が歌手だったので少し……でも今はほぼベースだけで……」


「これは……もったいない」

 教授は譜面台の前へ歩み寄る。


「白鷺さん、君は“歌えるベーシスト”だ。

 音大でこのタイプは非常に希少だよ。

 もしよければ、サブボーカルの実技も追加してみないか?」


「えっ……!?」


 刹那の瞳が揺れた。


「授業の負担は増えるが、君の声は伸ばす価値がある。

 専攻外実技として指導もつけよう」


 悠花は胸が高鳴るのを感じた。


(刹那……すごいよ……!)


 しかし同時に、ひとつの不安が胸をよぎった。


(……でもこれで、刹那の時間ももっと忙しくなる?

 また、四人で集まる時間が減っちゃう……?)


 嬉しさと不安が混ざった気持ちが胸に渦巻いた。


授業後の廊下


「……はぁぁぁぁぁ」

 刹那は壁にもたれて深いため息をついた。


「刹那、すごかったよ! 本当に!」

「ありがとう。でも……こんなことになるなんて」


「お母さん……喜ぶよね?」

「……どうかしら」


 刹那は少しだけ不安そうに目を伏せる。


「でも、歌いたい?」

「……わからない。でも、楽しかったのは事実よ」


 その言葉を聞き、悠花は微笑んだ。


「じゃあ、歌おうよ。無理にじゃなくて、刹那がやりたいなら」

「……悠花……」


 刹那が小さく息を吐いたとき、

 スマホが鳴った。


希愛『今日、夕方少し空いた』

紫苑『私もこの後30分なら時間あります』


 悠花と刹那は顔を合わせる。


「……4人で集まろっか」

「ええ」


 その言葉には、

 大学生活がどんなに忙しくても“また音を合わせたい”という

 小さな願いが込められていた。



夕方の校舎には、レッスンの音が響き続けていた。

 ピアノ、サックス、歌声、打楽器……

 さまざまな音が重なり、大学独特の喧騒を作り出している。


 悠花と刹那はキャンパスの中庭に向かい、

 そこで希愛と紫苑が待っていた。


「ごめん、遅くなっちゃった」

「ううん。私もちょうど終わったところ」


 希愛は額にうっすら汗を浮かべていた。

 いつも通りの静かな表情なのに、

 どこか“燃えたあと”の熱が残っている。


「希愛、どうだった? 初めてのアンサンブル授業」

「……すごく楽しかった。

 先生に、ちょっと褒められた」


「褒められた?」

 刹那が興味深そうに顔を向ける。


「うん。“テンポ感が異常に強い”って言われた。

 クリックなしで叩いてるのに揺れなくて……

 周りの人に驚かれた」


「すごーい!」

 悠花が目を輝かせる。

 希愛は少し照れくさそうに視線を逸らした。


「私はただ……叩いてただけ。

 でも、体の中に音があって……

 それが勝手に合う感じ」


(……希愛、本当に天才だ)


 刹那は音楽を長く学んできた感覚で、

 希愛のリズム感の“異常さ”を即座に理解した。


「希愛のリズムは、美しいです」

 静かに言葉を添えたのは紫苑だった。

 彼女は希愛を真っすぐ見つめて微笑んだ。


「音楽に必要な“時間軸”そのものを持っている気がします。

 ……羨ましいくらい」


 希愛は耳まで赤くしてうつむいた。

 褒められ慣れていないのだ。



「ねぇ、せっかくだし……ちょっと音、合わせてみない?」

 悠花がそう提案すると、四人の目が同時に輝いた。


 近くの小さな空きスタジオを借りると、

 そこには古いアンプとドラムセット、

 そしてアップライトピアノが置かれていた。


「懐かしいね、こういう部屋」

「高校のときの音楽室にちょっと似てるね」


 悠花がコードを鳴らし、

 希愛が軽くスネアを叩き、

 刹那がベースの弦を揺らし、

 紫苑が鍵盤の上に指を置く。


「じゃあ、簡単なAメロ進行からいくよ?」

「ええ、合わせてみましょう」

「……いける」

「うん」


 そして――四人の音が重なった。


 紫苑のキーボードは柔らかく、

 希愛のリズムは揺るぎなく、

 刹那のベースは安定し、

 悠花のギターが全体を明るく包み込む。


(……やっぱり、この4人の音が好きだ)


 悠花は弾きながら、胸の奥が熱くなるのを感じた。


 しかしその時間は――長く続かなかった。



 音楽が止んだ瞬間、

 紫苑のスマホが震えた。


 画面を見ると、

 そこには“母:碧山凛子”の文字。


 紫苑の表情が一瞬で強張る。


「……ごめんなさい。母からなんでちょっと出ますね」


 スタジオの外へ出ていく紫苑の後ろ姿を見て、

 悠花は胸に小さな不安が広がっていく。


(凛子さん……また何か言ってくるのかな)


スタジオ外の廊下


「……はい、母様」

『紫苑。もう帰宅してはどう? 今日は特別クラスの課題が出ているでしょう?

 あなたがそんなところで時間を費やす意味があるの?』


「でも……今日は少しだけ友人と――」

『クラシックの演奏家を目指す人間が、

 “遊び”に時間を割く余裕などないわ』


 紫苑は唇を噛む。


「遊びではありません。私はただ、音楽を――」

『あなたの音楽はクラシックだけ。

 それ以外は、価値がないわ』


 胸の奥がぎゅっと締めつけられる。


「……わかりました。すぐ戻ります」


 通話が切れたあとも、

 紫苑はしばらくその場から動けなかった。


 背中に、見えない鎖が絡みついたように重く感じる。


「紫苑、大丈夫?」

 スタジオに戻ってきた紫苑に悠花が駆け寄る。


「ええ……大丈夫よ。

 ただ、少し……帰らないといけなくて」


「もう帰るの?」

「はい。母が……待っていますから」


 紫苑は無理に笑った。

 けれどその笑顔には、いつもの柔らかさがなかった。


「また……時間が合えば、音を合わせましょう。

 本当に……楽しかったから」


 その言葉を残して、

 紫苑はスタジオを後にした。


 スカートの裾が揺れ、

 ドアが静かに閉じられる。


「紫苑……大丈夫かな」

 希愛が不安そうに呟く。


 刹那は腕を組んで考え込んでいた。


「紫苑の母――凛子さんは、たしかに厳しい人よ。

 でも……あそこまで強いとは思わなかったわ」


「うーん……なんかイヤな予感する」

 悠花は胸の奥に重たい影が広がってくるのを感じていた。


 その影は、音の余韻をゆっくりと飲み込んでいく。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

第25話では 大学編の始まり を描きました。


・刹那の歌声がアンサンブル授業で発見される

・希愛の天才的なリズム体幹が大学で評価される

・紫苑が母・凛子の強烈なプレッシャーに揺れ始める

・悠花は“4人で集まりたい”という想いを見失わない


高校とは違う、

「広い世界でそれぞれが輝き始める4人の姿」

と同時に、

「今までとは違う“距離”が生まれ始める気配」

の両方を描きました。


ここから紫苑の葛藤が濃くなり、

4人の関係にも試練が訪れますが、

その全てが Ametiara誕生への道 につながっていきます。


次話も引き続き、よろしくお願いします!

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